番外編・第6話

 何が起きたか分からずきょとんとするリズを背に庇い、ライラは老兵士の剣を受け止めていた。

 ギチギチと音が鳴る刃に、リズも次第に状況を理解し始める。


「ほう、よう止めたな」


 老兵士は余裕で言った。当然だ。身体の大きさも、力だってライラより強い。

 それでもライラが彼の剣を止める事が出来たのは、彼女の剣技が並以上であったからだ。


「まぁね、私も剣には少し自信があるし」


 ライラは受け止めていた老兵士の剣を弾き飛ばし、間合いを取った。


「さぁ、話してもらいましょうか。どうしてリズを襲うのか。あなた達はリズを護る者のはずでしょう?」

 

 その言葉を聞いた兵士達は、突然大声で笑い出した。


「どうして我らがその小娘を護らなければならない?護ってくれない、苦しめるだけの国王の娘を!」


 一瞬、ライラは思った。「小娘ですって⁉」とリズが怒るのではないかと。

 けれどリズはそんな事は言わなかった。現状に追い付いていないだけかとも思ったが、そうでは無いらしい。


「お父様ってそんなに酷い事をしているの?」


 その場にいた全員が呆気にとられた。ライラまでもだ。


「リズ、あなた何を言っているの?この国に来るまでに見てきたのでしょう?怒ったマッティニアの人達を。それでもまだ国王が間違ってないと思うの?」


 ライラの言葉に、兵士達は頷き合う。

 小娘扱いに怒りを示さなかった訳では無く、自分達に悪い所など無いと開き直っているのか。兵士達の怒りは増すばかりである。

 ところが、リズはぶんぶんと手を振った。自分の言ったことが勘違いされているとわかったのだ。


「そういう意味で言ったんじゃないわ!ただ、あたしはお父様の仕事を知らない。ううん、それどころか、王宮の外の事は何も知らないのよ」


 リズは性格はともかく、生活は本当に王女様然としていたらしい。

 王宮の外を何も知らないなど、とことんの箱入り娘だ。

 リズは今、知ろうとしている。箱入り娘を脱しようとしているのだ。ライラの言ったように自分で知ろうとしている。

 少し毒気を抜かれかけた兵士達が、怒りを奮い立たせようと、わざと大きな声で言った。


「ふ、ふん!知らないのなら教えてやる。国王が何をしているのかをな!」


 そういったのは、先程ライラと切り結んだ老兵士である。

 そしてそれを合図にしたように、他の三人の兵士達が口々に叫びだした。


「俺達が命を懸けて戦って、やっと手に入れた財産。それをあいつは、ほとんど税金だと言って奪っていったんだ!」

「俺達のような王宮警備の者達でさえそうなんだ!農民達はどうなると思ってる⁉」

「干ばつで作物が育たなかった時、お前達はどうしていた?王宮で美味い物を食べていただろう?俺達に分けもしないで!」


 兵士達の言葉は、リズにだけではなく、ライラにも衝撃を与えた。

 だが、今はライラが口を出すときではない。リズが自分で解決するときなのだ。

 握ったリズの手が、小刻みに震えている。初めて突きつけられた現実は、今まで何も知らなかったリズにとって、とてもつらい物だ。

 けれども、越えなければならない。

 ライラもそれを越えて、ここまで強くなった。リズにも出来るはずなのだ。


「どうだ、わかっただろう?国王がどれだけ国民を苦しめているか」


 老兵士はリズを脅すような声で言ったが、答えたリズの声にはまったく怯えは見えなかった。

 だが、ライラにはわかっていた。リズがどれだけ怯えているのかを。


「それは、わかったわ。けれど、反乱はもう止めて」


 リズの言葉に、少し落ち着いたはずの兵士達が、再び爆発した。


「お前は何を聞いていたんだ!あの話を聞いて、それでも国王を許せと言うのか⁉」


 大地を大きく踏みならして老兵士が言う。

 一瞬びくりとしたリズだが、負けなかった。


「許せなんて言ってないわ。ただ、少し待ってほしいの」


 リズの言葉の意味が解らずに、兵士の一人がどういう事かと聞いた。

 一つ大きく深呼吸してから、凛とした姿勢でリズは言い切った。


「私が何とかするわ!」

「お前に何が出来ると言うんだ!」


 即座に老兵士が切り返す。


「まだわからない」

「なんだと⁉」

「でも!」


 再度老兵士が言い募ろうとしたが、リズの鋭い声に一瞬言葉を詰まらせた。


「でも、絶対に今より良くして見せる。時間はかかるかも知れないけど、少しずつお父様のやり方を変えてみせるわ」


 リズの瞳には、もう人を蔑んだ光はなかった。人の事を考え、どうすればより良くなるか。そう考える、美しい光に満ちていた。


(リズはもう大丈夫ね。人の上に立っていける)


 ライラは今のリズを見てそう思った。

 世間を知らなかったリズはあまりに幼かった。けれどもライラと出会って、ギルアという帝国に触れ、大きく成長したのだ。


「変えられなかったらどうするんだ」


 この兵隊達も、もうすでにリズが変わったことに気付いているのだろう。

 それでも、すぐに受け入れる事等出来ない。当然だ。それだけの事があったのだから。そして生半可な気持ちで反乱を起こしているのではないのだから。

 多少時間はかかろうが、放っておいてもいずれ彼らはリズに付いていくだろう。

 本来ならそれを待ってやりたい所だが、あまり長くここにいるわけにはいかない。今こうしている間にも反乱は大きくなっているはずだから。

 

「ねぇ、ちょっ───」

「ここで何を騒いでいるっ!」


 膠着する場を何とかしようとライラが声を上げたが、横からの鋭い声がそれを遮った。

 全員が勢い良く声の方を振り向けば、そこには別の兵士達の姿。

 ギルア帝国の軍服に、衿元には盾を掲げた龍の紋章が銀糸で縫い取られている。訓戒兵くんかいへいと言い、この街の警察官と言ったところだ。

 おそらく、街の者が争う声や金属のぶつかる音を聞いて通報したのだろう。


「何をしているのかと聞いているんだっ!」


 構えてはいないものの、抜き身の剣を手に少女に迫る男達。明らかに普通でない状況に、訓戒兵達も厳しい態度を取るしかない。

 しかし誰も答えなかった。いや、答えられなかったのだ。片や身分を隠して入国した王女、片や反乱軍の兵士、何を言って良いのかわからなかったのである。

 ライラに至っては、リズの陰に隠れていた。

 ここに来た訓戒兵達は皆、ライラの顔見知りであったからだ。

 顔見知りというのは他でもない。一番最初に皇宮を抜け出した時に知り合い、それ以降抜け出した時に何だかんだと関わっていたりする者達なのである。

 だから別に隠れる必要はなかったのだが、条件反射と言う物は恐ろしい。


「答えないかっ!」


 訓戒兵達がそろそろしびれを切らしてきていたので、ライラは仕方なく答えた。


「その女の子はマッティニア王国のリズ王女。それからその兵士達はリズ王女の護衛の者達よ」


 老兵士達は、護衛の者と言われても怒ったような表情はまったく見せなかった。何も言わないが、リズ王女を認めたという事だろう。


「誰だ?今言ったのは」


 リズの陰に隠れて、訓戒兵達にはライラが見えなかったのだ。

 ライラはリズや老兵士達が驚きの目で見てくるのを無視して、彼らの一番前まで出た。訓戒兵達とリズ達の間だ。

 リズ達に背を向け、訓戒兵達と向き合う形である。


「「「えっ⁉おう───」」」


 兵士達は声を揃えて、「皇妃陛下」と言おうとした。

 それが途中で途切れたのは、ライラが一瞬だけ口元に人差し指を立てて小さく「しっ」と言ったからだ。

 だから兵士達は言葉を途中で止めたのである。もちろん、リズ達にはライラの行動はまったく見えていない。見えていたのはギルアの兵士達のもの凄く驚いた顔だけだ。


「何?どうしたの?」


 リズが聞いたときには、ライラはもう手を下ろしている。


「何でもないわよ。ねぇ、兵隊さん達」


 皇妃と王女の視線を受けて、訓戒兵達は苦笑を浮かべながらも何とか頷いた。

 リズ達は不思議そうにしていたが、それ以上問い掛ける事は無かった。お互い有耶無耶になる方が都合が良かったのである。


「さぁ、ここは片づいたし、皇宮に帰ろう」


 ライラの失言に気付いた者はいなかった。

 リズや老兵士達、そして訓戒兵にとっても、ライラの言ったそれはあまりにも普通の言葉だったから。

 「おうきゅうに帰ろう」という、その言葉は。

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