第1話 神をぶん殴れ(3/完)

「じゃあ早速実践してみましょう。」


 そう言って彼女はオレをむんずと掴んだ。


「おい。まだやるって言ってないぞ。」


「目についたバグがあったのよー。とりあえず顕現させといたから、ぶっ壊しておいて。」


 そう聞こえた瞬間、オレは額縁の方にぶん投げられた。視界は真っ暗になり、そして、青空が見えた。背中には何の感覚もない。空中かここ。


「おい、おいおいおい、移動させるにしても、空中はどうなんだよ!!」


 オレが叫ぶと、どこからともなく声が聞こえる。


「仕方ないでしょ、バグがそこにいるんだから。」


「どこに?」


「アンタの後ろ。」


 オレは空中で姿勢を直すと、そこには巨大なホーネットの姿があった。確かデビルホーネットとか言う、刺されたら即死するレベルの毒を有するホーネットだ。だがオレが知っているそれよりも遥かに巨大であり、針もまた極太で、オレの胴体と同じくらいはあった。


「おおおおおおい!?」


「そのバグは『本来設定されるべき値より高いステータスが設定されたせいで地域一帯の根を枯らした毒キノコ』が持っていたバグを具現化させたものよ。ああ心配しないで、大丈夫、アンタが本当に今のアホみたいなステータスを持っているなら死なないわよ。もし表示バグなら針で刺されて毒の抵抗も出来ずにあの世行きだけどねぇ。まぁアタシにゃどっちでもいいわ。どちらにせよ一個はバグが消えるんだからね。アッハハハハハハ!!」


 確かに地面は枯れきっている。毒キノコというバグが存在していたのは確からしいが、謀殺も良しとしようとしていたストレアの企みにオレの怒りは極限に達した。


「……いいさ、このバグぶち壊して、手前もぶん殴ってやる。」


「凄んでも遠くだと怖く無いわあー。流石にステータスが高くても空中ではどうにもならないでしょ。落下してから頑張って頂戴。」


 デビルホーネットがオレを見つけてその針を向けて突っ込んでくる中、オレは目を瞑り精神統一した後、足に力を込めた。


「奮ッ!!」


 足に魔力を込めて空中の魔力と結びつけ、自らの足を固定させる。ジョセフから教えてもらった空中歩行術である。


 この世界には魔力というものが空気中に存在している。それに干渉することで火や風を起こす。それが魔法である。魔法はスキルポイントを使用することで習得が可能である。だが正確には、使用することで"も"習得が可能である。魔力の流れ、魔力への力の込め具合、そういったものを理解することで、魔力に自力で干渉することは一応可能である。魔法とは結局のところ、魔力に干渉する一つの方法論でしかない。道は他にもあるのだ。


 オレは別にステータスが低いわけではない。ステータスが低く見えていただけだ。だから元々魔力というもの自体は使えていたし、力もある。スキルポイントが0でスキルを取得出来ないせいで、魔法は使えなかったが、魔力というものを利用する術自体は理解していた。


 魔法を使えば空も飛べる。ならばその魔法を使うために必要な魔力に干渉すれば、魔法が使えなくても空を飛ぶ事、空を歩く事が出来るのだ。


「は?」


 ストレアの呆けた声を無視して、オレはデビルホーネットに向き合い、突っ込んでくる針に向けて手を翳した。


 針が手に触れた瞬間、カキン、という音がして、その針が折れた。


「ああ。」


 ストレアがこの後の展開に頭が回ったのか、焦りの色を交えた声を上げた。遅い。


「覇ァッ!!」


 オレは拳に力を込めて、針が折れて焦りを見せるデビルホーネットに向けて、その拳を突き出した。拳が折れた針へとぶつかり、そして針とデビルホーネットの体にオレの拳がめり込んで、そしてその衝撃が全身へと伝わっていく。魔力や気力を込める必要も無い。ただ拳を振るうだけで良かった。数字という名の暴力が、眼前のバグを文字通り叩き壊した。


「あー…………。」


 ストレアの諦めに近い声とともに、デビルホーネットは爆散した。


「さ、戻せ。」


 オレは空中で静かにストレアに向かって言った。


 彼女は無言でオレをさっきの部屋へと戻した。


「あ、どうもどうもレイ様、先程はお疲れ様ですへへへへへ。いやいやお見それいたしましたよ本当に、本当に……。いやマジで。」


 両手を合わせて擦り擦りと擦りながらオレに擦り寄るストレアに、オレは目を細めて凄んだ。


「どういう、つもり、だったのかな?」

「あの、その、ですね?アタシとしては、その、えっと、レイ様が今後、バグ取りして下さる上で、どの程度の実力が見込めるかのですね?確認をばさせて頂きたいと、はい、思いました次第で、ございまして。その、あの、マジで怒らないで、欲しいんですけど、はい。」


 オレは溜息を吐いて、言った。


「まあ、そういう事にしておいてやるよ。」


 そして彼女の胸ぐらを掴んで言った。


「……次はないぞ。」


「はい……。」


 彼女は力無く項垂れた。


「全く。この悪女め。」「暴力女め。」


「ん〜?」


「なーんでーもなーいでーす。まぁこれで分かったでしょ。ああいう感じで進めていくのよ。」


「ああ、まぁ、大体分かったよ。お前の性根の腐り具合もよーーーーーーく分かったよ。」


 ストレアは聞き流した。


「んじゃ宜しく。アタシは此処で高みの見物と行かせて貰うわ。この部屋で世界のバグを探してアンタに伝える。いやあ楽な仕事ね。」


 ストレアが笑いながらボタン類に手を置いた。


「いやだから、まだやるとは言って……。」


 ポチッ。


「ん?」


 変な音がした。額縁の方から。


「なによ今の音。」


「オレに聞くな。そのボタンとやらからだと思うが。」


「ボタンん〜?こんな変な音を出すボタンあったかし……ら。」


 ストレアが自分の手を見る。最初に見た”危険”と書かれた赤いボタンとやらに手が置かれていた。そのボタンは、ストレアの手によって、下へと押し込まれている。


「……誰よ、こんなところに、自爆スイッチなんて付けたの。」


「……お前以外に誰が居るんだよ。」


「居るわけないじゃない。……ああ、昔作った世界で、こういう風に特別なスイッチをポチッと押してるのを見た事があってね?それをね、かっこいいなって思って、真似てみたのよね。今、思い出したわ。あー思い出したわー。そうだったわー。アタシ本当に……」


 ストレアの呟きを無視して、ボタン類とモニターとやらが火を吹き始めた。それは他のモニターにも飛び移り、そして、



「バカだな。」「バカねえ。」



 初めてオレ達の意見が一致した。


 ドカァァァァァァァァァァァァァァン!!


 凄まじい轟音と共に部屋のモニター全てが吹き飛んだ。


 オレと彼女の髪はキノコのようにふさふさに膨れ、着ていた服は霰も無い布切れへと変貌した。オレの胸を抑えていたさらしも飛び散った。辛うじて残った繊維の欠片が、オレの胸を押さえ込んでくれてはいるが、危ないところではある。


 部屋はそれ以上に散々たるものであった。モニター全てが台無しで使えそうになくなっている。その前の何か良く分からないボタン類も全部壊れているようだった。


 オレとストレアは顔を見合わせ、何が起きたのかと目をパチクリした後、オレが口を開いた。


「高みの見物とは、行かないようだな。」


「……この疫病神。」


 ストレアは歯軋りしながら絞り出すように言った。


「アンタのLUKは飾りか何かなの!?」


「知らねえよ!!お前が勝手に押したんだろ!!」


 ストレアは口笛を吹いた。


「シラを切っても辛いのはお前だけだぞ。」


「そうね。あああああああああああっ!!どーしよー!?直すの結構時間掛かるのよ!?」


「神様なんだからチョチョイのちょいで直せたりしないの。」


「気軽に言ってくれるわねえ……。神の力というのはそう簡単に使えるものではないのよ。使うと……二、三日肩が死ぬくらいは疲れるのよ。」


「それとそのモニターとどっちが大切なんだ。」


「アタシの体の方が大切に決まってるじゃない。」


「はあ……。まあ、さっきも言ったが困るのはオレじゃないから。それでいいなら、いいんじゃないか。」


「良くはないけど、まあ、時間を掛ければ疲れず直せるわ。それまでは……仕方ない、下界の様子を見に行くとしますか。アンタと一緒に。」


 オレは可能な限り最大限嫌そうな顔をした。


「……何よ。バグを直せなくてもいいの?」


「別にオレは」


 構わない、と言おうとしたが、ジョセフの顔と、オレをせせら嗤う人々の顔が頭を過った。


「……。」


 本当に構わないのか?オレは自問のためにその言葉を一旦飲み込んだ。オレは本当に今のままでいいと思っているのか?


 オレの足元に、浄化された先程の毒キノコが転がっていた。それは今や豊潤な香りを放つ美味しそうなキノコへと変わっていた。


 それを拾って見つめていると、迷っていると思ったのか、ストレアがニヤケヅラでねちっこい言い方で説得にかかってきた。


「ふーむ、そうねえ。バグを潰す事にメリットが無いというわけではないわよお。……人間の性根はバグじゃない、と思う。ああいうクソみたいなのは、どの世界にも幾らでもいるからね。でもああなった理由にバグが関係しているかもしれない。もしかすると、命の聖杯に何かの精神異常のバグが潜んでいるかもしれない。”かもしれない”よ、あくまで。保証返品はしないからね?潜んでいたら、それをぶち壊す事で、人々の性根をもう少しまともに矯正出来るかもしれない。もし潜んでいなかったとしても、他のバグを潰す事で、ゴミ共の性根を変える何かの切欠にはなるかもしれない。一方デメリットは無い。まあせいぜい、アンタが疲れるくらいかしら?アンタのステータスなら疲れないかもしれないけどね。」


 確かに、さっきからジャンプしたりバグを潰したりしたが、全く疲れを感じない。VITが高いためだろうか。高いと言っても高すぎる。このアホみたいなステータスを見たら大体の人間は引くだろうし、そもそもさっきのジャンプ力や眼前の屑を殴った時の勢いから考えて、まともな生活が送れるかは怪しい。それにギルドに入会出来なかった以上、オレが出来る仕事なんてたかが知れている。教会に行けば命を捧げよと強要されかねない。今まで通りの生活を送る事は出来ないのは目に見えていた。ならば、このクソ野郎の口車に乗ってみるのも、一つ手かもしれない。新しい道が開けるかもしれない。ジョセフも言っていた。「人生の道に迷ったらまず動け、留まっても何も生まれない」と。


 狂った人々の心を正す事は出来ない。あくまで正す事が出来るのはバグだけだ。だが。


「……分かった。手伝おう。この醜いクソみたいな世界を、その理とやらを正<こわ>してやる。」


「OK、決まりね。よろしく。ところで名前なんだっけ。」


「レイ・エグゼ。」


「よろしく、レイ。」


 そういって彼女は手を差し出した。


「握手よ。」


「あ、ああ。」


 オレはその手を握った。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!!」


「あ。」


 つい力加減を間違えてストレアの手を思い切り掴んでしまった。彼女の手が線のように細くなった。


「この馬鹿力!!アホ!!無駄巨乳!!」


「うるせえまな板みたいな胸の屑神野郎が!!」


 オレとストレアは延々とくだらない悪口の言い合いを繰り返した。


 本当にこのコンビでやっていけるのだろうか。オレは不安で堪らなくなった。

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