淡く光る君へ

若城

一話 淡く光るもの

「こいつか。相変わらず、眩しいな」

 路地裏にて、淡く青白い光を放つ空間に向けて、カイト・ローレンスは言った。

 男性にしては長い薄緑色の髪を後ろで纏められた髪型、それぞれ茶色と黒色で彩られた革製の服。荒く少しばかり低い声色。これだけ見れば、成人を迎えた人間と思う者も居る筈だ。しかし、一八といった年相応とも言える顔つきが、それらに対する違和感に脚色を与えていた。

「さてと」

 そう言うと、青白く光る空間へと右手を伸ばした。右手に触れた光は、動物が行き先を失った如く、蠢く。そして、空へと送る様に、慣れた動きで腕を振り上げた。すると、その光は霧の様に揺らめいた後、天に昇っていき、消えた。

 ミスト。それが、正体不明の光の通名だ。名前の由来は不明だが、何処かの国があの光の名を付けたらしい。ミストが出没した場所は、電灯の不具合や草木の不調に悩まされる事態に陥ってしまう。それらの不具合は人体に多少なりとも異常を来してしまう場合がある事もあり、それ専門の人間が対処する事となっている。

 それがカイトの行っている事、還し屋の仕事である。

 還し屋は、民間人が出したミストの除去の依頼を受け、それをこなしていく人間達である。しかし、依頼を受けて対処はしても、民間人からは感謝される事はなく、むしろ煙たがれる。それ故に、還し屋を生業にする者は少ない。その上、彼らには特殊な施術を行分ければならないからだ。

 カイトは胸ポケットから、依頼を受けたミストの出没場所を記した手帳を取り出した。それを開き、還したミストの場所にペンで斜線を入れた。

「今日の仕事終わり、と」

 手帳を閉じ、しまう。そして、来た道を振り返り、帰路に着こうと一歩踏み出した。

 

 淡く青白い光を発している女性が駆け抜けていった。


「……あ?」

 間の抜けた声を上げてしまった。直ぐに入ってきた道を出ると、女性が走っていった方角に視線を向けると、視線の先には先程見た女性の後ろ姿が見えた。綺麗に整えられたミディアムで、その髪から彼女自身の精細さが伝わってきた。その後ろ姿に、手で両目を擦り、目を凝らして見た。

 体が透けている。

「なんだ、あの女?」

 周りの人はその異様な女性に気付いている様子はなく、通り過ぎていく。

 常識からかけ離れた光景に振り返る事もしない。まるで視えていないかの様に。

「まさか――」

 その時、何者の体がカイトを突き飛ばした。

「――って!」

 カイトはぶつけられた部分を押さえ、走り去っていく人物を睨みつける。視線の先には、スーツを着た男性二人と女性一人の計三人。内一人がこちらを僅かに振り返り、苛立った様子で舌打ちしてきた。

「あんの野郎……」

 沸点が最高潮に上がり、彼らの下へ駆ける。彼らは真っ直ぐに発光する少女を追いかけ、路地へと入っていく。それに倣い、カイトもその路地に入ると、行き止まりによって立ち往生している少女が三人を怯えた様子で見回していた。

「おい」

 カイトの声に、三人は彼を振り返る。

 なるべく顔を出さない様にサングラスを掛け、ハットを深く被った彼らは、カイトを見るなり頬の動きなどが動かし、あからさまに怒りの感情を表した。

「何だ、お前は」

 一人の男性が低い声で尋ねてきた。

「それはこっちの台詞だ。お前ら、還し屋か? ここらは俺達の管轄だぞ」

 各還し屋には還す事が出来る範囲が決められている。その為、管轄外の者は他の管轄での還す事を禁じられている。力が大きい集団によって範囲が変わり、街一つを担当する場合もある。因みに、カイトが所属する還し屋では、少しばかり狭く、半径一五キロが限界である。

「お前には関係ない」

「関係あるから来てんだよ。そいつミストだろ」

 すると、少女が整った自分の顔を指差して首を傾げさせた。どうやら、自分の状況を把握していない様子だ。

(自分が何か分かっていないのか……?)

 綺麗な黒髪と瞳をした同い年くらいの少女は、三人組とカイトを交互に見、カイトに向けて声を上げた。

『た、助けてっ!』

「だそうだぞ」

 不敵な笑みを彼らに向けると、男性一人がこちらへと歩み寄り、勢いよく胸倉を掴み上げてきた。そして、顔を寄せて歯を剥き出しにする。

「あまり調子に乗るなよ、クソ餓鬼」

「子供だ大人だ言うつもりもないけどよ、大人気ねぇな。それに」

 一息つき、僅かに視線を落とす。

「喧嘩売る時は、距離に気を付けろよ?」

 カイトはその言葉と同時に、掴んできた男性の股間を力の限り蹴り上げた。

「ぐえあああああああああああああああああああああああっ!!」

 男性は途轍もない悲鳴を上げてはその場に蹲ってしまい、大きく体を震わせる。それを横目に、カイトはもう一人の男性へと歩み寄っていく。

「てめぇ……」

 先程の男性よりも若いと思われる男性は、懐から収納が容易い大きさのナイフを取り出し、こちらに向けてきた。銃で発砲するという選択もあるが、銃声によってこれ以上の第三者の乱入を危険視した為だろう。

「物騒すぎんだろ……。そこまでしてほしいのか?」

「黙ってろっ!!」

 若い男性は駆け出し、ナイフを突き立ててきた。それを、十分に引きつけた後にギリギリで避ける。その後、ガラ空きとなった顔面に自らの拳を叩き込んだ。僅かに骨が軋む音を肌に感じながら、思い切り振り抜く。

「ぎあぁっ!」

 地面に倒れた若い男性が血に濡れた鼻を押さえ、呻き声を上げる。次に女性へと視線を向けると、彼女は慣れない動きで身構える。それを見る限り、肉弾戦には縁の無い生活を送ってきたのが見て取れた。

 カイトは深くため息を吐くと、ゆっくり首を左右に振る。

「さすがに女を殴ったりしねぇよ。こいつら連れて失せろ」

「…………っ」

 女性は舌打ちをし、若い男性を無理矢理起こしては、カイトの隣を通り抜けていく。その際、『覚えてろ』と吐き捨てた。それに対して、鼻で笑う。

 三人の足音が完全に聴こえなくなると、カイトは少女の下に歩み寄る。夜、路地の暗闇を作る二つの条件を持っている場所にも関わらず、彼女が放つ淡い光がその空間を照らしていた。

「大丈夫か?」

 カイトが訊ねると、少女は僅かに頷いた。

『あ、ありがとうございます』

「いいけどよ、お前」

 少女の薄く透き通り、ミストの様に淡く発光する姿を頭の天辺から足の爪先まで舐めるように見る。すると、少女は一歩後ずさり、怯えた態度を取った。

『な、なにか……?』

「お前、ミストなんだよな?」

『ミストって……環境に悪影響を与えるっていう……』

「そうだよ。自覚ねぇのか?」

『し、知りませんよ。気付いたら、街を走ってて……』

 カイトに対して警戒心を持った少女は、行き止まりとなった壁を一度だけ振り返るものの、逃げ場がない事に唸り声を上げる。

「別に取って食おうとしてんじゃねぇっつの」

『でも、還すんですよね?』

「あぁ。だが……」

 見た事がない現象に、どのような対処をすれば正解なのかが分からない。独断で彼女をどうにかしてしまうのは得策ではないだろう。

 そうとなれば、答えは一つだ。

「とりあえず、うちの事務所まで来い」

『じ、事務所……ですか?』

 明らかに不審な目を向けてくる少女に、カイトは呆れながら首を横に振った。

「だから……何もしねぇって……。うちの所長に見てもらうだけだ」

 カイトの所属する還し屋の所長。名は、クリス・サリウスという女性である。カイトが半径一五キロで活動できるのは、彼女の尽力によるものだ。また、ミストに対する知識も豊富なため、少女の正体も知っているかもしれないからだ。

『本当ですね……? 怪しい』

「怪しいのはお前のほうだろが……」

 カイトは少女に背を向けると、軽く手招きする。彼の後ろを警戒しながらついてくる彼女。なにやらぶつぶつと呟いているが、おそらく文句を言っているのだろう。

 しばらく歩くと、二階建ての建物に着いた。外壁は灰色に塗装されており、二階部に外を広く見渡せるように窓が多く設置されている。これは、クリスの趣味である。風景を眺める事が好きで、暇を持て余すと日が沈むまで眺めている時がある程だ。

 建物の端側に設置されている二階へと続く階段を上っていくと、木製で出来たドアを開こうと、ドアノブに手を掛けた。しかし、立てつけが悪い様でスムーズに開かず、カイトは半ば強引に開く。

「ったく……。直せっていつも言ってんだろが……」

「所長さん、雑なんですか?」

 少女はドアが開かれた部屋を見回しながらそう言った。

 その理由は、テーブルを挟むように置かれている二つのソファが、何かの書類で一部埋まっている。それだけでは終わらず、窓の近くに置かれた机にも多くの書類が積み上げられていた。

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