第39話 幼女は路地裏で立ったまま寝る

「ひぐっ、ひぐっ……私やっぱり駄目な竜族です……ごめんなさい……」


「いっ、いや! そんなことないぞ。クロムベルに来るのは久しぶりだったんだろ? だったら迷ってもおかしくないだろ。それにこんな広い街なんだし」


 あちゃあ、クロンが初めて会ったときのように自分は駄目な竜族ですモードに入ってしまった。

 彼女は悔しそうに両手をぎゅっと握りしめ、あふれ出してしまった涙を拭う。来た経験があるのに道案内ができず、俺に迷惑をかけてしまったというのは本当に悔しいんだろう。


 どうしても人が、特に女の子が泣いている姿なんて見ていられなくて、俺はクロンの背中をさすってあげた。


「俺は大丈夫だからさ。歩いてればその内この路地から抜けれると思うし、一緒に探そう。な?」


「はいぃ」


 これ以上泣きたくなる気持ちをぐっと堪えてくれたようだ。最後に一度ぐしぐしと涙を拭うと、やる気が戻ってきた顔を上げてくれた。


 どんなに失敗しても、自信が無くても、最後にはちゃんと立ち上がってくれる。本当に駄目な子なら人任せで求められたときに立ち上がれはしないだろう。そこが違う点、クロンはしっかりと芯が強い子だなと感じることができた。


「よし、行こうか!」


「はい! ……あれ? あんな人、さっきいましたっけ?」


 ずっと隣にいるクロンの方を見ていたからわからなかったけど、前方に目を向けてみれば、少し離れた先に少女が佇んでいた。

 茶色で袖の長い和服を着ていて、うつむいているせいで表情は良く見えない。暗い路地の真ん中に力なく一人で立っていて、幽霊みたいだ。


 ただ、背が小さくて頭の側面に横へと伸びた角が生えていて可愛らしく見える。えらく可愛らしい幽霊だな。こんな真昼間だし。


 それに、角が生えてるってことは、あれってもしかしてクロンやリームと同じ竜族だったりするのか?


「おばけです! ご主人様! あれ竜族のおばけです! あんな暗いところに何もしないで立って、絶対危ないです!」


「急に人をおばけ呼ばわりは失礼だろ!」


 失礼なことを言ってしまったので向こうは食ってかかってくるかと思ったけど、無反応。袖に隠れた手も、草履ぞうりを履いた足も動きを見せることがない。ただ何も言わず暗い路地の真ん中に立っていて不気味過ぎる。

 ……まさか、本当に幽霊!?


 もしやという考えが頭をよぎり、クロンと一緒にごくりと唾を飲んで硬直してしまう。無音が訪れて、この場にいる3人が音を出すことは無い。そして――


「すぴー……すぴー……」


 誰が発しているのかもわからない寝息が、その場へ静かに響いた。どこから? あの子から。


 まさか、おい。寝てる? 嘘だろ?


 なんかあの子、頭が前に向かってカクカクし始めてしまったし、本当に寝ているのか?


「こんな路地裏のど真ん中で、こんな昼間から寝ているのか? マジか?」


「ね、寝てるんですか? いやー、よかったです。本当に幽霊かと……え? 寝てるんです? 本気ですか?」


 道端に突っ立っているあの子は頭をカクカクさせっぱなしだし、いつ前のめりに倒れてもおかしくないような体勢だ。正直見ていて危なっかしい。


 彼女のことはよく分からないけど、起こした方がいいのだろうか? 幼女がこんな暗い路地で一人でいるなんて危ないし、是非とも誘拐してくださいと言えるくらいに隙だらけだ。

 後ろから口を押さえられたら助けなんて呼べないだろうし、表通りまで声は響かないだろうし。


「すぴー、すぴー……むにゃむにゃ……」


「お、おーい。そんな所で寝ていたら、怖い人に何かされちゃうぞー」


「すぴー、すぴー……んむにゅ……300ゼルまではバナナでーす……」


「逆だろ。多分お金のことなんだろうけど、バナナは300ゼルまでですだろ」


「あの言い方だと300ゼルまでの物全てがバナナと化しますね。バナナパラダイスですね」


 こちらの声に目を覚ましてくれない辺り、深い眠りに入ってしまっているようだ。

 クロンが泣いてしまう前にはあの子はいなかったし、そんなすぐに前まで歩いてきてどっぷりと眠りに浸かるものか!?

 そういうすぐに眠ってしまう種族がいるのか、それともわざとじゃないだろうな? 小さい子供のいたずらとかあり得るかもしれない。


 何も反応してくれないのはしょうがないので、起こさせてみるか。もしかしたら宿泊施設がある場所までの道を知っているかもしれないし。

 そう思って俺は茶色の和服を着こんだ幼女の目の前に立った。クロンも後ろに付いてきてくれたけど、なんか幼女を目の前にしている辺り、他の人から見たら事案として判定されてしまいそうだ。


「おーい、起きてくれー。こんな人通りの少ない道端で一人でいるもんじゃないぞー」


「んむぅ……おやつはバナナにはいりますかー……」


「バナナにおやつを入れることはできないし、バナナはおやつでも無いな」


 目の前に立っても幼女は寝言しか言ってくれない。ものすごく長い髪と、左右に伸びたエメラルド色の角が頭の動きに合わせてカクンカクンと揺れるだけだ。

 この角を見ると普通の人でないことは間違いない。リームが捕まった一件を思い出すと、本当に一人でこのまま暗い路地においていくのはマズいのではないだろうか?


 やはり起こすしかないともう一度決めたその時、また幼女が何かを呟いた。


「にゃん……バナナでれんしゅうがひつよう……」


「ん、何の?」


「だしいれ……」


「幼女がそんなことを言ってはいけませーん!!」


「んひゅう!?」


 寝言とはいえ、なんてことを口走るんだこの子は! 幼女がバナナを出し入れとか危ない発言にもほどがあるわ!

 つい大声で注意してしまったけど、代わりに幼女は顔を跳ね上げて起きてくれた。口元の端からよだれが垂れているし、本当に寝ていたのか。


 いや、本当に寝ていたのか! ただのいたずらじゃないのかよ!


 半開きの目が俺の姿を捉えて白黒した後、ようやく幼女はハンカチを取り出して口元を拭い、一息ついた。

 ハンカチをしまい、俺とクロンの顔を交互に見た後、さらにぼんやりと上を見て何かを考え、納得したように俺の顔を見てからさらに一息。知らない人物を前にしてゆっくりとし過ぎである。


 大丈夫かこの子? 危機感がなさ過ぎて心配になる。


「……ゆうかいはん?」


「だ、誰が?」


「あなた。その子とわたし、ゆうかい?」


 おい待ってくれ。不審者扱いは覚悟していたものの、一気にこの子を誘拐しようとしている犯罪者にまでランクアップしてしまった……。

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