タツミ

        ☆


生き残った人質たちは治療のため近くの病院に運ばれたあとだった。窓が割れ、壁のあちこちに穴が空いているなか、がらんとした体育館の前の方に、立っている隊員が五名と、似たような黒い戦闘服姿で床に座らせられている三名がいた。


両手を後ろに拘束タイラップで縛られている。後ろの目隠しをされた二名は無傷に見えるので投降したのだろう。前にいる一名は目隠しをされておらず、脚部を黒のガムテープみたいなもので巻かれていた。止血の応急措置と思われる。


こちらを見上げた顔にはそちこちに青いアザが浮かんでいた。抵抗したか暴言を吐いたかというところか。YouTubeの動画で日本政府を恫喝した男である。つまりタツミ・アラガキ。テロ実行犯のリーダー。そして琉の弟だ。生き残ったか。しぶといやつだ。


アイザックが進んでいくつもりの私を入り口すぐの地点で制止し、自分もそこに位置した。デリスだけが歩みつづけ巽の前に立った。


デリスの背後でウィリアム隊長が言った。


「こればかりはあんたの判断が必要と思ったんだ」


「はい」とだけデリスは答え、全神経を目の前の男に集中させる。彼が混沌とした感情の渦のなかにいることが私にはわかる。


いまにも爆発しそうな感情を彼は圧し殺していた。ただ静かに彼は巽を見つめていた、


巽が言った。


「なぜ殺さん」


畳み掛けるようにしてデリスが問うた。


「なぜテロリストになった?」


「機械に支配されるなどありえん」


「それはわかるが時代だ。俺たち人類は負けた。負けたから統治されることになった。それを受け入れて生きるしかない」


「断じて認めん」


しばし沈黙が流れ、その間にいつものデリスに戻ったように見えた。


「しかし機械に支配され……といってもお前、AI統治になる前からテロリストだろ」


「権力が嫌いでな。つまり天職なんだ」


「そうか。べつに否定する気はない。──ただ言わなきゃならんことがある。琉の夢についてな。


あいつの夢は稼いだ金でここの農地を手に入れ、そこで働いて生きてゆく。というものだ。


……むろんお前を探し出し連れてきて一緒に生きる、というのもそこには含まれてる……含まれていた」


館内の空気が硬く凍りついた。


「が、もうそれは失われてしまった。お前にはふたつの選択肢しかない。この国の司法に裁かれるか、ここでいま死ぬかだ。後者の場合俺が介錯する。一分くらいは待ってやる。どちらか選べ」


十数秒経っただろうか。巽が言った。


「自死というのは?」


「そんな自由は与えん」


巽は一度、目を伏せ、それからデリスを見上げ毒づくようにして言った。


「テロリストとしていまここで死ぬさ。気が済んだか?」


“か”を言わせなかった。デリスは。閃光のように後ろのポケットからグロックを抜き、引き金を引いていた。

巽は額から血を流し、横にぐったりと倒れ込む。


デリスは何秒かそれを眺めたあと振り返ってウィリアム隊長を向く。


「あとは警察に引き渡しておしまいだ。ここでみなさんとはお別れなんで、礼を言っておきます。ありがとうございました。そしてご苦労さまでした」


「ああ。あんたもご苦労だった」


デリスが私たちの元に歩いてくる。沈んだ様子の彼に、私はかける言葉もなかった。とりあえずテロは鎮圧できて、今回のテロ事件は一応の結末を迎えた。だがすべてが終わったわけではない。まだ帰るわけにはいかない。難敵の挑戦が待ち受けているからだ。


        ☆


私たちは普天間の飛行場に戻りひとまずの休息の時間をとる。もうすぐ時刻は20時になろうとしている。食事のあとこうして落ち着いた状況でコーヒーを飲むのは久しぶりな気がした。


デリスはいまカミルとの短い通話のあとぐったりとして椅子の背に体を預けている。電話では琉の話をしていた。琉にはダメージがあるようで入院が必要なのだった。そのことを話していた。


ぐったりとするデリス。誰も想像できなかったF22乗りからの挑戦が彼には降りかかってきている。しかしデリスとしてはアイザックの報告を待つしかなかった。


機体運用の権限は統治AIにありそこからの指令でしか動かせない。しかしいまアイザックは統治AI側との意思疏通がうまくできていないのだ。断続的にしかリンクできず困惑している。


世界政府軍の指揮系統はどうなっているのか。今回の件は軍が勝手にやれるものではないはず。


デリスが私たちのいるテーブルまでやって来てサーバーから自分のマグカップにコーヒーを入れる。椅子に腰を下ろしてからアイザックに問うた。


「状況はどうですかアイザックさん」と言ってコーヒーを飲む。


「いまわかることは少ないです。推測すればどうも分身の方が動いているみたいでアニエスも難儀しているようです」


「俺を葬るのが任務だと言ってたよ」


「アニエスの管轄にいますからねデリスは」


「軍は違うのか」


「言いにくいのですが、はい。アニエスのやり方の何もかもが気に食わない勢力はやはりいるわけで、今回実行に移したといった感じでしょうか」


「困ったな」


「困ったものです」


「パワーゲームの道具にされてるのか」


「わるい言い方をすればね。デリスは今回の件で象徴的なポジションに置かれてしまいましたから。現状を簡潔に言えばアニエスの判断待ちです。どうすればいいかの答えが出るまで沖縄で待機ということになります」






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