命令

        ☆


夜が明け、寝不足ながらも私はデリスと朝食をとっていた。時刻は7時半くらいか。そこへキリンクスがやって来て彼は不安な表情で言った。


「あの、お早うございますデリスさん、琉さんがいないんですけど知りませんか? アイザックを呼び出してるんだけど全然繋がらなくて」


「ああ……、アイザックはいま会議中で俺たちにかまってる余裕はない。で琉は……あとで話すからみんなをブリーフィングルームに集めといて」


「みんなって?」


「パイロット全員」


キリンクスが納得のいかない顔のまま去っていく。


「琉がどうかしたの?」と私。


「俺たちがじたばたしても何も始まらん」


それだけ言って彼はサンドイッチを口に入れ、コーヒーを飲みもぐもぐと食べる。


「じゃあ、先に行っときます」


私は席を立ち、トレイを厨房に返しにいく。何となくデリスをひとりにした方がいいと感じ取ったからだ。彼は考え事をしていた。


        ☆


ブリーフィングルームには不安と焦燥感が漂っている。室内はさすがにパイロットのほぼ全員が来ると狭く感じる。


最後にやって来たデリスが大型スクリーンに今回の武装テロリストのメンバー五人の顔写真を映し出した。全員がひげを伸ばした中東系アジア系だ。


デリスが言った。


「さて。これがテロリストのうち名前が判明している五人」


そして指し棒で右端の人物を指した。


「で、これがリーダーとおぼしき人物。名をタツミ・アラガキ。ピンと来るのは古株だけだ」


「……!」カミルは気づいたようではっとしていた。


「こいつが琉の弟で、琉は説得しに沖縄に行ったんだ」


内実を理解したカミルがみんなに向けて説明した。


「琉の本名はリュウ・アラガキ。本名のリュウはドラゴンの方のリュウだ」


デリスはホワイトボードに新垣龍と縦に漢字を書いた。となりに琉と書く。そして琉球という漢字を添える。


「こっちが本名。こっちが俺たちのリュウ。で、こっちはリュウキュウと読んで昔の独立国だった時代の沖縄の名だ」


カミルがつづけた。


「師匠の勧めでそっちに変えたんだよ」


キリンクスが怒りの声を上げた。


「……説得って、、説得できるわけないじゃないですか! なんで止めないんです?」


「止めたさ、俺もアイザックも。けどやつはアイザックをねじ伏せた。これはスカイウルブス全体の問題だと。事態の収拾に動く責任があるのは第一に俺たちだと」


デリスは言った。


「で、それは統治AIの判断に委ねられ、結果、承認を得られた。やつは6時にCX6(小型の輸送機)で那覇空港に向けて発った……というのがいま現在の状況だ」


「話が通じるわけない」

キリンクスは怒りが収まらない。


「いま対応を統治AIが関係者を交えて会議中だ。結論を待とう」


ボールディという琉派のいかつい男が言った。


「統治AIはなぜとっとと自分たちの戦力を送り込んで制圧にかからんのですか?」


「俺を睨まれても困る。人質の存在だろ。訓練生、教官、エンジニア、トレーナー、すべてSWの資産だ」


「本気で言ってます?」


「いいや。最初から何かがおかしいと思ってるよ」


そこへ銀色のボディをしならせアイザックが部屋に入ってきた。みなに向かってこう告げた。


「あまり時間もないので要点だけ。命令がふたつ、上から下りてきました。デリス」


そう言って横のデリスに顔を向ける。


「え? なに?」


「今回の件の“交渉人”を命じる」


デリスは当惑を隠さなかった。


「いや待て、向こうは交渉なんかしないだろ」


「もうひとつ。ソニア」


──私?

「は、はい」


「デリスの護衛を命じる。他はここで待機。しばらくここの運営は停止するので各自そのつもりで。他の支部も同様の指示が出ています。以上」


極めて事務的な声を響かせると、アイザックは身を翻して退出していった。


室内には沈黙がつづき、デリスもまた言葉を失っている。

そんななかカミルが静かに言った。不思議と安堵の空気が室内には流れていて……その不思議な安堵を言葉に変換したような感じだった。


「困ったな。デリスよ。……が、いい判断だ。俺たちのAIはよくわかってる」


デリスは混乱した表情を浮かべている。私は思った。デリスを支えるべき時があるとしたら、それがいまなのだと。


不思議と、異常事態を受け、てんでバラバラに動き、ごちゃごちゃしていた歯車たちがひとつにまとまり整然とスムースに動き始めた、みたいな感じだった。

やはりここは……スカイウルブス〈ネバダ支部〉は世界を動かす歯車のひとつなのだ。








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