第12話

 飛ぶように時間は過ぎ去り、やがて祭りの当日がやってきた。


 ペンダントライトは広場に巡らされた紐に吊るされ、色とりどりの輝きで人々の目を楽しませる。ともすれば幻想的な光景に、騒がしさの無い賑わいが広場を満たしていた。


 なんとか終わらせた準備に応えるようなその光景に、各々満足したような顔を見せ、それぞれが祭りを楽しむために解散する。祭りの中で事務的な話をするのは野暮、という事なのだろう。


 それに習い、私も歩き始める。どこか行きたい場所がある訳ではないが、この空気に浸っていたかった。


 風に揺れる灯りを一つ一つ眺めながらゆっくりと歩く。花を描いたもの、動物を描いたもの、港町の祭りらしく海を描いたもの―――、本当に様々だ、どれほどの人が関わってくれたのだろうか。


 そう感慨に耽りながら歩いていくうちに見慣れた後ろ姿を見つける。じぃっ、と、一つの灯りを見つめているようだった。


「―――遠い異国の祭りではこういう照明を『チョウチン』というのだったか? もっとも、これは紙ではなく硝子で覆いを作っているが……。」


 そこにあったのは、夜空と月と精霊を描いた私のペンダントライトだった。


「…………やはりこうして並べてしまうと駄目だな、どうにも陳腐に見えてしまう。本職には敵わない、という事だろうか。」


「…………そんなこと、ないよ。」


 そう言って振り向いた顔に浮かべていたのは、少し困ったような微笑。


「……久しぶりだね。」


 月の悪魔がそこに居た。


「……ああ、久しぶりだな。」


 少し歩かないか、と促す私に対して、彼女はコクリと頷いた。


―*―*―*―


 吊るされた灯りの数々に負けぬほどに様々な屋台を横目に、二人並んで歩く。

 そこでふと、彼女が尋ねてきた。


「どんな心境の変化があったの?」


「何のだ?」


「去年までは『祭りよりも研究』だったでしょ?」


「……ああ、そのことか。」


 確かに、以前までの私ならばそうしていただろう。


「自分の研究の成果を見たくなってな。」


「……この明かりのこと?」


「ああ。」


 ぐるり、と周囲を見渡す。


「好き勝手から始めた研究だったが……、……悪くないな。」


「……みんな笑顔だもんね。」


「…………それに、」


「それに?」


「君に会えると思った。」


 光の見せた錯覚か、彼女の頬が赤く染まったような気がした。


「……来るかもわからないのにわざわざ来たの?」


「その時はその時だ。」


 少しの恥ずかしさを誤魔化しながら広場を抜け、雑踏の中を二人並んで歩く。

 せっかくの祭りだというのに交わすのは他愛もない会話ばかり。だが、その楽しく安らぐようなひと時がとても愛おしく感じた。


―*―*―*―


 やがて歩き疲れ、祭りの喧騒から少し離れた海岸へと足が向かい、そこで座って一休みすることとなった。


 二人並んで腰を下ろし、一息ついたところで、再び彼女は問うてきた。


「……ねえ。」


「ん?」


「なんで、『精霊の灯火ともしび』なんて名前にしたの?」


 それは、願いを込めてあの灯り達に付けられた名前だった。


「…………居ても立っても居られなかったからだ。」


 恐怖が精霊達を変えたのならば、祈りがそれを元に戻せるかもしれない。


「あの昔話の事を、ずっと考えていた。忘れる事などできなかった。」


 あの光に向けられた想いが力となるのならば、奇跡は起こせるのだろうか。


 きっと、元の関係には戻れないだろう。だが、変わろうとしなければ、歩み寄ることも出来ない。


「つまりは、私のエゴだ。」


 いつになるのか、そもそもそんな大層な事ができるのか、そんなことは知りようもない。



「……精霊のためだと思っていたのだがな。」


「…………?」


 だが、そこまで考えてから、ふと気付いたのだ。


 ―――仮に元に戻ったとして、私はどうしたいのだろう。


 あれほどまでに私を『精霊のため』と突き動かしていたのは何だったのだろうか。



「……君の事ばかりだった。」


 きっと、誤魔化すための言い訳だったのだ。


「すべて、君のためだった。」


 悲しそうな目をしてほしくなかった。


 苦しそうな顔を見たくなかった。



 ―――笑顔を見せてほしかった。



「…………随分、気障きざな事を言うんだね。」


「祭りの日ぐらい良いだろう。」


 『精霊の灯火』と名付けたときに覚悟は決めた。


 もう、誤魔化すのはやめだ。


「……『契約』の話は今からでもできるのか?」


「……うん、いいよ。」


 私の緊張に気が付いているのだろう、隣に座る彼女は重ねたその手をそっと握り返してきた。



「…………ルナ。」



 彼女の名を呼ぶ。『契約』のためだ。


 その声にかかる熱は、もう隠さない。



「君を一人にしたくない。」


「……うん。」



 私は彼女を知ってしまった。彼女は私を知ってしまった。

 きっとその別れは悲しいものとなるのだろう。私たちの間に横たわる『寿命』という壁は果てしなく高い。



 だが、それがどうした。


 死が二人を分とうとするのならば、全力で逆らってやる。




。」




 そして、彼女の答えは―――

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