第5話 契約・誓約・盟約

「け、契約!? 私とですか!?」


 なに馬鹿なことを言ってるんですか。口には出さずとも、クロンからその気持ちがひしひしと伝わってくる。

 自虐するまでに彼女が低いと感じている能力。だけどリームという少女が助けを必要としている今は、たとえ言葉通りに低い能力だとしてもクロンの力が必要になる。


 しかし、クロンはスカートを服のすそをぎゅっと両手でつかみ、うつむき加減で小さく呟いた。

 今にも消え入りそうな声。さっき喋ってた時は、彼女がこんなにも弱弱しくなるなんて予想できなかった。


「駄目です。私、カードになったとしても弱いです。私じゃ、デッキに入っても勝てません。リームと違って、私じゃ、価値なしの私じゃ……」


「それでも、クロンの力が必要なんだ」


 クロンの肩に片手を置き、どうにか力になってくれないかと諭す。


「リームを助けたいんだろ? 白状するけど、今の俺のデッキは弱いんだ。しかも枚数が足りなくて勝負すらできやしない」


 でも、それでもだ。それでも運という要素が絡むカードゲームにおいては、よほどのことがない限り勝てる確率が0パーセントだなんてあり得ない。

 それに、クロンの能力がたとえ弱くても、それなら俺が何とかして使いこなしてやればいい。


「クロンの力がどうしてもいるんだ。俺だけじゃ無理。リームを助けるにはこれしかないんだよ、頼む」


「でも、でも、私を引いたら……」


「そんな時は、絶対に君を使いこなしてみせる」


 はっと顔を上げるクロン。本当に使いこなせるの? と彼女の緑の瞳が訪ねてきたので、もちろんだと俺は頷いた。


 クロンとリームを見捨てて逃げることは簡単だけど、その罪はずっと俺の背中にのしかかってくるだろう。

 彼女たちの声が聞こえなくても、永遠に俺の耳元でどうして助けてくれなかったんだという声が響くはずだ。


 それに、元気すぎてうるさくても、その心に影を作ってしまった女の子を助けてあげたい。君は無価値なんかじゃないって教えたい。

 何より、無理矢理人を奴隷のように扱おうとする人達なんて許せない。


 勝負は幸いにも勝てるはずのない喧嘩ではなく、俺がランキング上位になれるほど慣れたカードゲーム。勝てるはずがないとは言い切れない。


「勝とう。俺とクロンで、リームを助けてあげよう」


 涙があふれ出した目をぐしぐしと拭うクロン。

 たぶん感動とか感激の涙なんだろうけど、女の子を泣かせてしまったのは罪悪感が出てくる。


「どうして、何も関係ないのに頼んだだけでこんなにも力になってくれるんですか……」


「どうしてって、俺さ……人を助けてあげなくちゃいけないから。それにクロンは可愛いから。可愛い子に弱いんだよね、俺」


 まだ目から涙をあふれさせているクロンがきょとんとした。こちらもだいぶ恥ずかしいことを口にしてしまったと、顔が熱くなってしまう。

 続けて自分が何を言われたのかやっと理解したクロンも、顔をぼっと真っ赤に染めてしまった。


「おい何やってるんだ! さっさとしろ!」


 話し込んでいるこちらを律儀にも襲わず待っていた巨漢。やはり、どうやらこの世界には暴力を振るうことに何らかのペナルティがかけられるのだろう。

 その声を受けて、俺より先にクロンが涙を拭いてすくっと立ち上がる。


「わかりました。アサヒさん、私はリームを助けたいです。ずっとずっとこんな私でも励ましてくれた、憧れで優しい大事な友達なんです! 私、戦います!」


「よし! やろう、クロン!」


 再び立ち上がった俺を確認したクロンの足元に、地面の緑と同化してしまいそうな色の魔法陣が現れ、ゆっくりと回りだす。


 これがカード化の呪術による契約の儀。人間以外の生物をカードとして支配下に置く、随分と身勝手な契り。だけど、今はこれをしなければならない。


「お、お前ら何を!」


 契約の儀だと直感で感じ取ったのか、巨漢が慌てふためく。しかし、それでもこちらに攻撃はしてこない。

 その間に描かれ終わった魔法陣の上で、クロンは詠唱をし始める。


「私、虚洞竜こどうりゅうサイナス・クーロンはここに誓います。数多あまたの闘志と共に戦う、カザマアサヒの新たなつるぎとなることを!」


 虚洞竜こどうりゅうサイナス・クーロン。おそらくこの名がクロンの真名、カードとしての名なのだろう。

 誓いの言葉を言い終わると共に、クロンの体が薄緑の光に覆われて収束し、2枚のカードとなって俺の手元に飛び込む。


 俺はそれらを確認し、デッキの上に加えた。なるほど、確かに低い能力だった。だけど、相性のいいカードは入っていたはず!


 すると、宙に浮かんでいた28枚の警告が消え、左腕の具象化盤ビジョナーからはエンジンがかかったような感触が伝わってくる。勝負の準備はできたということだ。


「貴様! 女性型のモンスターは事前に持ち主がいた場合、値段が下がってしまうんだぞ! 中古だ、中古! そういうのは、判明したときクレームがくるんだ! ただでさえ安いカードなのにさらに価値が――」


「黙ってくれ。無価値、中古、商品……そんな考え方で人を見るな!」


 人を無価値と呼び、商品として扱う目の前の男に、俺はもう堪忍袋の緒が切れかけていた。

 ゲーマー1人が切れかけたところで? いや、そんなことはない。ここはカードゲームの世界。カードなら俺の得意分野だ。


 カードはスマホゲームのままのブレイクコードで、ルールは変わっていないはず。万全とは言えないデッキだけど、必ず勝利を掴んでみせる。


「さあ勝負だ!」

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