第20話 決闘世界ラフラセルム

 もう完全に日は落ちた。しょうがないけど、今日は川の近くで野宿していくしかない。


 近くにある道は国と国を繋ぐもので、本来なら多くの馬車やトカゲ車が通るらしいけど、時刻は既に夜。たぶんだけど、今の時間移動している人たちは少ないだろう。


 しかも、リームの話ではここ最近は物騒な話が頻発しているらしい。だから夜の街道を行けるはずの大人数の隊商でも警戒していて、休憩ポイントを見つけて野宿しているようだ。


 そんな中で俺達は川の近くでリームの持ち物だった干し肉と、俺のバッグに入っていたカロリーメイクを晩御飯として会話をしていた。バッグに入っている残りはキャンディーぐらいで、役に立ちそうなものはない。

 スマホはないし(あっても圏外だろうけど)、テレビは無し、小説もマンガもないときたら会話ぐらいしかやることがない。


 どんな原理でぼうっとした淡い光を放っているのかわからないカンテラを3人で囲んで、どこから来たのかどこへ行くのかの話だ。何故かクロンはリームの隣じゃなく、俺の隣で干し肉に夢中だけど……。

 ちなみにカンテラには時計がついていて、現在の時刻を示していてくれる。魔法で動いてるんだろうけど凄い便利だ。


「ふーん、じゃあリーム達はこのユズガルディ王国のクロムベルって街に行くのか」


「ええ。クロムベルに駐屯している争闘騎士団コンフリクト・ナイツに用事があって」


「でも、なんでクロンとリームは馬車とか使わずに徒歩なんだ? クロンはカードでサイナス・クーロンの姿になれたみたいだし、二人とも飛んでいくこととかできないのか?」


「それはできるんですけど、エネルギーを物凄く使っちゃうんですよ。それに回復魔法使っちゃって、加えてあの手錠と足かせのせいか、リームが今不調みたいですし……」


 その言葉に加えて、『それに私……』とぽつりとクロンが呟いたのは気のせいだろうか? いや、でも元気そうには見えるし……。


「途中で馬車を乗り継いだり飛んだりしていたんだけど、さっきのカルンガという商人、いやもうあれは賊ね。彼らに襲われて運んでくれた人たちと離れ離れになったのよ。私もデッキを奪われてしまったし」


「私はデッキすらなかったんですけどね。とほほ」


 『私は』ということは、リームは自分のデッキを持っていたのだろう。しかしカルンガ達に襲われた時に、デッキだけはそのまま持っていかれてしまったようだ。しっかりと確認すればよかったけど、俺は気絶したしな……。


「それにしても、あなたこの辺りのこと何にも知らないのね。驚くくらいに」


「いやぁ、結構遠くからの旅の途中で、わからないことが多くて……」


「ふぅん? 遠くから」


 俺のごまかしに、すっとリームの目が細められる。えっ、嘘だろ。もうごまかしてるとわかったのか?


「私、あなたがどこから来たのか興味あるのだけれど、どこの国の出身なのかしら? このユズガルディ王国まではやっぱりトゥーマダの街を経由して来たの?」


 まずい、異世界に日本という同名の国が存在するなんてわからないし、トゥーマダの街がどの方角にあるかもわからない。

 というか日本があったとして、この国の東に存在するのか? もしかしたら西かもしれないし。

 ……ごまかしきれない。


 ふと気づけば、リームは薄い笑みを浮かべていた。絶対に俺が怪しい人物だとわかっている。


 あれ? でも怪しい人物だとわかっているなら、意地悪せずにすぐに逃げるのでは?


 それにこちらを追い詰めるような怪しい笑みではなく、からかっているような笑みだ。

 しかも俺、彼女が笑っているとわかった瞬間にキュンとしちゃったし。普段はクールにしてそうだけど、こういうたまに見せそうな笑顔に弱いんだよなぁ。


「ふふっ、大丈夫よ。あなたが異世界人でも、別に私はとって食べたりなんてしないから」


「ええっ!? ご主人様、異世界人だったんですか? どおりで強いわけです」


「異世界人? 俺が異世界から来たってわかるのか?」


「国の名前や行く先もわからないとわかれば、ね。街や国の名前を出したりすると目が泳ぐし」


 突然として俺がこことは異なる世界から来たのだと当てられ、この世界の人物は異世界転移のことを把握しているのかと驚いた。

 もしかしたら、この世界に俺がいた世界から人が来るのはありがちなことなのかもしれない。


 そうすると、それだけ電車とかトラックにひかれているということもあるのか。そう思うと俺を引いたと思ったであろう車の運転手にも申し訳なくなってくる。


「この世界、ラフラセルムには他の世界から人がやってくることがたまに起こると言われているわ。世界に名前が名付けられてるなんておかしなことだと思うけど、異世界が存在することが判明してるものだから」


「あっそういえば普通の人の他に、私とは違う竜族とか精霊さんなんかも飛んでくるってことは聞いたことありますよ」


「俺だけの世界じゃないんだ、異世界転移とか転生するの。一人じゃないと安心したような、一人じゃなくて期待が外れちゃったような」


「ふふっ、がっかりしちゃったかしら? もしかしたら、自分は異世界に転移した勇者だとか考えてたりしたの? 残念ながら、この世界には魔王だなんて存在は歴史のほんの一部にしか存在しなかったりするわ」


 勇者として呼ばれたと考えたのは……ちょっとあるかもしれない。勇者がこの世界の人に必要とされていて、自分が勇者となって得意なカードゲームで世界を救う役割が与えられた、とかは少しだけ思った。

 まさかブレイクコードで戦う世界に転移だなんて、自分におあつらえ向きだと思ったし。


「リームゥ、ご主人様をからかわないでくださいよぉ。もしかしたら本当に勇者とか英雄かもしれないじゃないですか。いえっ、私たちを助けてくれた時の姿は、本当に英雄そのものです!」


「確かに、あの時立ち上がってくれた姿は、本当に勇者や英雄そのものに見えたわ。改めてお礼を言います、ありがとう」


「い、いや、人を助けるのは当然だし、こっちも治療してもらったことに礼を言うよ。それにクロンも。クロンがいなかったら俺はリームを助けにも迎えなかったし」


「……っ! 誰かに、頭を下げるまでのお礼されたの初めてです。嬉しいですっ……! 私、いつも役立たずだったからっ」


 お礼を言われることですらよっぽど嬉しかったのか、クロンはぽろぽろと涙を流し始めてしまった。


「やばっ、ごめん!」


「いえっ、いいんです! 嬉し涙です! こんなちゃんとお礼言われたことなかったから……うわーん! ご主人様にそう言ってもらえるの嬉しいよぉおお!」


 ついには大泣きしてしまうクロン。やれやれと呆れながらも苦笑するリーム。そして、どうしていいかわからない俺。

 ああ、もう。女の子が泣いた時ってどうすればいいんだ!? ハンカチあったっけ、あった!


 もう女の子がしていい顔じゃないほどに顔をぐしゃぐしゃにして泣くクロン。ハンカチを受け取ると、大粒の涙がそれに染み込んだ。そんなに泣くほど感動することなんだろうか。

 いや、自分で落ちこぼれと自虐するくらいだから、普段言われない礼は本当に嬉しいのだろう。


 ひとしきり泣き終わったクロンが疲れで再び眠ってしまった後、俺達は交代で起きていながら眠りへとつくのだった。

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