ナチュラルボーン

        ★


俺と兄貴が別れたのは10の時、兄貴は11だった。現在の俺、新垣巽(たつみ)にとって15年前の話になる。


当時の俺たちは孤児院を抜け出すことが常態となっていて、山に棲んでみたり、気が向くと街へ降りていってあらゆるわるさをしたりと好き放題やっていたものだ。


欲しいものをかっさらい、人を殴り、蹴飛ばし、踏みつけにした。俺も身体能力がかなり高かったが兄貴は気が狂ったような腕っぷしの強さがあった。殆ど野生猿と言っていい動きの速さとパワーがあり、かるくねじるだけで相手の腕の骨を折るほどだった。


兄貴の後ろについているだけで大抵のことは乗り越えることができた。振りかかるトラブルの対処は全部兄貴が請け負い、俺は楽だった。


が、そんな俺たちにも別れの時がくる。正確には俺の側に兄貴に対する疑念が生まれそれが増幅していて、別れの時を予感し、俺自身もそれを求めていたからだ。俺を守る便利な壁は、いつしか面倒で憂鬱にさせる壁となっていた。俺が欲しかったのは自由だったんだ。混じりけのない、純然たる自由だ。

自由とは支配する側に立つということだ。


        ☆


ケイトのF14が上昇したので私も上昇し、そのまま追随する形で機体が逆さになる。


天地が逆転した状態から次の瞬間、右方向に機体をひねるケイト機が私の視界の隅に入り、右のラダーペダルをちょんと踏み込んでサイドスティックに右方向へ入力し──ここが肝心で翼が空気を掴んでいることが重要だ──彼女を追う私。勝負はこの旋回でカタがついた。


より小さな旋回半径で空を舞った私がケイト機の背後につきレーダーを照射する。ヘッドアップディスプレーのマーキングが赤く点灯し、ここで模擬空戦訓練はジ・エンドである。


つまらないということはないがA級同士の訓練としてはありがちな内容だった。ほんとうの生死をかけた空戦ならば時間切れ引き分けがよくあるところ、どちらかが自分の限界を引き上げようと無理をするとそこが隙になる。私は無理をしなかった。


「ああ! いまいましいわね、なんでそんなに曲がるの!」


ケイトのやかましい声が響く。


それはSPECIALの三人に対して私がいつもコクピットのなかでがなってること。

なんでそんなに曲がるの!と。


ケイトが前に出て先に帰投態勢に入る。空と茶色い大地が視界を埋め尽くし、私はもっと飛行していたいという気持ちを押さえ込む。


今日は夕方に別の仕事が待っていた。新入りが養成機関から到着する予定になっていて、今回は私が案内を担当する順番である。案内と最初の世話をしなくてはならない。私のときは例外的にアイザックだったけれども。


       ☆


帰投しブリーフィングルームでケイトと訓練での気になったこと、或いは関係のない雑談を交わしたあと私はひとりになるべく

カフェ〈SKY TRIP〉へ行き、端の席でチルドカップ片手にため息をついた。自分でも驚く深いため息であった。テーブルの上には新入りの資料がある。


正直なところ気が重たかった。なぜならSWの空戦パイロットといっても背景はさまざまで、望まずにそうなった人も少なくないからである。


この世界には基本的に職業選択の自由はない。統治AIが人類個々人を適正審査にかけ統治AIの審査基準に基づいてそれぞれに職業が割り当てられる。拒否権を持つ人間は一部に限定されている。


とくに今回の新入りは女だ。望まずしてというケースは割合として高い。彼女はどうなのか。


私はこの世界に来て“ソニア”という名を授かって二年目の、私だってまだ新人みたいなものである。いま22。歳だってまだ若い。


新入りはジェニファー(24)。写真では国籍がわかりにくい。中東系とインド系が混じったようなわかりにくい混血の容貌で、ただしとびきりの美人である。写真では。バインダーを閉じてもうあまり考えるのはよそう、と心でつぶやく。チームの一員として接すればそれでよいのだ。気楽にいこう。


       ☆


よろしくお願いしますと言ったあと彼女はすぐに訊いてきた。


「ソニアさんって強化人間なんでしょう?」


「ええそうです」


「耐Gスーツなしで戦えるってほんとうですか?」


「やろうと思えばできますが、使った方が楽なので使ってますよ」


「どういう経緯で強化人間になったんですか?」


「機密なので口にはできないんですよ。食事はとりました?」


「ええ。機内で。でもコーヒーが飲みたいので飲める場所があれば」


滑走路に近い方のカフェ〈ア・バオア・クー〉に私は彼女を連れていった。彼女は頼んだコーヒーをブラックで飲み、私はカプチーノをゆっくりとしたペースで飲む。


「迷惑ですか? 強化人間について訊かれるのは」


「慣れてます。最初は珍しがられますから」


「いろいろと噂ばかり広がってるんで、何がほんとうなのか確かめておきたいんですよ」


それは知ってる。私がA級になってからは特に顕著になっているようだ。もともとここネバダ支部がSWシステムのトップに位置しているのもあるが、強化人間だからといって成功するわけではなく私が数少ない成功例だからである。私は三人目と聞いている。


「おいおいわかってくることですから、いま話すことはやめておきます」


「アニエスに会ったことがあるって話もありますが」


「関係が深まってからなら話すかもしれませんが……いまは会ったばかりですし」


「ここの主要メンバーに特別扱いされてるという話も」


これもほんとうの話だ。しかし段階的に説明していかないと真相は伝わりにくい。


「何とも答えにくいですね」


「ほんとならフェアじゃないですよね。他のパイロットからすれば疑問に思うのは当然でしょう。あなた、直接この施設に来てるんでしょう? こんなケースはあなたひとりだけのはずです。ソニアさん、どうしてなのでしょう?」


ぐいぐい来るなあ。


「ジェニファーさん、とりあえずまずはあなたがここに慣れることから始めましょう」


「そのうち疑問は立ち消えると? それか何も感じなくなると?」


「ノーマルのままでは、ここで暮らしていくだけでもつらい部分が出てきますよ」


階級としてSWにはSPECIAL、A級、NORMALの三つがある。長くNORMALのままだと他の支部へ移動となりやすい。私はつづける。


「鍛練し、進化しなければ適応すら難しい。これは私自身が何度も教官から言われてきたことです。いまはそのことに集中した方がいいですよ」


「宿舎とか生活回りの情報は得てます。案内は不要ですよ。私は私が知りたいことをあなたに訊いたまでです。お気をわるくしないで。では失礼」


彼女は席を立ちすたすたと歩き去ってゆく。いい感じだった。ここでは実力主義が当たり前でその点では容赦がない。人間関係における優しさも鉄の意志の裏打ちがなければここでは成立せず、いずれは脱落する。自ら移動を申し出る者も多い。


彼女はモチベーションの高さからいってどうやら望まずしてというケースではないようだ。あれならここで長続きするだろう。戦闘で死ななければだけれども。

彼女の資料には特技としてボクシングが記載されてあった。となるとカミル派に来るのかな?



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