第6話

「なら、中を調査させろ!」


「まあ、それは構わないが……。」


 そろそろ止めてやったらどうだ、と先輩の方へ目を向ける。それが通じたのか、ため息をついて後輩の肩へ手を置いた。


「……やめておけ。でないと半年分の給料が飛ぶぞ。」


「…………は?」


「俺もただの脅しだと思って押し入ったことがあるんだよ。そうしたら裁判所を通して調査中に壊した物の請求書が来やがった。映像の証拠付きで逃げ場無しだ。」


「…………」


「ああ、あれはすまなかった。適切な送り先が分からなくてな。」


「白々しい……。とにかく、命の保証が無いっていうのも事実だ。毒ガスの苦しみと治療費と弁償代のトリプルパンチを喰らいたくなかったら本当にやめておけ。」


「冗談でしょう……?」


 顔が引きつっている、そんなに衝撃的だっただろうか。


「それと、気づかないか?」


「……何にですか?」


「この家の中だ。」


「え? …………いや、まさか、嘘でしょう?」


 やっと気づいたのか、この悪魔祓いもまだまだだな。


「全く、どういう原理なんだ? このは。」


「残念ながら溜め込んだものを放出しているだけだ。欲を言えば人工の聖域にしてみたいのだがな。」


「聖気を空間に満たすなんて……。あ、『そうしたいのは山々』なんて言っていたのはまさか……、」


「だから言っただろう。この家に住んでいるのはそういう男だと。」


「……疑惑が晴れたのならもういいだろうか?」


「ああ、すまなかったな。」


―*―*―*―


 二人の悪魔祓いが家から離れるのを確認してドアを閉め、急いで物置へと向かった。


「……やはり、たる君には効果が無かったか。」


「それどころかちょっと元気になったかな。」


 そこには、人の少女に化け、頭から角だけ生やしいつものスタイルになった彼女がいた。手には畳んだマントを持っている。


「少し待っていてくれ、温かい飲み物を用意する。」


「うん。」


 紅茶を準備し、蒸らしている間に怪我の様子を見る。


「もう、心配性だなあ。」


「君がのほほんとし過ぎなんだ」


 ……傷は見当たらない。恐らくは彼女自身で処置したのだろうが、だいぶ無理をしたはずだ。


「ベッドを貸す。今晩はここで寝るんだ。」


 そう言ってタオルを取りに行き、水で濡らしてから渡す。汗や血で汚れたままでいるのは体に良くないから拭いておいてもらって、その間にベッドの用意をしておこうか。


 そうして一人になって、やっと自分の心に余裕ができてくる。それでも考えるのは彼女のことだった。


 悪魔は悪魔祓いに殺される。


 この世界では当たり前のことだ、だけど関係ないことだと思い込んでいた。


 だが、彼女は襲われ、死にかけた。


 悪い冗談であってほしかった。彼女ほどの存在がこんな目に会うはずがないと、碌な根拠もなく信じ込んでいた。



 ただの、思い込みでしかなかった。



 私にどうにかできる問題という訳ではない。だが、それでも―――


「ねえ。」


 突然、声をかけられた。そして―――


「……な、なんだ?」


「背中拭くの、手伝ってくれない?」


 悪戯な笑みを浮かべ、彼女はそういった。


―*―*―*―


「じゃあ、お願いね?」


「あ、ああ……」


 こちらに背を向け椅子に座る。作られた聖域に満ちる淡い光に照らされたその体には下着以外何も身に着けておらず、白磁のような肌理きめの整った目の前の姿に思わず生唾を飲みそうになったのを必死にこらえた。


 ここで尻込みしても仕方がない、そう覚悟を決め手に持った濡れタオルでその背中に触れる。


 冷たさに驚いたのか、ぴくりと震えたのを見て思わず手を止めるが、どうかしたのかとこちらに少し顔を向ける彼女を見て再び手を動かし始める。


 魔法によって治された身体にはもう傷は見当たらない。だが、その背中に張り付いた血はそこに大きな傷があったことを雄弁に語っていた。


 ……少し力加減を間違えば壊してしまいそうだ。


「……ちゃんと、お礼を用意しないとね。」


 そんな悶々とした私の感情を知ってか知らずか、彼女は不意にそんなことを言う。


「俺が勝手にやったことだ、気にするな。」


「命を救ってもらったんだもん、ちゃんとしないと私の気が済みません。」


 そう言って考え込む素振りを見せる。が、すぐに何か思いついたらしい、…………恐らく悪い笑みを浮かべた、向こうを向いているためよく見えなかったが。


「そうだなー、いま手元に何もないしなー、……体で払うしかないかなー。」


 なるほど、そうきたか。


「……ふむ、それも良いかもな。」


「…………ぅえぇっ?! ま、待って、私、まだ心の準備が―――」


「また髪の毛を一房、いや、今度は血液も良いかもな。良い触媒になりそうだ。」


「―――……もしかしてからかわれた?」


「お互い様だ。」


 ほら、終わったぞ。と、持ってきた着替えを渡し部屋を出る。頬に感じるこの熱さは無視することにした。

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