三.五話 視える理由

クリスが外出し、セレカティアも事務所での用事を終えて帰宅しようとする中、落ち着かない様子でミリは周囲を見渡す。その光景が妙に思えたカイトは彼女に問いかけた。

「どうした?」

「いえ……還し屋のお仕事は聞きましたけど、他の方と何が違うのでしょうか?」

 彼女の抱く疑問に答える事が出来ず、自分が疑問を抱いてしまう。何がどう違うのだろうか。

 すると、鞄に書類をしまっていたセレカティアは動かしていた手を止め、ミリを振り向く。

「つまり、あたし達って何なのってこと?」

「えっと……はい。クリスさんやお二人はどうして私を視る事が出来るのですか? 特別な力? そうだったら素敵ですねっ」

 両手を合わせ、目を輝かせるミリだったが、そんな彼女をセレカティアは否定するように手を振ると、自分の右目を擦った。

「特別だけど、これはこれで少し面倒なのよね。痛いし」

「痛い?」

 痛い、という言葉にカイトはあの時の事を思い出し、『あー……』とため息を吐く。

 還し屋の試験に合格した日、ある事を行うと告げられた。最初は書類関係の手続きとばかり思っていたが、その場に居たクリスが『がんばって』と親指を立てるだけだった。何が行われるか言わず、それだけ告げたのだからタチが悪かった。最初から『あれ』をすると言っていれば、多少の覚悟は出来た。

「ミストを視るっていうのは、視覚の波長を合わせるって事。けど、普通に生きてるとその波長ってのは絶対に合わない。だから、無理矢理合わせる」

 セレカティアは自分の目の下を数回叩く。

「目とその周りを特殊な施術をするの」

『せ、施術?』

「細かい所は知らないけど、簡単に言えば……焼くのよね」

 その言葉に、みるみるうちにミリの顔が青ざめていくのが分かった。淡い蒼に光る彼女だが、そうなのだと分かるような分かりやすい表情を浮かべていた。

『め、目を焼くんですか!? で、でも焼いたのでしたら、その痕がある筈じゃ……』

 ミリはカイトとセレカティアの顔を交互に見て、苦しそうに首を傾げさせる。それに対し、カイトが弁明した。

「俺らはそれ隠してんだ」

『ど、どうやって?』

「人口皮膚だ」

 自分達、還し屋はミストを視る為に行われる施術によって大きな模様が付いてしまう。斑模様だったり、雷模様だったり、水玉模様だったり様々だ。その痕により、一目で還し屋だと判別出来てしまう他、痛々しさを残してしまう。その為、痕を隠すために人口皮膚を用いられるのだ。

 カイト自身、左目に施術されており、何本もの縦線が覆うに入っていた。それも人工皮膚で隠され、一切視認出来なくなっている。だが、この人工皮膚は永久のものではなく、数年に一度はメンテナンスが必要と言われた。

『還し屋さんも大変なんですね……』

「偏見も中々酷いしねぇ……。それが嫌で辞めていく人も居るくらい。批判されるなんてなる前から分かってることなのに、馬鹿よねぇ」

『そんなに、酷いのですか……?』

 ミリが戸惑った様子でセレカティアに問いかける。彼女は僅かに肩を竦ませ、鼻で笑う。

「一般人からは視えないもので商売しているもの。詐欺紛いの事だって出来るし、実際にそれで被害を受けてる人も居るから、批判対象になってるわ」

 けど、とセレカティアは続ける。

「あたしはこの仕事を誇りに思ってるし、そんな事で心なんて折りやしないわ。そこの馬鹿はどうかは知らないけど」

 目を細めさせ、カイトに視線を向ける。その目が、馬鹿に軽蔑しようと構えているようにも見え、少し腹が立った。

「なんだその目は。そうでねぇとならないだろが

「どうだか。ま、朝から喧嘩するも面倒臭いし、あたしは帰るわ。また夜にでも会いましょう」

「……夜?」

「聞いてないの? 今日の夜にあたしとあんたで仕事よ。あと、ミリも連れて行ったらどうかだって」

「ミリを?」

 カイトはミリを見ると、もう一度セレカティアに目を向ける。

 クリスの言ったからに理由がある。おおよそ、ミストという存在を間近で見て、知る機会を設けようと考えているのだろう。

「所長が決めた事だから、拒否権はないわよ」

「……元より断るつもりはねぇよ」

 知らぬ間にミストとなってしまい、そのミストがどのような存在なのか分からないまま過ごすのは、年の変わらない彼女自身だ。正体不明の存在となれば、不安で仕方のない日々が続いてしまう。

 もし自分が彼女なら、数日で気が滅入ってしまうだろう。

 疑問点、不安点を拭ってやるのが還し屋の責務だ。

「じゃ、夜にな……先輩」

 カイトは深夜から反り合わずの同僚との仕事に億劫な気持ちから逃げるように、天井を見上げながら手を振った。

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