本物F14
☆[普天間]
私は急いで格納庫に向かった。手前で守衛の警備ロボットに止められないか不安だったのだが、その円筒形の外観をしたロボは無言のまま通してくれた。私のデータが入っているということだ。
格納庫のなかに入ると人の姿はなかった。
全長19メートルの巨体がそこにあった。複座の座席が高い位置にあるグレーのボディ。
F14だけが入り口近くのスペースに鎮座し、じっと戦いの時を待っている。
私には“デリスが触ったのだ”というのがわかる。滑走路かここでかはわからないがデリスはこの機体に触れているはずだ。
“よくわかったな”と声がした。
これは幻聴だ。
私の脳は空戦パイロット脳になっており、何者かが内部に妙な回路をこしらえている。これは病気だ。でも嬉しい病気。というと変だけども。
私はこの機体に見慣れるということがない。いつも吸い込まれる。
兵器が備える殺気と均整のとれた造形美。近くで見ると意外に武骨な空気取り入れ口。
軍用機だった時代には後部座席のパイロットはレーダー要撃士とかレーダー迎撃士と呼ばれレーダー監視や目視での敵機発見など前席のパイロットの補佐を担う任務にあった。そうした時代を経てきた重みがこのグレーのボディにはある。
私たちが本物F14と呼んでいるこの機体の正式名称はF14G。実際にはかなりの改良が加えられている。初代Aと比べると中身はまるきり違う。
エンジンは最新ではないにしても比較的新しい世代のものだし、コクピット内部も操縦桿とスロットルレバー以外は全面的に刷新されてある。
正面には液晶画面の多機能ディスプレイの大が二つ、その下の左右に液晶ディスプレイ小が二つとすっきりしたものだ。また自機でエンジン始動可能である。
操縦を補佐する制御システムの進化は目覚ましく故障しないかぎり機体は意図しない失速やきりもみ状態にはならない。
教官機という規定になっているため後部座席にしか搭乗したことはないのだが、新型F14ほどではないにせよコンピューター依存が高く快適性を備えている点は同じだ(それを言い出すと現在のほぼすべての航空機がそうなのだが)。
今度は人の声がした。何人かがしゃべってる声。振り返ると五人の男たちが歩いてきていて、そのなかにデリスがいた。
フィリピン支部のエンジニアさんたちと乗ってきたパイロットさんに挨拶をし、そのあと私はデリスのとなりの位置をとった。
「なんで向こうは一日空けたのかな?」
「天気だろ。明日は曇り時々雨の予報だから。……か、若しくは整備の問題か。新しいといっても25年とかそれくらい前の機体だからな。うちのF14だって相応のヤレはあるわけで」
「そうか」
ネバダ支部の機体のことを言っているのだ。
「それに……な、明日何もないとは限らん。一気に事態が動くことだってある。あいつらは末端なんだ。上から命令が下ればなんだってやる。となると琉がやばくなるんで静観しといてほしいもんだが」
「そうだね……。このF14どう?」
気になったので訊いてみる。
極限の戦いでは突然のパワーダウンや息つぎが起きやすいので。
「乗ってみないとわからんがうちのやつよりキレイなエンジン音出てる。いい感じだ」
それは何となく私にもわかる話だった。ネバダの二機はSPECIALの三人が無茶な機動を繰り返してきてる。消耗は激しいはずだ。もちろん丁寧に扱える部分では寿命も延ばしてるとは思うのだが。
そもそも本物F14のすべては過去に軍で使用されていた機体である。言ってしまえば中古だ。そう言うとデリスに怒られそう。
☆
翌朝、目覚めた私がシェラフから出て窓の外を見ると予報通り曇りで鈍い色の空が広がっていた。その空のままに正午を迎え、やがて二時を過ぎた頃に小雨が降ってきて、しかしすぐにそれは止み、そのあとはいまにも降りそうな状態のまま夕刻に入っていった。
夕刻になると空は次第に明るくなって青空を見せ始める。事態に動きはなく、何も変わらず静まり返っていた。テログループから連絡もなく、またこちらの本部であるタナトスから現場の動静に関する情報も上がってこない。
私は拠点となっている会議室そばの共有スペースのような開けた場所で肉体整備に励みつつ、私は私の戦いに臨む準備をした。時間が過ぎていき、動きのないまま夜になり、いま日付が変わろうとしている。
私の任務は護衛なので距離を置いてデリスの近くにいた。シェラフにくるまり簡易ベッドに横たわるデリスはずっとパソで資料を読んだり、自分の携帯で何かを読んだりしている。
アイザックは沖縄支部の警備システムがどうたらこうたらで、今日は朝からあまり私たちには関わることなく自分の仕事に集中していた。
明日という日が私は怖いような、ただ不穏なような、深く考えると寒気がするような感じがして実のところ頭のなかから払い除けていた。
私の見えないところで事態が進行しているのは事実で、それは辛い事実である。相手はテロリストなのだ。憂鬱になりそうだが憂鬱になるわけにもいかない。
私は私の仕事に集中しよう。それしか“いま”を切り抜ける方法はないように思う。
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