第9話

 積み重ねた年月を数えるのも億劫になる程に大昔のこと。この世界には人々と、動物と、植物と、そして神様がいました。


 神様は偉大な力を持っていました。一度ひとたび手を振るえば、大地は実りに満ち、生き物達の傷は癒され、世界は温かな光に包み込まれました。

 そんな神様を人々は崇めるようになりました。やがて、そんな神様の噂を聞きつけた人々が遠くからやって来るようになりました。

 そんな人々を神様は拒みませんでした。しかし助けを求める人は増え続け、段々と手が回らなくなっていきました。


 そんな状況に心を痛めた神様は、人々の願いを叶える存在―――精霊を創り出しました。


 精霊達は、まるで生き物達の写し鏡のように願いを叶えました。渇きに苦しむ誰かの元へ行っては雨を降らし、豊穣を願う人々の祈りを聞き空を覆う雲を散らす。

 人々の願いを知り、そのとおりに姿を変えることのできる精霊達によって、世界は温かな光に包み込まれました。


 そうして人々は偉大な力を持つ神様を崇め、超常の現象を時折引き起こす精霊を良き隣人として長い間過ごしていました。




 でも、そんな日々が永遠に続くことはありませんでした。




 ある時から、精霊達の力が弱まり始めました。そんなことは今まで起こったことが無く、精霊達は何が理由なのかを必死に調べました。


 それは程なくしてわかりました。ですが、精霊達はいよいよ困り果ててしまいました。


 なんと、人々は精霊が恐ろしい存在なのではないかと疑うようになっていたのです。


 精霊達の力の源は生き物達の祈りです。その中でも、人々の祈りは大きな力を持っていました。

 ですが、その力を受け取ることができなければ今までのように人々の願いを叶えることができません。それではいつまで経ってもかけられた疑いを晴らせません。


 二進も三進も行かなくなって精霊達は神様のいる街へ向かい、助けを求めることにしました。


 いつの間にか様変わりしていた街の先にあったのは、見たことの無い壮麗な聖堂と固く閉ざされた重たい扉。

 なんとかその扉を開けた先には白い服を着た人々がいて、神様はその向こうで閉じ込められるように祀り上げられていました。

 そのことに驚く隙もなく、白い服の人たちに聖堂から追い出され、異変が起きていたのは自分達の身だけではないことを精霊達は思い知らされることになりました。



 どうすればよかったのか、これからどうすればいいのか、誰にも分かりませんでした。


 そうして悩んでいる間にも精霊達を取り囲む状況は悪化し続け、人々の恐怖心はいつしか精霊達の姿をを醜い怪物へと変えていました。


 精霊としての存在意義と、怪物としての衝動、その2つの間で板挟みになって苦しむ彼らを見て、ある精霊はもう一度神様の元へ向かう決心をしました。


 その2日後、半月の夜、人々が寝静まった頃にその精霊は聖堂に忍び込みました。

 息を潜め、やっとの思いで辿り着いた最奥の部屋で、神様は待っていました。しかし、その身体は薄く透けていました。


 何があったのか、と問う精霊に神様は告げます。


―*―*―*―


 君たちが困っている時に何もできなくてすまなかった。しかしあの時、君たちだけでなく私の身にも異変が起きていたのだ。


 白い服の彼らが来てから、人々はより一層私を敬うようになった。そして、それと同時に私は人々から引き離されるようになった。何かがおかしいと感じたのはそれが最初だったよ。

 そのおかしさの原因を知ることができたのは聖堂が完成してしまってからだった。


 彼らが信仰していたのは『神』であって『私自身』ではなかった。


 彼らにとって『神』とは、畏れ敬うべき尊い存在で、俗世と無闇に関わるようなものではないらしい。彼らはその信仰に従ってこの聖堂を作っただけだった。……ここはまさに『檻』だ、好き勝手な出入りなどまるで許されない。


 精霊は人々の祈りに答えて姿を変えるだろう? それは、私がこの身から生み出した存在だからなのだ。君たちの性質は私の性質でもある、人々がいなければ私は神としてこの世に生まれ落ちることはできなかっただろう。

 そして今、こうしてこの身が消えかかっているということはもう人々に必要とされていないという事なのだろう。


 ……もう人の前に立つことのできない私には、精霊達を救う方法は思いつけない。だから、どうか最期に一つだけ、私の願いを聞いてはくれないか。


 ―――次の満月の夜、精霊達を狂わせてほしい。この世界が、人々が大好きだった頃を忘れ、その心までも怪物になれるように。最も力のある精霊だった君ならきっと出来るだろう。


―*―*―*―


 苦しい思いをさせることになってすまない、最期に君に逢えてよかった。そう言い残して神様は消えてしまいました。


 その精霊―――わたしにも分かっていました。もう、出来ることはみんなの心を壊す事ぐらいしかないのだと。



 かくして、かつて精霊だった怪物達わたしたちは『悪魔』になりました。

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