精神安定剤

私は気になった点を問うた。


「これも兵装は内蔵型?」


「いや、そこは割り切ってやめて、胴体のレールにサイドワインダーを装着する形」


赤外線誘導方式の短射程ミサイルである。5km程度の射程。


心配な点も訊く。


「操縦は大丈夫? 何年も乗ってないんでしょ」


「それはそうだがネバダのフライトシミュレーターにはこいつのデータも入ってるから仮想空間では随時乗ってきてる」


「そうなの?」


「みんなには黙ってろよ。ゲームじゃないんだから」


アイザックが言った。


「この機体にはデリスのフライトデータをソフト化したものを積んでいますから、理論上は問題ないです」


「怪しいなあ」


「怪しくはないです。それを元に開発をつづけて現在に至ります。極論すればデリス専用機といったところでしょうか。エンジンは新型に換装してますから信頼性に問題はありません」


「じゃあ理論上は不利ってわけじゃない?」


「相手が熟練なら不利でしょうね。でも声から解析すれば相手も20代と推測されます。私の見解では二機は同等です」


「勝負はつかないと」


「ではないですかね」


「デリスはやれる感じ?」


「やってみないとわからん。が、自信がないとF22は出せないだろ。知名度が高い。形としてSWは下部組織だからメンツってもんも向こうはあるだろうし」


確かに。軍本体である。本気でデリスを殺りに来ているのは間違いない。しかしそう思えば思うほど体の奥が躍動し、高揚するのはなぜだろう。ここは心配するべきだろうに。


それはたぶんデリスがずっと“仕事”モードでいるからだと思う。振り返れば琉戦の前は彼は揺れていた。感情の揺れが明らかにあってナーバスな瞬間が少なからずあった(一部は私のせいでもある)。


いまは安定している。才能はカミルや琉が上だったとしても、デリスもまた空戦パイロットを天職とする人物である。その天命のなかにいまの彼はいるのだ。

私は強くそう思った。


        ☆


17時になり、整備士や従業員たちとささやかな交流をこなしてきた私とデリスは人付き合いで疲れ切っていて、拠点として用意された、幾分快適さを増した会議室(使い勝手のよい広い部屋というのがこれしかないのだ)に戻るとぐったりした。


疑問がふたつある。

まず、いまだ交戦の日時が発表されないことだ。このもやもやする不透明感はもしかしてデリスに対するプレッシャーが狙いなのか?


もうひとつは私の護衛任務が解けないこと。アイザックに確認すると何も指示がない以上はネバダに戻るまでは継続すべきだという。ずっと腰にホルスターを付ける生活がつづくわけだ。


確かに陸地だって危険があるにはある。実際スパイ問題がテロ事件解決後も残っているので。しかしデリスが標的というわけでもなくこれは別件と捉えていいと思われる……いや報復の対象になるのだろうか。ここのところも曖昧模糊としている。


「日時の通達がまだ来ないってことはまだ揉めてるのかな?」と私はアイザックに尋ねてみた。


「どうやらそのようです。なんとも人間界を模しているようで残念ですが」


デリスが言った。


「俺はできるだけふだんと変わらない生活をしようと思う。何だか気持ちわるい。茹でガエルみたいな状況は。練習飛行もだめだってのはおかしい」


「事実上、相手のペースでしかこちらは動けませんからそれで構いません。どうもイヤな感じがします」


「向こうにとって都合のいいタイミングでしか日時を決めないってことか」と私。


「それだけ脅威なんでしょう。生き死にのかかった対戦ですから」


「ま、なるようになれだ」


デリスはそう言って遮蔽カーテンが設けられたベッドスペースに向かう。彼が疲労を蓄積しているのは疑いようのない事実。ずっと仮眠しかとれていない状況がつづいている。……そうか。琉もまた拘束された時間のなかで同じか、もっと苦しい状況に置かれていたのだ。


        ☆


22時になり、デリスは会議室を出て行く。沖縄支部の責任者カルバンに断りを入れた上で彼は訓練生たちの通勤用バイクを借用できることになっていた。鍵は施設側が保管してあるので自由に選ぶことができる(施設が再稼働とはいえ訓練生と教官たちには休暇を取らせてあり通常の運営には戻っていないのだ)。


酒に頼るわけにもいかず何かしらの精神安定剤がデリスには必要だった。まあネバダ支部でも時々そうだったから私には意外な行動ではない。日中は従業員たちの労働時間なので彼としてもそこは遠慮していた。


近隣住人には迷惑な話だが戦闘機の殺人的な轟音に比べれば大したことはなかろう。夜走るときは小排気量、早朝に走るときは大きめのバイクにするとアイザックに述べるとアイザックは渋々ながらもデリスの求めに応じるしかなかった。


むろん、沖縄支部の敷地内限定での話だ。私は特に護衛しろとは言われなかったので放置した。べつにここの敷地のなかをぐるぐる回るくらいなら危険はないはずである。彼にとってよく知ってる場所でもある。やかましいと抗議の声を上げるデモが起きたりするのかな?


明日には私もバイクを見に行こうと思っているが何しろ今日はくたくたである。私とて疲弊している。体もメンタルも休ませなければならない。私って全然強化人間ではない、とつくづく思う。環境の変化に脆い点は何も変わってない。


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