4「魔法に挑戦します」②




「え? ちょ、うそ? まって、待って! 消えろ消えろ消えろ!」


 サムが慌てる一瞬の間に、火柱が天井を焦がしてしまった。


「消えてくれ!」


 腕を振り、叫ぶと、なんとか炎が消える。


「な、なにこれ、火がちょっと灯るだけじゃないの?」


 まさか腕から火柱が放たれるとは想像しておらず、心臓がバクバクと跳ねている。

 天井を見上げると、真っ黒に変色しているものの、燃えてはいない。

 火事にならなくてよかったと胸を撫で下ろす。


「……これ、ダフネになんて言おう」


 一日に何度も部屋を出入りするダフネに、この惨状は隠し通せない。

 正直に打ち明ければ、魔法が使えたことを知られてしまう。


「家の人間に知られると面倒なことになりそうなんだよなぁ……でも、ダフネなら、言わないでと言えば黙っていてくれるかな?」


 生真面目で厳しい雰囲気のある眼鏡の知的美人であるダフネは意外と甘いところがある。

 あと、自分のことを可愛がってくれているという自覚もあった。

 もしかすると、魔法が使えることを黙っていてくれるかもしれないと楽観的になる。


「だけど、きっと、一人で魔法を試してみたことは怒られるんだろうなぁ」


 拳骨のひとつくらいは覚悟することにした。


「ダフネに怒られるのは後にして、今は魔法だ。火を灯すだけの魔法で火柱が立ったっていうことはそれなりに魔力があるんじゃないかな? 少ないってことはないと思うんだけど」


 制御がうまくできていないという可能性もある。

 サムもまさかたった一度で魔法を使うことができるとは思っていなかった。

 それだけに期待もしてしまっている。


 とりあえず魔力はある。

 魔法も成功した。

 あとは、魔法を学び、どれだけ使えるようになっていくか、だ。


 初歩の魔法を使える人間は、少なからず魔力を持っていればそれなりにいる。

 そこから、攻撃魔法の各属性や、回復魔法、補助魔法、防御魔法と得意なものを見つけていくことが大切だ。


 期待が湧いた反面、不安もある。

 魔力があっても、魔法を使う資質がない人間もいるという。

 せっかく魔力があることがわかったのに、いろいろ試してみて魔法がうまく使えませんでした、などというパターンもないわけではないらしい。


「ぼっちゃま! 焦げ臭いけどどうかしましたか!?」

「――あ」


 思考に耽っていると、天井の焦げた匂いを嗅ぎとったダフネが慌てて部屋の中に飛び込んできた。


(やべ)


 彼女は魔導書がちらかるベッドの上に視線を向けると、続いて顔をあげ天井に視線をずらした。


「……サムぼっちゃま」

「……はい」

「ご説明を」

「……はい」


 サムは起きたことを素直に打ち明けることにした。

 魔法を試してみたこと。

 成功したが、火を灯すはずが失敗して火柱が立ってしまったこと。

 説明を終えたサムが、ダフネをそっと伺うと、彼女は顎に手を当ててなにかを考えるようにしていた。


「あの、ダフネ?」

「ぼっちゃま、お尋ねしますがちゃんと答えてください」

「う、うん」

「お使いになった魔法は初歩の初歩の火を灯す魔法ですね?」

「そうだけど、それがどうしたの?」

「いえ、私の推測でしかありませんが、よほどのことがない限り呪文を唱えただけで魔法が暴走することはありません」

「え、でも」

「例えば、尋常でない魔力を注ぎ込んだ、という記憶はありませんか?」

「ううん。ただ火を灯れって唱えただけだけど」

「……そうですか。もしかしたら、ぼっちゃまの魔力は」


 なにかぶつぶつ呟き始めたダフネだが、サムは困惑するばかりだ。

 なにか問題があったのか、と不安になる。

 それよりも怖いのが、父親に報告されてしまうことだ。


「あ、あのさ、ダフネ」

「はい。なんでしょうか?」

「父上に魔法のことを言わないでほしいんだ」

「ぼっちゃま?」

「お願いだよ。俺が魔法を使えることは黙っていて!」

「……いいのですか? もしかしたら、ぼっちゃまの扱いが変わるかもしれませんのに」


 ダフネの言うことはわかる。

 魔力を持つ人間は希少だ。

 魔力を持っているだけで価値がある。


 それが貴族なら、なおのことだ。

 結婚相手を探す材料にもなる。

 一族に魔力持ちを欲する貴族は多いのだ。


「うん。それでも、黙っていて、お願いだよ」

「……わかりました。ぼっちゃまが望まないのであれば、旦那様にはお伝えしません」

「ありがとう、ダフネ!」

「ですが!」


 ダフネは声を荒らげて、サム見つめた。

 その視線にはどこか厳しさを感じ、背筋が伸びる。


「もう危険なことはしないでください」

「ご、ごめん」

「今後、魔法を試すなとは言いませんが、火事になったら困るので火に関するものは禁止です」

「うん。わかった」

「家の中で魔法を使っていたら誰かに気づかれる可能性があるので、どこか隠れてするのがいいでしょう」

「そうだね。そうするよ」

「最後に、あまり私に心配させないでくださいね」


 ダフネはそう言うと、サムの身体を優しく抱きしめた。


(あ、そっか、ダフネは俺のことを)


 忘れていたが、この身は九歳児だ。

 無茶をすれば心配させてしまうのが当たり前だった。


「ごめん、ダフネ。もう危ないことはしないから」

「約束ですよ、サムぼっちゃま」

「うん」

「ならば結構です」


 ダフネがサムからゆっくり離れる。

 彼女の優しさと温もりが遠ざかったことに、少しだけ名残惜しさを覚えてしまった。


「私だけだと隠し通せるかわかりませんので、デリックには話をさせてください」

「うん。デリックならいいよ」


 あの優しい老執事ならサムの秘密を吹聴しないだろう。

 ダフネもそう思ったからこそ、デリックにサムの魔法を明かそうとするのだ。


「ではそうしますね。さあ、私はこれから天井を掃除しますので、サムぼっちゃまは私の部屋で静かにしていてください」

「あ、そうだね、ごめんね」

「いいんですメイドの仕事ですから。――サムぼっちゃま」


 言われた通りにしようと、魔導書を抱えて部屋から出て行こうとしたサムをダフネが呼び止めた。


「うん?」


 振り返ったサムの目には、優しく微笑んだダフネがいた。


「魔法が使えたことおめでとうございます。ダフネは心から嬉しく思います」

「ありがとう」


 心からの祝いの言葉に、サムも自然と笑顔になったのだった。



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