閑話:とあるメイドの思うこと

私はメイドだ。セーラという名前はあるが、現在日に3回派遣されている北の塔では名前ではなく職名で呼ばれる。

何せ、南の塔と違い、風呂もなく貴人を収監するのに粗末な家具や食事しか供されないこの北の塔には常在するのは半日交代の見張りの兵士二人だけであったのだ。

後に、デスパイネ公爵令嬢様の様々な脱走騒ぎにより、南の塔に派遣されていた3勤交代の兵士の一部が階下や入り口を見張るようにはなったが、これは余談である


とどのつまりは、増員されたのは見張りだけで、食事を運ぶのと数日に一度に増えた湯あみの後の着付けなどを担当するメイドは相変わらず私だけだったため、相変わらず職務名であるメイドと呼ばれるのであった。


さて。この北の塔に収監されているフラヴィア=デスパイネ公爵令嬢様は、元は王太子様の婚約者である。婚約破棄と一族の国家転覆を狙った謀反の証拠が見つかったのが被って連座で処刑の憂き目にあったらしい。噂話なのでどこまで本当なのやら。

本当と自信を持って言えるのは、王太子様が婚約破棄を行った直後に男爵令嬢を侍らせ、新たな婚約者にしたことと、元婚約者に対しての酷い仕打ちを行っていることだけだ。

流石に公爵令嬢を、自分の元婚約者をここまで冷遇するのに対して、彼女の他の一族は豪奢な南の塔に拘束というのはあまりにも不自然だ。だが私はただのメイド、他にもちらほら不審がる同僚もいるのだが、全て胸の内に飲み込まれて外に出されることはない。それが長く仕事を続けるコツである。


公爵令嬢様は昼と夜で全く違う。昼は殆ど動かない。ずっと窓の外を見ているだけの美しい貴族様といった態なのだが、夕方食事を運びにいけば、見張りの兵士となにやら楽しげに話している声が度々聞こえる。

その時の公爵令嬢様のお顔は本当に生き生きしており。昼の様子は何だったのかと思うほどに雰囲気が違っていたわけである。

昼の見張りの兵士には話しかけもせず、兵士の声かけにも応じないが、夕方の見張りの兵士とは掛け合いを楽しんでいるのだろうか。膳を下げ階段を降りる際に、よく兵士の絶叫などが階上から聞こえることがあるし、私には覚えはないが何かのお詫びとして水の入ったコップをぐいぐい押し付けられたこともある。一体どちらが本当の公爵令嬢様なのだろう。

あんなお綺麗な方があと20日もせず処刑されてしまうなんて、信じられない思いもあるが。粗末なドレスにかわり、目の下にうっすらと隈を作り、爪や髪が段々艶を無くす様を見ていると、それも日を追うごとに現実味を帯びてくる。


そんなある日のことだった。王太子様が婚約者様とともに北の塔にやってこられた。私は膳を丁度下げに来たところでその来訪を知ったのだが。


ざくり


と、いう音。鍵が外された格子付きの扉の向こうには、王太子様が公爵令嬢様の髪を掴み、腰に穿いていた剣で斬っているのを、婚約者様が笑みを浮かべて見ている光景があった。

見張りの兵士は見てみぬふり。いや、自業自得と言っていたため、業と放置しているようだ。

王太子は、婚約者様に今までの非礼を詫びぬ罰と。婚約者様はこれで少しだけ許して上げますと仰られていた。


それでも。髪を短く切るというのはあまりにも酷い。髪の長さは女性としての魅力と同義で、髪を結い上げてお嫁に行くのは昔からのこの国の伝統だ。いくら処刑されるとはいえ。いくら罰とはいえ、女性の尊厳を損なわせるのはあまりにも。


私は下げた膳を一端詰所の中に置く。髪を切られても泣かず唯じっと無体を働いた王太子様を見ていた公爵令嬢様。同じ女としては、何かをしてあげたいが何を言えばいいのかわからなかったし、何かを言おうとして王太子様らに目をつけられたくもない。この職を喪うわけにはいかないのだ。

そんなとき、ふと思い出したのが夕方の見張りの兵士のこと。公爵令嬢の色々な表情を引き出せる兵士。

彼なら公爵令嬢に何か慰めでもしてくれるのでは。と。私は罪悪感を胸の内に隠しながら、何時も勤務前にやってくる兵士を待ち、声をかけた。


********************


夕方の膳を持って最上階に足を踏み入れた際に、公爵令嬢様の髪の一房に不格好な蝶々結びのブルーリボンが巻かれていた。その色合いは公爵令嬢様によく似合っており、髪を切られてあまり間もないが、悲痛な空気は霧散し。何処と無く楽しげな表情をしているように私には思えた。よく指で触っていたからなのだろうか、ほどけかけているリボンを見て。


「結び直しましょうか?」


と、声をかけたが。公爵令嬢はとても珍しいことに、柔らかく私に微笑みこう言った。


「このままが、いいの。完全にほどけてしまったら頼みますわね。」

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