物語

        ☆


沖縄支部の飛行場から離陸したCX6が水平飛行に入り、機内が安心感で満たされる。しばらくすると前席にいたアイザックが立ち上がり手に何かを持ってこちらへ歩いてくる。


彼は右側の席に座っているデリスに小さなノートパソを渡した。


「急ぎの用ではないのですが、世界中の支部から22対23の交戦レポートのリクエストが来てまして……短くで構いませんから、交戦の内容をまとめて下さい」


後ろの席にいる私の耳にデリスの不機嫌な声が届いてきた。


「レポート? それは命令かね?」


「いえ。お願いみたいなものです」


左側の席にいるカミルが言った。


「わるいデリス、うちもリクエストしてる。パイロットはむろんだが研究室の人間もエンジニアも、みんな知りたがってる。俺も知りたいけど訊くのはこらえてる」


「レポート?」

デリスがまた言った。


「はい。よろしく」


「……どいつもこいつも俺の仕事を増やすことばかり」


「恨めしい目で私を見ても何も解決しませんよ」


私は尋ねるのを遠慮していた。そのうち今回の空戦はデータロガーされ補正を受けた後3Dホログラムで見ることができるはずだからだ。もしかしたら機密扱いになるのかもしれないが。


「言ってしまえば“夢の対決”だろ? 気になって当然だ」とカミル。


「23は23改なんだし……、わかった、わかったよ。あとで書くよ」


──世界中の支部からか。空戦の内実を知りたがっているのはネバダ支部のメンバーだけではないのだ。そこに思い至らなかった自分が不思議だった。


そう思っているとアイザックが横に来て黒いファイルを私に渡す。


「あなたがウィリアム隊長に頼んでいたものです。読むのは自由ですがそれフィクションですから」


隊長が話していた〈カミル、琉、デリス三人の物語〉が気になっていたので直接、彼に頼んだのだ。最初はアイザックに頼んだのだが相手にされなかったから。


「架空の内容なの?」


「事実をベースにしたフィクションというやつです」


前のふたりは話が聞こえているはずなのに黙ってる。


「それを踏まえて読みますよ」と私。


アイザックは自分の席に戻っていった。私はファイルを開き《スカイウルブス・ナラティブ》と題されたその手記というか読み物に目を通していく。


イントロダクションは設立の経緯が記述されていてその辺は重要ではないので読み飛ばす。


《──SWは各国の軍を解体したあと統治AIが30~40代の優れた元軍人パイロットをリクルート(むろん強制徴集である)して設立される。その集められたパイロットのなかにエドワードという元米国海軍大佐がいた。


事実上、この男こそがSWを成功に導いた中心人物であったと言ってよい。SWというシステムはAIと人類の組み合わせで構成されている。創設時の最大懸念事項がここにあった。


その予想通り、スタート地点であるネバダ支部の創設時には主導権を巡ってAI対軍属の争いが起こっており、エドワードはそこでのバランサー(調整役)を果たす。これ自体はプラスの事象として評価される事柄である。


しかしこのことは別の問題を引き起こした。軍属内の分裂を招いたのだ。AI寄りのエドワードと、軍の概念や慣習に依存するカートというこちらも元米国海軍大佐を中心とする派閥側との静かなる対立が組織内に横たわることになる。

人事や待遇についての判断は統治AI側が行うため、主に給与の面でエドワード側は優遇されたのだった。組織として考えた場合、運営に何かとクレームを付けるカート側の冷遇は致し方ない側面が強い。


こうした背景のなかで養成機関から特別な三人が送られてくる。この、軍とは一切関わりのない新人が登場してきて、言わばSWの真の歴史は始まるのだった。


(同時期に世界各地で支部が設立され、ネバダでの失敗例を踏まえた上での運営が開始される)


まず問題であったのは三人のうちのひとり“琉”が軍属の大半と折り合いがわるい上に、人間離れした身体能力の持ち主だったがゆえにトラブルを引き起こしつづけたことだ。


主にはカート派閥の軍属との局所的な対立は物理的手段ではまるきり軍属に勝ち目はなく、軍属側は政治的手法に頼るしかなかった。このことが“デリス”の怒りを招くことになる──


発端は備品担当の職員が琉のヘルメットにセットとなっている、酸素マスクのホースに亀裂を発見したことだった。それは人為的に傷つけられたものでもし気づかずに使用していたとしたら大きな事故を招いていた。


警察が敷地内に呼ばれ本格的な捜査と鑑識が行われた結果、何も証拠となるものは出てこなかったのだが、後日、証言が出てくる。カート派閥からの内部告発者によるタレコミである。


同派閥のデビットが犯人だというのだ。デビットはこれを否認する。派閥内でも分裂が始まっていた。

なぜなら時代の流れという動かし難い現実が新人の三人に傾き、組織内の趨勢となっていたからである。


──この時点でのSWにおいて新人にとっての先達は教官のような立場にあり、激しい模擬空戦訓練を繰り返していたのだが、この三人はすでに先達の殆どを越えていた。


上回っていたのはただひとりエドワードだけであった。そしてエドワード自身もどんどんこの三人の育成にのめり込んでゆく。私生活すら犠牲にして力を尽くす姿はその後のネバダ支部のポリシーの基盤となる。


次第に運営の基準はエドワードと新人三人に合わさっていくようになり、結果、統治AI側は軍属全体の排除へと方針を転換し始める──言わば時代の趨勢に迎合していれば組織内におけるポジションを失わずに済むだろうという目論見が一部の軍属側に生まれていたのだった。

が、こうした事柄にAI側が配慮するわけもなかった。あっけなく事態は転換する。



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