師匠


彼を失うわけにはいかなかったのだ。かくして準々決勝から琉は参加し、勝ち進み、結局のところ決勝は同じ支部のエドワード対琉という組み合わせとなった。


当時はこの展開に対する疑惑は小さなものだった。両者が勝ち進むことそれ自体に不自然さはないからである。

しかしある者は言う。結局のところアイザックにとってもはやエドワードは不要な存在になっていたのではないか、と。


あと付けの結果論かもしれないが歴史として振り返るときな臭さが漂う部分である。

果たしてエドワード対琉の対戦は、完璧な形で決着が付いた。琉がエドワード機にロックオン。発射された旧型サイドワインダーが直撃する。


すぐさま射出座席が上空に放たれるはず──だった。が、キャノピーを閉じたままエドワードの機体は燃え盛る光の玉と化した。琉は眼下にその光景を目にし、脳裏に焼き付けることとなった。


実際のところこの結末が三人の関係に微妙な影を落としたのは事実のようだ。元の関係に戻るのに一ヶ月を要したという。無理もない。彼らにとっては師匠というだけでなく人生そのものの道標だったのだ。


あまり不確かなことを記述したくないので細部は省くが、この彼らにとっての惨劇は結果的に大きなプラスを生み出すことになる。その後の十ヶ月余りの期間に覚醒と呼べる進歩が三人それぞれに起こったのだ。時に2029年。SWのシステムはわずか三年にして完成を迎える──》


私は読むのを中断する。巽が言っていた因縁とはこのことか。彼も同等のものを資料として目にしていたはずで、おそらくそれで間違いない。


──師匠を撃墜し亡きものにしたのは琉だったのか?


しかしこれは致し方ない事故のようなものだ。射出装置の故障だろう。この手記がほんとうのものなら。私はここまで読んできていまだに疑問を渦巻かせていた。強化人間に対する言及が一切ないのはおかしい。


アイザックを全体的にわるく扱っている点も気になる。私がネバダ支部の人間だからそうなのかもしれないが、感覚的には私も〈フィクション〉だと感じる。断片的な噂話を寄せ集めて手記にまとめたような感じなのだ。


しかし……まるきり外部の人が読んだとしたらどうだろう。

登場人物のうち、デリスと琉については特異な印象を持つであろうし、信憑性のようなものを感じるのではないかとも思う。


──これはある種の情報操作かもしれない。


私はそう思った。そう思うと急に興味が失せて、つづきを読む気がなくなった。私が触れたかったのはつまり“強化人間ナラティブ”だったのだ。いま気づいた。

私はファイルを閉じた。


──こういうのは本人たちの口から聞かないと意味がない。なぜって直接彼らと関わってきたし、これから先も直接関わるのだから。

私はため息をついて前の方に意識をやる。デリスはレポートを書くのだろうか? けっこうぼろぼろなのに?


        ☆


私が浅い眠りから目を覚ますと、横にアイザックが立っていて、

「どうでしたか? 内容は」とファイルの感想を求めてくる。


「途中で読むのをやめた」


「そうですか。小説バージョンもあるのですが」


アイザックは言った。


「渡したやつは短くまとめたやつで、登場人物の細やかな心情みたいなものはバッサリ省略してあるんです」


「あなた私のことよくわかってる。さっき読んだやつで十分。長々と読みたくない」


「ま、気が済んだら返却して下さい」


「わかった」


ファイルを手に取りぱらぱらとめくると、後半に〈養成機関篇〉という文字が見えた。時系列通りではないのか。が、興味がわくこともなく私はファイルを閉じる。もう開くこともあるまい。


こういった過去の話は誰かが公式に……というか内部の人向けに正確なクロニクルを書くべき事柄だと思う。私は再び眠りに入ってゆく。


        ☆


眠りから目を覚ますと、アイザックがカミルにノートパソを渡しているところだった。なんだろう? 疑問に思ったがすぐに思い出した。きっとデリスにお願いしていたレポートだ。レポートが書き上がったのでカミルにチェックさせているのだろう。


──私も読みたいな……。でも戦いそのものは数分しかないはず。書くことあるのかな?


そうして心待ちにしているとカミルが立ち上がってノートパソを私のところに持ってくる。


「まあわるくない。アイザックが感想を訊くだろうから整理しといた方がいいな」


そう言って束ねた黒髪を揺らし席に戻っていくカミル。


──ほう。わるくないとな。が、タイトルが付いてないよ。


私はデリスが打ち込んだレポートを読み始める。


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