第2話 まだ日常はここにある


「それで、行き先とかは?」


電車に乗り込んで黒ヶ崎を目指しながら、戻ってどうするのかを問いかける。

すると、早速予想を遥かに越えた答えが返ってきた。


「それが、帰るところがなくて…」

「…え?」

「はい、帰るところがないんです…」


…正直理解が追いつかない。

どういうこと?

いや、というかなら何で黒ヶ崎に?

頭のなかが混乱の渦に飲み込まれていた。


「というわけで、泊めていただけないかなーなんて…」

「いやいや、ちょっとストップ」

「更に分からなくなってきたので、一旦整理してもいいですか?」


よし、整理だ。

買い物に出かけて、必要なもの買って、駅に向かってる途中でこの人にたまたま出会って、目的地が同じだったから一緒に電車乗って。

そして実は帰る場所がないから泊めてくださいって言われて…

なるほど…?


全くわからん。

とりあえず深呼吸だ。

常に冷静であることが大事って、誰かに言われた気がする。


「すぅーっ…はぁーっ…」

「落ち着け…落ち着け…」

「あ、そういえば」

「?」

「自己紹介まだでしたね」


どうでもいいが今車内は人がいないので、ボリュームに気を付けながらではあるが、あまり気にすることなく普通に話している。


「俺は大風剛」

「十七歳で、最近は親の食堂の店番やってます」

「よろしく」


そう言って、次は向こうの番だ。


「私は穂ノ原幸」

「とは言っても、実はこれ以外の事はほとんど覚えてないんだよね…」

「ほう?」


もしかして記憶喪失なのか?

それはちょっと興味深い。

同じ記憶喪失の人間として。


「何か、覚えてることとかは?」

「うーん…あ!」

「この髪飾りとか、大切なものなんですよね」


彼女…穂ノ原さんは、髪に付けていたマリーゴールドの髪飾りを指差した。


「それはどうして?」

「それは…」


どうやらそこまでは思い出せないらしい。

覚えているのは名前と、ただ漠然に大切だと分かるだけの髪飾りのみ。


「あ、そろそろ本題に戻りますね」

「泊めていただいても、大丈夫ですか?」

「うーん……」


見捨てるというのは流石に良心が傷むのだが、思春期の男女…

いや、向こうが何歳なのかすらわからないが、思春期だということにしておこう。

それが一つ屋根の下二人…

大丈夫なのか!?

いや、大風剛よ、自分を信じろ。

俺はそんなことをするような人間か?

否、多分否だ。

まず俺にそんな度胸はないはずだ。

よし…決めた!


「はい、大丈夫ですよ」

「本当ですか!?」

「なら、しばらく一緒に暮らす訳ですし、堅苦しい敬語、やめます?」

「え?しばらく?」

「え?違うんですか?」

「あー…そうだな…」

「だよね!じゃあ、よろしく…」

「…何て呼べば良いのかな?」

「さあ…」

「大風君は、なんか違う…」

「剛君も、ピンとこない…」

「なら剛…あ、これだ!」

「よろしくね!剛!」

「急激に距離が近くなったな…」

「じゃあ俺は…幸…?」

「あ、待って俺もこれでしっくり来たわ」


人の事は言えないな。


「じゃあ改めて…よろしく」

「うん!よろしくね!」


俺たちは握手をした。

この握手に、俺はなんだか懐かしさを感じた。

よくよく考えれば高校生になってから女友達は出来ていなかった。

それ故の懐かしさだろう。

そして思いの外話が長くなってしまったせいで、二駅ほど乗り過ごしたのはまた別のお話である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る