第13話 騎士たちの夜道

 夜道を歩き始めてしばらくして、ユーサーは副官に問いかけた。


「……どう思う?」

「あ、ようやくこっちに戻ってきたんだ……わかってるって。でも君が女の子に見惚れたのって、初めて見たよ。さっきまで何度も声かけたのに、上の空で全然返事してくれないし。僕、君の副官やって半年ちょっとくらい経つけど、君と女性の艶話、これが初めてじゃない?」

「マクシミリアン」


 ユーサーが低い声で副官の名を呼ぶと、おおこわ、とマクシミリアンは首をすくめた。


「でもねえ、あれだけじゃよくわからないよ。例の宝石の話を聞けたらよかったんだけど、君が引き上げさせたし」

「彼女の同僚が来ていたのだから、仕方ないだろう」

「はいはい、そういうことにしておくよ」


 くすくすとマクシミリアンは笑う。彼が何を考えているのか容易に想像できて、ユーサーは顔をそむけた。


「まあ仮に彼女が潔白だとしたら、残る可能性は当然黒づくめの連中だけど……シガ・キョウが盗んだ可能性も、なきにしもあらずだよね」

「だが、セシル殿と彼の前に眦に傷がある男が現れたのは偶然だぞ? しかも宝石に近づき、盗める時間はほんのわずかだったはずだ。彼らに盗めたとは思えない」

「でも、その偶然で魔が差したのかもしれないよ? 彼らの行動について証言できる男は殺されたし、セシル君たちを襲った連中の足どりもわからないままだし。そもそも、二人の証言が本当かもわからない。シガ・キョウがセシル君を言いくるめているっていうのも、ありえるよね。彼、結構悪知恵が働きそうだから」

「……」


 両腕を組み、マクシミリアンは長息をつく。彼が未だ二人を疑っていることにユーサーは眉をひそめながらも、否定できるだけの根拠を持たないユーサーは沈黙するしかなかった。


 そう、ユーサーとマクシミリアンがシエラ劇場を訪れたのは、単に観劇のためではない。マクシミリアンが、セシルと会いたいと言いだしたからだ。


 部下を連れて夜警に出ている最中にユーサーがセシルと再会した、翌日。宝石商のデュジャルダンが運営する私設魔術研究所の女所長、ヴェロニク・ラコストは、デュジャルダンが宝石展を開催している画廊から盗まれた、研究中の術具である黒い宝石を探すよう青薔薇騎士団に協力を要請してきた。デュジャルダンは青薔薇騎士団の重鎮の一人と懇意にしていて、その伝手を使っての要請だ。


 ヴェロニクによると、その宝石はデュジャルダンが数年前に本職の関係で仕入れたもので、複雑な術がかけられていたため、彼の私設魔術研究所で研究していたらしい。機密を守るためとヴェロニクは詳しく語らなかったが、彼女の怒りようや即座に青薔薇騎士団を頼ってきたところからして、その黒い宝石とやらにかけられた術は極めて解析が難しく、魔術師にとって魅力的な研究対象であるのは間違いないようだ。


 内部に内通者がいた可能性も含めて、その件については私設魔術研究所が独自に調査しているのだという。だが、盗まれた品を取り返すには私設魔術研究所だけでは力が足りない。かといって、大々的に探すわけにはいかない。そこで、内密に青薔薇騎士団の助力が欲しい――――とのことだった。


 かくして、ユーサーはマクシミリアンと共にこの実に私的な極秘任務にあたることになったわけなのだが、マクシミリアンは黒づくめの者たちの行方を追う一方で、セシルとシガを最初から疑っていた。あの事件の夜、彼らの周囲に目撃者はいなかったのだ。突如目の前に転がり込んできた宝石の輝きに魅了され、悪魔のささやきに耳を傾けてしまってもおかしくない――――それが、マクシミリアンの推理だった。


 もちろん、ユーサーはその意見に賛同していない。シガについてはわからないが、少なくてもセシルはユーサーの目から見て、善良な少女としか思えないからだ。窃盗犯なんて、ありえない。

 だから早く宝石を発見し、マクシミリアンの疑いから救ってやりたいのだが、いかんせん宝石の行方の手がかりはまったくない。先ほどの楽屋訪問とて、手がかりに困ってのことだ。ユーサーにとってなんとも悩ましく、申し訳ない状況が続いているのだった。

 マクシミリアンは大きく伸びをした。


「ああ、もう、ホントに面倒な話だよね。大貴族から圧力がかかったからって、なんで僕たちがこんな仕事しなきゃいけないんだろう。こんな仕事がなきゃ、今頃は仕事のことなんて考えないで、一人でセシル君の楽屋へ行ってたのに」

「お前、そんなことを考えていたのか」


 あっけらかんと部下が立てていた予定を口にするものだから、ユーサーは眉を吊り上げた。


「お前には、節度というものがないのか。彼女は十七、それに素直な女性だ。お前の遊び相手にしてやるな」

「いやだなあ、ちょっと話をするだけだよ。確かに素直でいい子かもしれないけど、僕の好みじゃないし……なんだいユーサー、その冷たい目は」


 自分に注がれる視線に気づいたマクシミリアンは、そう口を尖らせた。

 だが、ユーサーが疑うのは仕方ないだろう。マクシミリアンの華やかな女性遍歴については、噂話に疎いユーサーといえど少しは耳にしている。整った顔立ちの女性であれば、この部下は誰だろうと見境なく声をかけているようにしか思えない。


「……おや?」


 マクシミリアンはふと視界の端に映る男を見て、眉をひそめた。ユーサーもつられてそちらを見る。

 マクシミリアンが見ていた方向には、みすぼらしい身なりをした男がのそのそと歩いていた。目だけはぎらぎらとして、いかにも危険だ。恵まれた体格も、その印象に一役買っている。

 それだけなら、気に留める必要はない。マクシミリアンが男を気にかけた理由がわからず、ユーサーはマクシミリアンを見た。


「あの男がどうした?」

「魔力の気配。割と強めで、使った後だね。一体どこでどんな魔術を使ったのかねえ」


 どうやら、マクシミリアンは魔力を感知して男に目を留めたようだ。マクシミリアンは、武芸は並みより上程度であるが、魔術師の才と優れた洞察力を持ち合わせているのである。それが、地方の貴族出身でありながら異例の早さで副団長の副官にまで出世した彼の武器だった。


 夜中に浮浪者が出歩くのは珍しいことではない。だが、強い魔力で魔術を使ったのであれば話は別だ。多くの店が閉店した商業区近くで、魔術を使う必要は普通ない。


「あっちは貧民街だねえ。ということは、退役軍人かな?」


 辺りを油断なく見回しながら細い路地へ入っていく男を見ながら、軽い口調でマクシミリアンは言う。が、ユーサーは眉間の皺を深くした。

 二年戦争で親を亡くした浮浪児たちによる窃盗は日常茶飯事だが、退役後も傷が原因で仕事にありつけず、困窮した退役軍人たちによる犯罪も未だ絶えていない。今は大分ましになっているが、ユーサーが副団長に就任する以前はひどいものだったらしい。

 マクシミリアンは、ちらりとユーサーを横目で見た。


「さてどうする? 副団長。多分、宝石の件とは関係ないと思うけど」

「……行くぞ」


 宝石泥棒の件に関わっていようといまいと、あの男は不審だ。ブリギットの治安を守る者として、尋問しなければなるまい。


『青薔薇騎士団は、ブリギットの民を守るためにある。必ず貴女を守ろう』

『……! は、はい……』


 守るという言葉につられたのか、鍛冶屋でのやりとりがユーサーの脳裏にふと浮かんだ。健康的に焼けたセシルの肌がほのかに赤くなったことまでもが鮮やかによみがえり、鼓動が跳ねる。

 それをマクシミリアンに気づかれないよう、ユーサーは男を追う足取りを速めた。

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