第33話 希望の欠片

「ウィンノルン・ペケノット。名前は確かに覚えたわ。いずれ必ず……!」


「戻ってこないなんて……嘘です。お父さん、お母さん、みんな……」


 血がにじむほど強く両手を握りしめるリーム。地面に両手をついて大粒の涙を流し始めるクロン。親は勿論として、家臣とする人や友人を失ったという事実。

 どれほどの悲しみと怒りが彼女の心の内にあるのだろう。きっと想像もできないほどなんだろう。


 俺にも、カードに吸い込まれた人たちを助けられなかったという重圧がのしかかる。次にマシアスやウィンノルンに勝てても、ついさっき倒された人たちは戻ってこないんだ……。


「やあやあやあ、君達があの青き牙ブルー・ファングを追い払ってくれたのだね?」


 そんな俺達の絶望感を知ってか知らずか、馬車が止まっていた方向から一人の男が執事を連れてのんきに歩いてきた。後方に連れている荷台に乗ったナフと同じような金髪で桜色の目だ。

 コイツ、なんで明るい顔しているんだ。状況わかってんのか……!


 気楽にお礼でも言いに来たのかと思ったら、金髪貴族は俺を素通り。そしてリームの前に行き、彼女の手をそっと取った。


「遠巻きで君を見ていた。澄み渡った空や海よりも鮮やかで静寂とした水色の鱗。見るもの全てを魅了する魔性の瞳……その、一目惚れしたんだ。私の妻になってくれないか? 私には財力がある、きっと君を幸せにするよ」


 コ、コイツ……自分を守ってくれた人たちが犠牲になったのを無視してリームに求婚かよ!? 金やカードで雇われたとかであっても、あの吸い込まれた人たちが今どんな思いをしているか! マシアスとの勝負でどれだけの屈辱と痛みを味わったのか!


 苛立ちを押さえ切れず、強く地面を踏んで肩を掴もうとしたその時だった。


 パシンッ、と乾いた音が鳴った。


 リームが貴族の両手から自分の手を引き抜き、ビンタしたのだ。軽い一撃でもペナルティは及んでいるのかもしれない。リームは体に痛みが走ったように体を一度ひくつかせた。

 貴族は何が起こったのかわからない顔をしていて、打たれた頬に手を当てた後、ゆっくりとリームに視線を戻す。


「最低よ……! 周りが見えていないの……?」


 苛立ちを隠せないようにしてリームがその場を後にする。


 そして頬を打たれた金髪貴族はというと――


「私に恐れず手をあげるなんて……ああ、怒った姿も優雅だなぁ。絶対に手に入れたい。彼女の美しいドラゴンでの姿の戦いを見られるなんて、傭兵やそこの少年を雇ってよかった!」


 まったく懲りていないし、状況をわかろうともしていなかった。

 もういい、早くこの場からクロンと共に去ろう。そう決めた俺は泣き崩れていたクロンの元へ行き、彼女へ背中に乗るように促した。


「クロン、行こう」


「ぐすっ、ぐすっ、はいぃ」


 直感でここにいてはさらに悲しみに拍車がかかることは理解してくれたのか、クロンは俺の背中に乗ってくれた。ぎゅっと首に腕が回され、強く後ろから抱きしめられる。嗚咽おえつと、肩を濡らす涙がどうしてこんなことになったんだとやり場のない悲しみを訴えてくる。


 ……悔しい、悲しい、俺自身が人を助けることができなかった俺にいら立つ!

 マシアスとウィンノルンが去ってしまった俺にはもうどうすることもできず、リームの後を追って歩き出した。



――――



「お、お帰りなさい。戻ってきたということは大丈夫だったんですね……ってどうしたんですか、皆さん暗い顔をして」


 荷台に戻ってきた俺達をナフが出迎えてくれた。見るからに臆病な男の子だし、勝負中はずっとこの中に隠れていたんだろう。この子のことだから、ずっと隅っこで震えていたんだろうな。


「戻ってきたってことは、勝ったんですよね? マシアスに。だって、リームさんもクロンさんも無事で――」


「いや……引き分け、だったんだ。俺が勝負する前に既に負けていた人たちは、みんなカードに吸い込まれてしまって――」


「人々がカードに吸い込まれる? それはもしかして魂縛こんばくの術式のことですか?」


魂縛こんばくの術式?」


 眼鏡の端をくいっと上げてナフが訪ねてくる。魂縛こんばくの術式? 魂を閉じ込めるとか縛るということか?


「古い魔法の一種ですよ。勝負に勝った相手をカードの中に閉じ込め、それを己の一部とすることで強力になる」


 ナフはそこまで言って顔を逸らした。この子としても忌むべきことなんだ。嫌悪感が伝わってくる。


「禁術です、恐ろしい魔術ですよ。暴力を振るっているわけじゃないので、この世界のペナルティも受けません。閉じ込められた人たちを救うには元凶を倒すしかないと言われています」


「えっ?」


 今、閉じ込められた人々を救うにはって言ったか? 背中で泣いていたクロンも、もう悲しみを押さえきれそうになかったリームも顔を上げた。

 もしかして、食べられたとか吸収された後でも犯人を倒して吐き出させたりとかすれば、あの人たちを助けられるのか!?


「助かるのか!? 本当に助けられるのか!?」


「お父さんやお母さんは無事なんですか!? 吸収された後でも生きてるんですね!?」


「教えて! 元凶がどこにいるかとかの情報を持っていたりしない!?」


「わわわっ!?」


 俺達三人に詰め寄られたナフがぎょっとしてその場から飛び退いた。怖がらせてしまったけど、どうしても情報が知りたい! ナフ、君の情報が頼りなんだ!


「えっと、とりあえず一つずつ答えていきますね……うぅ、目が血走ってますよ皆さん。怖いなぁ」


 ぽつりぽつりとナフは俺達の希望になることを答え始めた。俺達は一言一句その情報を聞き漏らさないようにする。

 悲しみに暮れて止まっていた俺たちの気持ちが動き出すように、安全を判断できた馬車もまた動き出すのだった。

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