第37話 交易都市クロムベル

「いやぁ、やっぱりリームは速いですね! ご主人様と同じく凄いです!」


「やっぱりジェットコースターとか戦闘機クラスじゃないかなぁ!?」


「はぁああやぁあすぎるぅんですけどおおおおおおお!?」


 それ行けゴーゴーなクロンと違って、しっかりとリームの体に捕まって泣き叫ぶ俺とナフ。無理だって! 鳥が編隊を組んで飛ぶような上空にいるのに、この速さは無理だって! 落ちても空中で拾ってもらえるんだろうけど、気持ちは死ぬって!


「そういえばナフ君! そのトランクケースってそんなに大事なんですか? リームと一緒に飛ぶって言った時、大慌てで馬車の中から持ってきましたけど!」


「ひぃいいいいいいい!!」


 クロンはこちらにも聞こえるように大声で喋ってくれるけど、ナフは絶対に聞く余裕なんてない。というか、俺もナフにそれを聞いたり彼が答えた内容をクロンへ伝える自信がない。


「あっ、これ聞いてないですね!」


「なんでクロンは平気なんだよ! あっそうか! 君もドラゴンに変身できるから慣れてるのか!」


「リームみたいにこんなに早くは飛べないですけどね! ふっふーん、慣れてますから!」


 自信満々に胸をそらしているように見えるクロン。何だろう、彼女になんか負けた気がする。


『見えてきたわ、あそこがクロムベルよ』


「見えてきましたね! あんまり速く行くと警戒させちゃうので、ここら辺でそろそろ降りちゃいましょう!」


 よかった……リームの減速が始まり、俺達は地上に向かって降りていく。ナフが乗っているせいか今回はリームのいたずらがなかったし、安全だな。


 さて、空の空気はなんだか薄いせいか、地上に降りると空気が美味く感じる。うんと背伸びをすると、新鮮な空気が体を満たすようだ。

 ナフもそれは同様のようで、両手を広げて深呼吸し、美味しい空気で心身を落ちつけようとしているみたいだった。


「なぁ、ナフ。俺達と一緒に来てよかったのか? 下手するとあの兄貴がカンカンになるんじゃないのか?」


「すぅー、はぁー。それなら大丈夫だと思いますよ? あの人は本気で怒ったりすると僕を無視しますから。いじられたり殴られたりしない分、そっちの方が楽です」


「そっか……苦労してんだな」


 太陽が白い雲に隠れ、ナフの顔に影を落とした。

 実際、家族に無視されることはどれだけ心が痛むのだろう。理不尽な扱いを受けるのも心は痛むだろうし、相手にすらされないというのも絶対に悲しいはずだ。

 ナフの方も恐らくはアレスを嫌っているんだろうけど、本当ならこの年頃の男の子は家族と仲良くしたいと考えていても不思議じゃないんだよな……。


「でも、姉さんは優しくしてくれますから大丈夫です。いつも僕を助けてくれるから、僕も頑張ってブレイクコードで強くなって勉強に励んで、恩返しがしたいです」


「姉さんのこと、本当に好きなんだな」


「あはは……姉さんも姉さんで口うるさいところはあるんですけどね」


 ナフは気恥ずかしそうにぽりぽりと頬を掻いた。

 さて、リームも人間の姿に戻ったみたいだし、クロンは「早く行きましょーよー」と俺達を急かしてくる。

 クロムベルに来るのは久しぶりなのか少し上機嫌なクロンを追いかけるようにして、俺達三人は歩き出すのだった。



――――



「おお、本当にすごく大きな門があるんだな」


「ご主人様、あれがクロムベルですよ! 外からだと壁に隠れて街が見えませんけど、中に入ると本当ににぎわっていて凄いんです! 人がいっぱいいます!」


 高速で飛ぶリームの背中に乗っていた時は、あまりの恐怖でよく景色を見ていなかった。道を歩いているとやがて目立ってくる、頑丈な石積みの壁、そして黒光りする鉄の門。


 町並みは隠れて見えないけど、あれがクロムベルか! この世界の森に転生してきて、ブレイクコードで勝負して、馬車に長い間揺られて、ようやくたどり着く初めての街。しかも巨大だ! 今一度スマホゲームの世界に来たんだなぁと実感する。


「あっ、そうだ。ご主人様は私たちのカードを抜くとデッキが28枚でしたよね? クロムベルだったらたくさんのカードがいろんな国から来ますので、デッキの完成どころか強化できちゃいますよ!」


「うーん、でも朝陽さんのカードは元素鉄英エレメタルスというそこそこ珍しいカード達ですよね? もしかしたら直接的なサポートカードはよく探さないと無いかもしれません」


「そうなのか? 元素鉄英エレメタルスって初期配布みたいなもんだけど、こっちの世界じゃそこそこ珍しいんだ」


 クロンの提案とナフの助言。デッキは形となっても、強力な元素鉄英エレメタルスを見つけることはできないかもしれない。もしかしたらデッキをそっくり別のものに変えるという選択肢も出てくるな。


「それでさ、リーム。街に着いたらまずどうするんだ?」


「そうね、飛んできたから少々予定より早いし、まずはナフ君をメイカ家に送り届けて? 私は争闘騎士団コンフリクト・ナイツの所へ。クロンは朝陽と一緒に行動して、宿を探してちょうだい」


 てきぱきと予定を告げていくリーム。到着前には当然のように色々考えているんだな。お姫様だというから街に出るとかそういうことには慣れていないのかと思ったけど、この中の誰よりも正確に街の中で行動できると思う。


「待ち合わせ場所は無くていいわ、争闘騎士団コンフリクト・ナイツとの話がどれだけになるかわからないから。街中心に近いレクタングル大広場の多目的掲示板があるから、そこに宿の名と部屋番号を書いておいてくれれば後で向かうわ」


「レクタングル大広場ね……わかった。それにしても争闘騎士団コンフリクト・ナイツって警察、いや軍隊みたいなもんだろ? そんな所に何を?」


「決まっているわ。ここ最近起きている人間やモンスターが吸収されてしまう事件の情報提供、ナルタ山脈南で起きた竜の里の被害報告、マシアスとウィンノルンという犯人の情報提供よ」


 やっぱり、とは思ったけど吸収事件解決のために動くのか。個人的な復讐には及ばず、ちゃんと軍隊とかに操作を要求して周りの安全を確保するところが冷静だよなリームは。でも心の中は煮えたぎっているのだろう。


 やがて街のどの方向にどんな建物や施設があるかなどの話を数十分続けている内に、どんどんと前にそびえたつ門が近くなってくる。その前にはもう人だかりや馬車の群れできていて、俺達の横もダチョウみたいな鳥モンスターが引く車が頻繁に通り過ぎていく賑わいを見せてきた。


 いよいよ広く開いた門の合間からを姿見せてきたクロムベル。ユズガルディ王国屈指の交易都市にして、ナフの実家がある場所。


 そして、俺達の敵が潜んでいるかもしれない場所だ。

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