第9話 今一度、戦う理由を

「アサヒさん!」


「うっ!?」


 クロンが飛びかかってくる鏡の破片から俺をかばうように手を広げた。

 そして襲い掛かる痛みをこらえるために、ぎゅっと目をつむったのだろう。彼女の顔の向きが少し下がる。


 ありがとう。でも、君にその攻撃は受けさせない!


「俺は手札から元素鉄英エレメタルスアクア・シールダーを捨ててその効果を発動する!」


「なんだと!? フィールドではなく手札からモンスター効果を発動!?」


「このカードを手札から捨てることで、このターン中に受ける効果ダメージを1度だけ0にする!」


 俺を守ろうとするクロンの前に、大きな盾を持った青い騎士が現れて防御態勢をとる。

 鋭利な鏡の破片と強靭な盾が何度もぶつかり合って、こちらの精神を削るような嫌な音が幾度も鳴り響く。


 先程ブラスト・ドローで効果によるダメージを受ける際にもアクア・シールダーの効果は発動できた。

 しかし、ブラスト・ドローの効果は『効果ダメージを受けてから』ドローする効果であるため、ダメージを受けなかった場合は不発になってしまうのだ。だから発動はしなかった。


「あ、え?」


 ようやく終わった鏡の破片による攻撃。

 全ての攻撃を防ぎきって役目を果たしたアクア・シールダーは、まるで元から存在しなかったかのようにゆらりと消えた。


 傷一つつくことのなかったクロンであったが、後からやってきた恐怖には耐えきれなかったらしく、ふらりとその場に倒れかける。


「クロン!」


 力が抜けた彼女を支えるために、気づけば俺は勝負なんか放り出して駆け出していた。

 なんとか彼女を抱きかかえてみれば、俺より一回り小さなその体は震えていた。


 俺と巨漢はプレイヤーであるために実際に傷を負うことは無いけど、フィールドに存在するモンスターであるクロンは攻撃を受ければどうなるかわからない。


 さっき斬撃で倒されたガーゴイルの監視者みたいに体を切り刻まれてしまうのか、レーザーに撃たれたフレイム・ソードマンみたいに儚い光の粒子となって霧散してしまうのか……。

 どちらにせよ、カードのモンスターと化した彼女にとっては一度死を迎えるようなものなのだろう。


「ごめんなさい、アサヒさん……私、今はアサヒさんのしもべなのに、ちゃんとできなくて……」


「何言ってんだ! 俺は傷つかないんだから今みたいな無理しなくても……!」


「おい! 勝負を放棄するつもりか!」


「どう見ても今勝負できる状態じゃないだろ! ちょっと待っててくれ!」


 ゲーム対戦中に遅延行為をするなんて主義じゃないけど、この状況には流石に俺も一時中断を求めた。次の俺のターンが来たとしても、クロンはまともに戦えないだろう。


 しかし彼女は俺の腕から離れ、ふらふらと立ち上がる。

 立ち上がったその背は小さく、見ているだけでまた倒れないかと不安になってしまう。


「でも大丈夫です、アサヒさん。私、リームを助けなくちゃならないから……! リームは私と違って凄いんです! 影では物凄く努力して、こんな私にも優しくて……だから、私も頑張らなきゃダメなんです!」


 彼女にとって、リームという友達はよっぽど大切な存在なのだろう。

 リームは今怯えているのかもしれないが、岩石の王インヘリタンス・エンキドゥを相手にするクロンだって怖いだろうに。それでも、彼女は敵の前にもう一度立つ。


 そうだった。これは俺のカードゲームによる戦いだけじゃなくて、彼女による彼女の友達を助けに行くための戦いでもあるんだ。

 一度乗りかかった船だ。俺が彼女をとことんサポートしてやらなきゃならない。


 リームという人のことはよく知らないけど、今危険な状況に陥っている彼女には俺とクロンの力が必要だ。


「クロン、次の攻撃だけど」


「アサヒさん、大丈夫です。私は今カードですから、一回やられちゃうくらいどうってこと――」


「いや、次の攻撃は絶対に『止めてみせる』。だから、絶対に勝とう」


 彼女の手の震えが止まった。そして、インヘリタンス・エンキドゥの足元に突き刺さっていた槍が宙に浮き、クロンの手元へと飛んで戻る。

 信頼してくれたんだな……ありがとう。


「ふん! もうタイムは終わりでいいんだな!?」


 巨漢はイライラとした口調で強く言い放つ。勝負を始める前に何度か待たせてしまっているけど、さすがに頭にきているらしい。


「ごめん! 作戦タイムは終わりだ! 俺はバトルフェイズからメインフェイズ2に入り、カードを1枚セットしてターンエンド!」


――――――――――――――――――――

朝陽 LPライフポイント1 手札1枚

●モンスター

竜乙女クロン

●スキル

伏せ1枚


巨漢 LPライフポイント5 手札0枚

●モンスター

ゲノムゴーレム インヘリタンス・エンキドゥ

●スキル

なし

――――――――――――――――――――


 さて、現在の状況の確認だ。敵はAPアタックポイント11000、BPブレイクポイント3を誇るインヘリタンス・エンキドゥ。

 こちらはAPアタックポイント3000のクロン。


 敵のライフはほぼ満タンなのに対し、俺のライフは最低限の1しかない。

 どんな攻撃であれ、クロンを倒されればそれで終わりだ。


 俺が負けてしまえばクロン及びリームという少女は悪人たちのもの。

 悪人は俺の身柄なんて興味はないだろうけど、彼女達のためにも絶対に負けたくはない。


「俺のターン、ドロー! ……チッ」


 わかりやすいくらいの音が鳴った舌打ち。

 たぶん、今引いたカードは俺の防御手段を打ち崩すカードじゃない。


 他の強力なモンスターだったとしても、このブレイクコードにおいてフィールドに召喚できるモンスターは1体のみ。

 だから、このターンは絶対に耐えれる……!


「このままバトルフェイズだ! インヘリタンス・エンキドゥでガキを攻撃!」


 先程まではあんなに相手を恐れていたクロンだが、今度は槍を構えて決して相手から目を逸らしていない。それは俺に対しての信頼の現れだろう。

 だったら、俺も全力でそれに応える!


「攻撃宣言時、伏せカードを発動! エレメタルス・ボンド! 墓地に存在する元素鉄英エレメタルスと名のつくモンスター1体をデッキに戻し、相手の攻撃を無効にする!」


「くそっ! さっきの言葉通りにやっぱり防御手段か!」


「俺は元素鉄英エレメタルスアクア・シールダーをデッキに戻して、インヘリタンス・エンキドゥの攻撃を無効! そして、デッキから1枚ドローする!」


 巨大な盾を持つ青の戦士が再び場に現れ、岩石の王インヘリタンス・エンキドゥが放ったビームを防ぎきる。さらに、俺の手札は2枚になった。

 あとは相手が攻撃後にどんな行動を行うかだ。引いたカードを伏せるか、そのままターン終了を迎えるか……。


「くぅ! 俺はターンエンドだ!」


 来た。相手の防御カードが何もない、完全な攻撃のチャンスが。

 これであとは、最後の逆転の1枚を引くだけ!


「クロン! ここであいつを……追い抜かすぞ!」

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