12. ミントちゃんを巡る三角関係!?(※違います)

「ミントさん。ところで、お姉さまとは?」

「あっ、申し訳ありません! アンリエッタ様を尊敬するあまり……つい――」


 恥ずかしそうに、もじもじするミント。


(分かる。その恥ずかしさ――分かるわ!)



 寝起きの行動は不可抗力。

 思い出すのは、学校の先生を「お母さん」と呼んでしまった黒歴史。

 このままではミントの脳内で、貴重な「お姉さま」呼びが、黒歴史として抹消されてしまう。


(そんなの勿体な過ぎる!!)


「別に構いませんよ? ミントさんが望むなら、私のことはお姉さまで」


 作戦名・お姉さまと呼ばれたい!

 アンリエッタは、計画を前倒すことにした。

 


「ありがとうございます……是非! その――お姉さま?」


 ミントはおずおずとアンリエッタを呼ぶ。

 そして繰り出される自然な上目遣い――アンリエッタに電流が走る。



(なにこの可愛い生き物!?)


 アンリエッタ、ノックアウト。

 もう欲望のままにミントに抱きつき、よしよし頑張ったねと頭を撫で回したい。

 可愛すぎるミントが悪いのだ。


(やるか。やっちゃうか?)



「お姉様!」

「はい、ミントさん!」


「お姉様。その……さらに図々しいお願いなのですが――」

「は、はい! 何ですか?」


(わ、私は貴族令嬢アンリエッタ。貴族令嬢アンリエッタ。ミントちゃんにとって、頼れるお姉さま。お姉さま、か〜)

 

 声が上ずってしまう。

 表情を引き締めようとして大失敗。

 ふにゃ〜っとだらしない笑みを浮かべてしまう――末期であった。



「私のことは、呼び捨てでお願いできますか?」


(み、ミントちゃんを呼び捨てに!?)


 前世では呼び捨てで名前を呼び合うような、仲の良い友達は居なかった。

 名字にさん付けで最低限の言葉しか交わした記憶がない。

 そんなアンリエッタにとっては、これは一世一代のイベントなのだ。



「分かりました。な、なんだか緊張しますね?」


 ミントの方も、ワクワクと期待を込めた目で見てくる。


「ミントさん。ミント――ミント?」

「はい、おねえ――!」


「あー! いい加減うざい!」


 傍で見ていたルーティが、ついにブチギレた!

 小さな手をブンブン振り回して、抗議の声をあげる。


「あんたたち! なに初々しいカップルみたいなやり取りしてるのよ」

「お、お似合いのカップルですって!?」


「んなこと言ってねえよ!」


 しかし幸せの真っ只中のアンリエッタには、その文句は届かない。

 都合の良いところをだけを聞き取り、それどころか雑に捏造して照れる始末。


 それからふと我に返り――


(はっ、嵌められた)

(ルーティは私の秘密を探ろうとしているのに――まだ誤魔化せる!?)


 そもそもルーティは、そんな秘密を探ろうとしていない。

 さらに言うなら嵌めるも何も、完璧なまでのアンリエッタが自爆――というか爆風の中にルーティを召喚したに等しい。


「なにも変な所はありませんわ。ミントと私は勇者パーティで背中を預け合う戦友ですもの。"仲間"として"友情"を深めるのは大切ですわ」

「お、お姉さま……!」


 色恋沙汰ではないですよ! と。

 仲間として当たり前の事ですよ、とアンリエッタは全力で主張。


(わ、私のことを戦友なんて――!)


 一方のミントは、ますます尊敬を深めていくのだった。

 彼女の中でアンリエッタへの信頼度は、取り返しのつかないレベルまで上昇していた。



「ったく、確かに呼んだからね。はぶったとか後で言いがかり付けないでよ?」

「もちろんですわ」


「あの……ルーティ様。改めて、ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした」


 ぺこりとミントが頭を下げた。



「やめてよ。悪いのはボク達の方なのに……」


 ミントの謝罪を受けて、ルーティは気まずそうに顔を逸らす。


「あんなことを言ったのなら、あんたが責任を持って最後まで面倒見なさいよ!」


 それから何故かアンリエッタの方をキッと睨み、こんなことを言い放った。



(んん? 責任を持って面倒を――?)


 アンリエッタは混乱した。

 空回りする頭で思考にふけり、何故か前世でたまたま読んだラブコメ漫画を思い出す。


「お嫁に行けなくなっちゃたら、責任取ってよね!」


 というヒロインのセリフ。

 つまり責任持ってミントと結婚しろと?

 そんなの……大歓迎だ!


 辺境でミントちゃんとの2人で暮らし。素晴らしい未来だが、生憎とエドワードに全力で阻止されそうだ。



 ……ルーティの思考が全く分からなかったが、確かなことがひとつある。

 それは――


(ルーティは、ミントちゃん狙いだったのね!)


 アンリエッタはうんうんと頷いた。

 ミントの可愛さなら当然だ。



(……好きな子ほど虐めたくなるってやつかしら)


 恋愛感情の闇の深さを感じた。

 初対面時のルーティに対する、ミントへの態度。

 あれは、愛情の裏返しだったのか。それにしては少々――いや、かなり度を過ぎていたように感じた。



(愛情表現は人それぞれだけど……)


「ルーティさん。あなたは少しだけ、自分の気持ちに素直になった方が良いと思いますわ」


 このままではルーティは、ざまぁ対象まっしぐらだ。

 結ばれるどころか、ミントに嫌われまくるのは目に見えていた。

 あまりに悲しいすれ違いだ。



「何を分かったようなことを。あんたにボクの何が分かるってのさ?」

「分かりますよ。同じ悩みを抱えるもの同士ですもの……」


 女の子に生まれながらにして、女の子を好きになる。

 それは少々マイノリティである。

 前世の経験も合わさり、アンリエッタはその苦悩を十分すぎるほどに知っていた。



「――ッ!」


 ルーティは思わずといったように黙りんだが、


「――せいぜい余裕こいてるが良いさ! 今は好きなだけ、友情ごっこして見せればよいさ!!」


(なんか宣戦布告された!?)



 キリッとアンリエッタを睨み走り去るルーティ。


(ええ、ミントちゃんのことは、とても可愛いと思ってますよ!)


 バレたもんは仕方ないと、アンリエッタは開き直った。

 開き直った上でわざわざ宣戦布告してきたルーティの考えを推測して――



(どうしよう。まさかドロドロの三角関係――?)


 アンリエッタはそんな答えに辿り着いた。


 痴情のもつれから始まるパーティ崩壊。

 アンリエッタはそこにも破滅の臭いを感じ取った。

 解決策は――まだ無い。



「あ、あの。お姉さま?」

「ミント、どうしました?」


「ルーティさんの言ったこと、気にしないで下さいね。私はお姉さまを、その――一番にお慕いしています」


 ほわりと幸せが凝縮されたような笑みが、無防備なアンリエッタに突き刺さる。



(~~!?)


 アンリエッタ、再びノックアウト。

 再起動するまで、もうしばらく時間がかかりそうであった。


 


◆◇◆◇◆


 当然のことだが、すべてはアンリエッタの妄想オブ妄想である。 

 もちろんルーティは、ミントのことを狙ってもいない。

 そもそも大して興味がない。


(アンリエッタに影響を受けたと認めるのはちょっぴり癪だけど……)


 ミントは、聖女として力を使いこなせるようになろうと必死だった。


 勇者パーティは、聖女に命を預けると言っても過言ではない。

 それなのにあのやる気の無さ。

 ついつい虐めてしまったが、今のミントに不満はない。

 あの頑張りを応援したいぐらいだったが……



「みんなコロコロッと、あんな女に騙されて!」


(そんな聖人、この世に居る訳がないだろう?)

(あんなバレバレの演技に引っかかって、あんなにやる気になっちゃって)


 それだけは不快だった。

 ああいう女ほど、裏では何を考えているか分からないものだ。


 魔王を倒すために自分の命も惜しみませんみたいな顔をしてみせた。

 あんなのが素顔なはず、ないではないか。

 おおかた土壇場で逃げ出して、自分だけは生き残ろうとするに決まっている。



「そんな聖人が、この世にいるはずがないだろ!?」


 ミントはきっと――"救われた"。

 今は心酔する"お姉さま"のために、必死に力を磨いている。

 エドワードだって、アッサリ心を入れ替えてしまった。

 


(そんな聖人がいるのなら――)

(どうしてボクはあのときに助けて貰えなかったのさ……)


 エドワードたちのもとに向かいながら。

 ルーティは、誰にも聞こえない独り言を吐き続けたのだった。

 その脳裏には屈託なく笑うミントの笑顔。



(別に構わないけどさ)

(騙されたと気付いてから――うんっと、絶望すれば良いんだ)


 だから別に羨ましくなんてない。

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