スキル覚醒

 ウォリーは突然の出来事に声も出せず固まってしまう。『レビヤタン』のメンバーとして共に戦ってきた仲間に「出て行け」と言われた事は大きなショックだった。


「お前はそこそこ実力はあるが、その性格ははっきり言ってイライラする。探索中に困ってる人を見かけるたびにいちいちそいつの事を気にかけるし、そういう甘さは今後Sランクに行くための障害になる」

「ちょっと待って。ウォリーが抜けたらその穴は誰が埋めるの?」

「実は最近ちょっと縁があってな、新しいヒーラーの冒険者がうちに加わる事になっている。実力はウォリーと大して変わらないから、パーティに大きな影響は出ないだろう」


 その返答を聞いて、ハナは笑みを浮かべてウォリーを見た。


「あ〜それなら安心ね。じゃあさっさとこいつ追い出しちゃってよ。いつもウジウジしてて嫌だったんだよね〜。これでやっと解放されるわ」

「そんな……」

「すいませ〜ん!焼き鳥追加〜」


 ハナとジャックの2人に責められてウォリーはがっくりと肩を落とす。いつもならここでミリアが仲裁に入ったりするのだが、何故か今回は焼き鳥を頬張るのに夢中になっている。





 結局、ウォリーを脱退させるという方向で話は変わらないままその日は解散となった。酒場からの帰り道、ウォリーは1人俯きながらとぼとぼと歩いていた。


「お〜い!」


 ウォリーの背後から聞き慣れた女性の声がする。振り返れば、ミリアが走って追いかけてくる所だった。


「ミリア……」

「みんな酷いよね〜。ウォリーに対してあんな言い方、あんまりだよ〜。ま、気にすんな!」


 そう言って彼女はウォリーの肩を叩いた。


「僕、これからどうすればいいんだろう。」

「なぁ〜に言ってんの! Aランクパーティの出身者だよ? 新しく仲間を募集すればすぐ集まるでしょ。まぁ〜パーティのランクは下がるかもしれないけどさぁ〜。君は優秀だからダイジョブダイジョブ〜」

「でもさ、何でさっきジャック達を止めてくれなかったの?」

「そりゃ、あんな事言う奴らとウォリーは今後も上手くやって行けると思うわけ? むりむ〜り。だったらいっそ抜けて新しいパーティ作った方がウォリーの為になると思ったわけよ〜」


 いつもと変わらない高めのテンションでミリアはその場でくるくると踊り出す。

 ずっと落ち込んでいたウォリーだったが、彼女を見て少しだけ口元が緩んだ。同じ街の出身で、幼い頃から共に冒険者を目指していた2人。いつも前向きに努力する彼女の姿に、ウォリーは何度も励まされてきた。彼は心から彼女に感謝する。


「ありがとうミリア。頑張ってみるよ」







 ウォリーが宿泊している宿屋に戻ったのは深夜だった。自分の部屋に入り、灯りをつける。


「遅かったの〜。飲み過ぎは良くないぞ」

「うわあああ!?」


 皆が寝静まる時間にもかかわらず、ウォリーは思わず声を上げてしまった。自分1人用に取っていたはずの部屋に、別の人物が居座っていたのだから無理もない。


「こ、ここは僕の部屋ですよ! だ……誰ですか!?」

「何を言っとる。ワシじゃよワシ」


 よく見ればそれはウォリーの見覚えのある人物だった。モンスターが住む危険な森の深部に居た謎の老人。彼がウォリーの部屋のベッドに腰を下ろしていたのだ。


「な、なんであなたがここに……」

「あの時のお礼をしようと思ってな」


 とりあえずウォリーは部屋に入って戸を閉めた。これ以上騒ぐのは近所迷惑だろう。


「何で僕がここに住んでると……?」

「あんた『レビヤタン』の人間じゃろ? 有名なパーティじゃから知っとるよ。街の人に聞いてまわったらこの場所を教えてくれたわい」


 だとしても戸締りをしていた部屋に勝手に入っているのはおかしな話だが……とウォリーは困った表情をしてみせる。


「あのパーティの中であんた1人がワシに食べ物をくれた。お礼にあんたにいいものをくれてやろう」

「……いいもの?」


 見たところ老人は手ぶらだった。着ている服もボロボロで裕福な人間とも思えない。お礼と言っても大した事ないんだろうなとウォリーは特に期待はしていなかった。


「あの時あんたを見た時に思ったよ。あんたにはユニークスキルの才能がある!」

「……へ?」


 老人の口から出た、ユニークスキルという言葉。ウォリーは理解ができなかった。お礼とそれと、何の関係があるのか。


「ワシが引き出してやろう。あんたが望むならな」

「ちょ、ちょっと待って。どういう事です?」

「ワシの能力は『スキル覚醒』。人の中に眠っているスキルを目覚めさせる事が出来るんじゃ」


 その能力についてはウォリーも聞いたことがあった。だがかなり珍しい能力で使えるのは世界中でも片手で数えられるくらいしか居ないとの事。まさかこんなボロ布を着た老人がその1人だとは彼も予想外だった。


「あんたの中にはユニークスキルが眠っている。それが目覚めればさらに強くなる事が出来るじゃろう」

「あの、ですね。僕は既にスキルを持っていて……」

「治癒師のスキルじゃろ? ワシには見えておるよ。じゃがスキルを持てる数は1人に1つ。ユニークスキルを覚醒させれば今持っている治癒師のスキルは失う事になる。それでもいいならやってらろう」

「もし……治癒師のスキルを捨てたらどうなるんですか?」

「そうじゃな。今使えるサポート系の魔法や回復系の魔法は殆ど使えなくなるじゃろうな。まあ低級の回復魔法くらいなら出来るかもしれんが……」


 ウォリーはそれを聞いて迷った。ユニークスキルというのは確かに魅力的だ。ミリアがそれを持っているからこそ、その能力の強さを十分に彼は体験していた。しかし、彼の回復魔法はこの街の冒険者の中でもかなり高い部類に入る。逆に言えばそこしか彼が自慢できる所が無かった。それを捨てると言うのは、彼にとっては大きな賭けになる。


「じゃが、断言しよう。ユニークスキルが目覚めれば今よりももっと強くなれる。捨てたスキルも簡単に補えるじゃろう」


老人は自信満々に目を輝かせて言う。半分は食べ物のお礼のため。半分は自分の好奇心のため。ウォリーには老人がスキル覚醒を勧める動機がそのように見えた。


「なぜ……そう言い切れるんです?」

「ワシには見えるからじゃ。その者の中にどんなスキルが眠っているか。あの森で一目見た時から気になっておった。あんた程の逸材は滅多におらんよ」


 そう言われてもウォリーにはすぐに答えを出せなかった。スキル覚醒の力があると言っても、目の前に居るのは質素な風貌の老人。彼の言う事を鵜呑みに出来るほどの信憑性が無い。


 ウォリーは老人の目を見つめる。すると、まるで心の奥を全て見抜かれているような不思議な感覚を覚えた。ウォリーは老人に対して、その見た目とは裏腹に何か普通ではないものが有るように感じられた。


「あんた、パーティの連中と上手くいってないんじゃろ?」

「……え!?」


 これにはウォリーも驚いた。彼は今日パーティを追い出されたばかり。出会ったばかりの老人になぜ見抜かれたのか。


「ほほほ。あんたが周りの仲間に見えないようにこっそりパンを渡してきた様子でわかったわい」

「……なるほど。でも、もう僕はそのパーティのメンバーではありません。今日、僕の脱退が決定しました」


 ウォリーはなぜ自分の脱退の事まで打ち明けたのか、彼自身でも分からなかった。ただ、この老人に対しては何でも相談出来そうな、不思議な安心感をいつのまにか持っていた。


「まぁ〜。方向性の違いじゃろ。あんたとメンバーの相性が悪かっただけっちゅう事じゃよ。なぁに、これからは自分に合った仲間を選べばいいわい」

「はい……」

「パーティも抜けて心機一転。これからはあんたの新しい冒険のスタートじゃよ。せっかくじゃ、これを機に新しいスキルに挑戦してみんか?」


 ウォリーはなんやかんやでスキル覚醒を使う方向に話を持っていかれている気がした。だが、老人の言葉に少しずつ前向きな気持ちになっていっているのも確かだった。


「よし、決まりじゃ! 決まり! ほら腕を出せい!」


 老人は急に声の音量を上げ、ウォリーの腕を掴んだ。気持ちが揺らいでいる絶妙なタイミングで強引に話を進められ、彼は自分のペースを見失ってしまった。こうなると彼は流されるままになってしまう。


「ちょっ、本当に大丈夫なんですよね!?」

「任せておけい! お前はいずれ大物になる男じゃ!」


 老人がウォリーの手首に人差し指と中指を並べて置き、呪文を唱え始める。すると、ウォリーの全身を魔力が駆け巡って行く感覚がやってきた。

その感覚はどんどんと大きくなり、彼の身体が緑色に発光し始める。

(もう立っていられない)そう彼が感じたあたりで、頭の中でガラスが割れるような音が響き渡った。



≪スキル『治癒師』を失いました。≫



 続いて頭の中でその様なメッセージが聞こえた。スキル喪失の瞬間だった。


 老人はまだ腕を離さない。ウォリーは足の力が抜けてその場に崩れ落ちる。それでも老人は腕を掴んでまま呪文を唱え続けた。

 老人の目は真っ赤な光を放っている。ウォリーは自分の中で魔力が波打つ感覚を必死で耐えていた。

 そして、再び頭の中で音が鳴る。今度はラッパの音だった。

 その後、メッセージ音が聞こえた。



≪スキル『お助けマン』が覚醒しました。≫

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