チーム

        ☆


トレーニングルームへ向かい通路を歩いている時だった。キリンクスが慌てた様子で走ってきた。琉派の男。色白でファニーな顔立ちの24歳。


「見つけた! ソニア、いまヒュンケルとカミルが揉めてて! とにかく来て!」


「なに? どうしたの?」


キリンクスの話ではどうやらこの間の食堂の件がカメラとマイクで拾われていて、アイザックにその情報が行き、それがアイザックからカミルに報告されたということのようだ。


食堂にカメラなんて見あたらないのにな? あ、モニターか。液晶モニターならカメラ機能がどこかに装備されていてもおかしくない。

──べつにあれは済んだことなのにな。


ブリーフィングルームに繋がる通路のわきに広い多用途ルームというかロビーのような空間がある。壁際にこじんまりとした長いソファーが置かれてあるだけの空間。そこに十人ばかりパイロット連中が集まっていた。両方の派閥の人間が混じってる。


ヒュンケルは片膝をついていた。左頬が赤く腫れ上がっている。

私は足を止めて集団からは距離をとってとりあえず状況の推移を見ることにした。


私が行くとややこしくなりそうで。

デリスが後ろからやって来て彼は集団に近づいてゆく。


怒りを滲ませるカミルの声が響いてきた。


「ソニアが多少の差別はあって当たり前というからこれまでは大目に見てきた。今回のは度が過ぎてる。お前はそんなやつだったのか?」


ヒュンケルが答える。


「……いまはやりすぎだったと思ってます。ですが謝る気はありません。本心を言っただけです」


「べつにソニアは気にしてないだろう。謝罪を求めやしないだろ。だが、俺は仲間として許せん。自分が腐った人間だと自覚できんのか?」


暗く沈んだ表情をしたヒュンケルは立ち上がり、しかし憤りを隠すことはなかった。頬の腫れがさらに膨らんでいる。


「自分はロボットではありません。一個の人間です。不満はあって当然でたまにはそれをぶつけることもありますよ」


「それが操縦技術の向上に何の役に立つんだ?」


「それは関係のない話です。……陸での、生活での話です」


「空で自由自在に動けるようになるために、陸での生活も何もかもを犠牲にして強さを求めるのが空戦パイロットだと思うんだが、違うか?」


「綺麗事だけで生きてはいけないです」


「綺麗事は言ってない。強さのためなら相手が悪魔だろうが何だろうが魂を売ってでも手に入れようとするのが空戦パイロットだ。同じチームの人間に圧を与えて何になる」


「精神的に圧を加えて蹴落とすのもひとつのやり方ですが」


「お前それ本気で言ってるのか!」

カミルが怒鳴り上げた。


「やめろヒュンケル」

デリスが歩を進めてそう言う。

「お前いま頭に血が昇ってる。心にもないこと口にするな」


「あんたは引っ込んで……!」


ろ、は言えなかった。デリスがそのまま距離を詰めヒュンケルの腹に膝蹴りを見舞っていたからだ。再びうずくまるヒュンケル。


ボンと音がしたくらいの威力だったのでちょっと私は彼を心配した。なんでこんな大事に。


いつの間にがこの場にアイザックが来ていて、少し前に歩を進めてから言った。


「ジェニファー、前へ」


ジェニファーもここにいて、青ざめた表情を浮かべている。おそるおそる彼女は前へ出た。カミルは若干驚いた顔をしている。


「君がヒュンケルを炊きつけた……という情報が私に上がってきているのですが、これは本当ですか?」


「炊きつけてはいません。……話はしましたちょっとだけ」


「ヒュンケルと?」


「はい」


「どんな?」


「強化人間が特別扱いはおかしい、という……特に問題はない話題です」


「では大筋では本当なのですね?」


「ですから炊きつけてなどいません」


「彼が勝手に盛り上がって勝手にやった、とそういうわけですか」


「事実を言えばそうなります」


「特別扱いというのがよくわかりませんが」


「主観です。システム上はその根拠は成立しないです」


「私的な問題、つまり妬みと解釈してよろしいですか?」


「お好きにどうぞ」


デリスが言った。


「それでは困るんだな。お前にそのつもりはなかったとしよう。しかし端から見れば陰険な企みに映る」


「結果はそうでしょうね。繰り返しますが炊きつけたりなどしてはいません。ですが、そもそも陰険な企みのどこがいけませんか?


チームとは名ばかりで実態は競争相手です。競争相手はひとりでも除外できるに越したことはない……なぜならリソースは限られているし先任者の方がずっと有利という状況もあるからです。


私たちは人間なのですから陰険な企みも、ある種のどす黒さも組織のなかを生き抜いていく上では必要だと思いますよ」


「妬みからくる陰険さどす黒さなんてもんは技術向上を阻害する。ここでは邪魔だ。統治AIに俺たちは試されてる。ここのシステムを作ったのはAIだ。それを忘れるな。AIの視点だと人類は放っておいても潰し合いをすると踏んでる。不満や怒りには待ったをかけ人類の視点で俯瞰しろ」


「それは成功者の言い分ですよ」


「じゃあ成功者になればいいじゃないか」


「私たちって所詮、消耗品で奴隷じゃないですか。あなただって」


「じゃあやめればいい。何の議論をしてるんだ? 成功したければ自己鍛練する、納得いかなければ去る、配置換え願いもいいだろう。……自己鍛練というのは向上のためにならないことの排除でもある。もっとシンプルに考えろよ」


「アイザックさん、配置換えなんて現実にあるんですか?」


「それは知りません。何例かありますがここを出たあとどうなったかなんて私の知るところではありません。ここの責任者というだけですから」


いちばん離れたところに琉が来ていて、後ろから琉が一言告げた。


「俺たちに人権はない。戦うだけなんだよ」


それだけを言うと彼は派閥のメンバーを連れて去っていった。


そりゃあ考えるまでもない。何の結果も出してないジェニファーがここを出て用意されるのは底辺の仕事だけだ。体は鍛えてるから何もないってことはなかろう。


デリスが言った。


「これは一回目だ。一回目ならみんな目をつむるさ。ゆっくり考えな。アイザック行こう」


私はアイザックの後ろに付いてこの隊列に加わることにした。なんか気まずくて。

デリスは後ろを振り返り私の姿を認めるとアイザックに言った。


「アイザック、ソニアにも見せた方がいいんじゃないか?」と。


──え? 何を?






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