第11話 吸血鬼様の、お通りです!
「あれ? エリクどこいったんだ?」
ボス狼を圧倒し、とどめを刺し終わったルイスがその巨体を引きずりながら広場から引き上げていく。
決着は、一瞬だった。
ルイスはボスの突進に対し、正面から受けて立ち、そして正面から拳ではね除けたのだった。
凄い。
とても凄い……んだけど、俺はそれどころではなかった。
ルイスの残念そうな声に、シュゼットが呟いた。
「先ほどまではそちらの方で怪我を治していたんですけど……アナスタシアは見てなかったんですか?」
「は、はい。私も、ルイスさんの闘いの行方を見守っている内に、どこかに――」
「なんだなんだせっかくアタシのカッコいい一撃が決まったってのによ。ションベンでも行ってんじゃねーのか? 先にここらへん片付けてっか」
そんなディアードの会話が近くで執り行われている。
「え、
「な、なんでお前がこんなとこにいるんだよ……!? いや、待て待て待てって……!」
キャロルの口を覆って側の草むらに身を隠す。
パーティーから少し離れた位置に着いた俺は、彼女に「しーっ」とジェスチャーを送る。
小さな身体と小さな手でジタバタ暴れていたキャロルだったが、俺の行為に小さく頷いてくれたので小脇から下ろす。
腰まで伸びる深紅のロングストレートに、吸い込まれるほどの紅い相貌、そして真っ白で華奢な肢体。
魔王軍指定の軍服を纏っているものの、サイズが合わないのか相変わらずぶかぶかだ。
「ぷはぁっ……って、酷いよエリクちゃん。久しぶりに会ったと思ったらいきなり口塞いじゃってさ。私が何のためにここに来たと思ってるの!」
ぷんぷんと頬を膨らませるその少女、キャロル・ワムピュルス。
魔王軍随一の魔法力と、代々受け継ぐ『吸血鬼』の血を色濃く受け継いだ魔族とのハーフ。
血を吸った対象物に時間限定で変化出来る、自身の血を怪我人の患部に当てるとみるみる内に怪我が癒えていくという吸血鬼生来の能力に加え、
本来吸血鬼は夜行性で日の元を歩けば灰になることが多いのだが、キャロルの場合はそこだけ人の血が濃く出たのか、活動限界は日照時間のおおよそ半分ではあるが日の元も歩くことが出来る。
そんなキャロルは大隊長。
軍への入隊はキャロルの方が1年ほど先輩ではあるが、当時最年少で軍部へと入った逸材だ。
「……って、ねーねー聞いてるの? エリクちゃん」
つんつんと俺の頭をつつくキャロル。
「あぁ……っと、ごめん……」
「だーかーら、なんでエリクちゃんが勇者パーティーの中に混じってるのって聞いてるのー。エリクちゃん、最近軍部で見かけないからさぁ。ガルロック連隊長に聞いても歯をカタカタさせながら『知らない』の一点張りだし。心配になって探しに来ちゃったよ」
「あー……その、何だ……まぁ、色々あんだよ……」
「むーー。色々じゃ分かるわけ……あ! なるほど、そういうことなんだねエリクちゃん……!」
何とも言い出しづらいし、とても言えるわけもない。
「上司のパワハラとあまりの連続勤務に心が壊れかけて拾って貰った超絶優しいホワイト勇者パーティーに逃げ出した」なんて言えるわけもないのだから。
だが、キャロルはその幼い瞳をキラキラ輝かせて俺の手をぎゅっと握った。
「大丈夫だよ! 私、誰にも言わないからね! エリクちゃんは今、
……そう来たか。
「ガルロック先輩も知らないなら、魔王様からの勅命かな? あ、ごめんね……エリクちゃんは、勅命だとしても言えないもんね……察しが悪くて、ごめんなさい!」
ぺこり、小さくお辞儀をするキャロルはにっこりと、屈託のない笑顔を浮かべた。
俺はその笑顔に苦笑いで応えながらも小さく呟いた。
「なぁ、キャロル。もし、もしも俺が――」
「いやー、最初は私、エリクちゃんがてっきり勇者側に寝返っちゃったのかと思ってたの! 早とちりしてごめんね? もしそうだったら、失血致死量寸前の血液を吸い取って行動、意識不能にした後に魔王軍に持って帰って拷問姫の異名を持つサキュバス族のフラン師団長の元に投げ出しちゃうところだったよ!」
「――はっはっは。全くこいつー、俺が魔王軍を裏切るわけがないだろー? はっはっは。っはっはっは…………はは……」
はっはっは……。
ははは……。
「どーしたの? エリクちゃん。お顔が疲れてそうだよ?」
「さーて、どーしてだろーねー」
「エリクちゃんは働き者さんだから、いっぱいいっぱい疲れてるんだよね! 頑張りすぎちゃうことも多いんだから、しっかりお休みしないとメッだよ!」
俺の鼻先にぷにぷにした指を押しつけるキャロルは、「仕方がないなぁエリクちゃんは」と言いながら口を大きく開けた。
左右に伸びた八重歯と、トロンとした紅の相貌。
座っている俺の身体に跨がるように、小さな身体が全体重を俺に預けてくる。
「……はむっ」
俺の首筋にその艶やかな唇が宛がわれた。
吸血鬼の細い歯が俺の首筋の肉にぷつりと小さな穴を空けた。
「頑張り屋さんのエリクちゃんに、ご褒美、あげるね?」
キャロルの小さな息遣いが首筋をくすぐった。
「……んっ……ふぅ……はっ……あふ……」
なんとも言えない声を上げながら俺の血を吸っていくキャロル。
治癒吸血姫と呼ばれるキャロルは、相手の血を吸い取るのと同時にその人物の疲労物質や、毒物質などを一緒に吸収する。
従って、キャロルに血を吸い取られた後は身体が非常に軽くなり、頭がすっきりするのだ。
血を吸い取られている間は、吸血鬼の歯から分泌される快楽物質によってまるで、ふわふわと花畑を歩いているような感覚に陥るほどに、気持ちがいい――。
「んん~……ん……ん~……ぷはっ」
ぺろりと、最後に首を一度舐めてキャロルは俺から口を離した。
白い唾液の糸がつぅと伸びる中で、キャロルは「えへへ~」と恥ずかしそうに笑みを浮かべた。
「はい、これでエリクちゃんの中の疲労物質は取り除けたと思う。いつも美味しくて、濃厚で、真っ赤な血液ありがとうね、エリクちゃん!」
「あ、あぁ……」
「エリクちゃんの血液はホントにとっても濃くて、美味しいんだ~。ホントだよ?」
未だとろんとしているキャロル。人差し指を加えてだらしない笑みを浮かべていたが、日が少し傾いているのを見て彼女は慌てて立ち上がった。
「あ、そろそろ私も戻らなきゃ! お互い頑張ろうねっエリクちゃん!」
キャロルは言うや否やさらさらと霧散していく。
そういえば、吸血鬼は霧化出来るという能力を持っていたな。
などと考えていた俺の元に、がさりと草むらを掻き分けてシュゼットがやってきた。
「あ、エリクさん。なんでこんな所に……皆が探していましたよ、行きましょう?」
「あー……そうだな……」
「……どうしたんですか、エリクさん。やはり魔王軍と闘わないこの生活は、あっていないんですか?」
素朴な質問を投げかけてくるシュゼット。
彼女は、俺のことを魔王軍と最前線で闘ってきた精鋭だと思っている。
かたや、キャロルは俺が勇者軍に入り込んで潜入捜査をしていると思っている。
俺、魔王軍からの束縛からただ逃げたかっただけなのに、以前よりも胃痛が加速している気がするよ……。
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