第43話 非、平和的解決

「立って、國子くにこちゃん。また一緒に戦おう。遅すぎるかもしれないけど、ごめんなさい。ずっと隠れていて」

「謝らないでよ。お願いだから。貴方あなたが悪者じゃ無くなったら、私は誰に……何に怒ればいいの」

「私に怒りをぶつけて気が晴れるなら、そうして」


 一歩前に出る。

 シュッ、と風を切る様な音と共に左肩に軽い衝撃。

 服がざっくりと裂け、地肌に血の筋が走る。

 離れた場所で詩織しおりが息を呑むのが分かった。


「来ないで」

いや


 今の彼女に近づくのは危険だ。それでも、また一歩進む。

 再びシュッ、と風を切る音と共に今度は右腕に重たい衝撃。

 怪我をしている肘を直接狙った衝撃に、流石に苦悶くもんの表情が隠せずひざを折る。

 けれど、すぐに立ち上がる。


「やめてよ」

「嫌」


 一歩進むごとに傷が増えて行く。痛みが体中を巡る。

 それでも足を止めない。


「どうして、どうしてよ。止まってよ、お願いだから」

「嫌。だって、私達は友達でしょ」

「ッ、五年間連絡もしなかったくせに」

「そうだね、身勝手だよね。だから仲直りしたい」


 もう、衝撃は無かった。へたり込んだままの國子の前に屈み込み、泣き腫らした顔を両手でそっと持ち上げる。


「ずっと組んでたのに、見た事ない顔してる」

「うるさい。私だって泣くときはあるし」


 弱弱しい右の拳が、なぎさの胸を押す。


「落ち着いた?」

「そんな訳ないでしょ。五年分だよ。こんなもんじゃないんだから」


 何度も何度も、力ない拳が胸を叩き続ける。

 やがてそれはゆっくりと止まって、


「……少しすっきりした」


 本調子ではないものの、國子が笑顔を取り戻す。

 渚もつられて微笑んだ。


ひどい顔」

「お互い様だよ」


 それから数分。


「はぁ、格好悪かっこうわるいなホントに。最低」

「立てる?」


 渚が先に立ち上がり、手を差し伸べる。

 國子は眩しそうにそれを見て、しかし手を振り払い、自力で立ち上がった。


「当然。まだ勝負は続いてるんだし」

「え、続いてるの?」

「これはこれ」

「……わかった。まだ詩織を泣かせたお礼もしてないし」

「それはちょっと悪いと思ってるけど」

「なら、本人に謝ってあげて」

ゆめ……渚が勝ったらね」


 二人で同時に後方へと飛び、距離を取って仕切り直す。


「後悔させてあげる」

「こっちの台詞!」


 二人の戦いは、互いの武器が尽きるまで十分以上も続いた。


 ◆◆◆


「若いっていいわね。馬鹿出来て」


 全く感情の乗らない声で麻耶まやはそう言って、手にした二つの反省文をデスクに放り投げる。


 局長室の中央には、渚と國子が立たされていた。


「詩織がたいした怪我じゃなくてよかったわ。ついでに貴方達も」

「申し訳ありません」

「ごめんなさい」

「反省はしてる、って事でいいのよね?」


 二人同時に頷く。


「幾ら訓練と言っても、貴方達がやったのは銀糸の私的利用で本来なら重罰じゅうばつよ。今回は不問とするけど、次は反省文じゃ済まないからね。注意するように」

「許してもらえるって事ですよね。相模局長さがみきょくちょう、流石!」

おだてても何も出ない。浮田うきたさんはもう少し反省してる振りをしなさい。心象悪しんしょうわるいから」

「はい、気を付けます」

「それと、渚の秘密を知った件で幾つかの書類と誓約書せいやくしょにサインが必要だから残ってね」

「えー」

「えー、じゃない。渚は行っていいわよ」

「失礼しました」


 一礼して部屋を出ると、その足で病棟へと向かう。

 反省文のおかげで、今日の面会時間にギリギリだ。

 燐火りんかの機嫌を損ねてから三日と経たずにお見舞いをすっぽかすのは不味い。


「遅くなってごめん!」

「話は聞いてる。大喧嘩おおげんかだったんでしょ?」


 ベッドに寝そべった燐火の脇、面会用の椅子に座った詩織が振り返り、頭を下げる。

 なるほど、彼女が伝えてくれていたらしい。


「浮田先輩、私も会ってみたいなぁ。強いんだよね、その人も」


 どうやら今日の話をしていた様子で燐火は目を爛々らんらんと輝かせている。

 元気だけなら十分退院しても良いくらいだ。

 ひとまず彼女の機嫌がいい事に胸を撫で下ろしながら、背もたれの無い丸型パイプいすを引き寄せて詩織の隣に座る。


「先輩ってどんな人なの?」

「國子ちゃんは……」


 先ほどの一件を思い出して言葉に詰まる。

 芯の部分では変わっていなくても、渚の知る昔の彼女ではない。


「面白い能力を持ってるよ。燐火ちゃんと同じで、武器の射程が伸びたりする。きっと、参考になる部分も多いと思う」

「そうなんだぁ。楽しみだなぁ」


 燐火の笑顔を横目に、詩織の腕の様子をうかがう。


「……大丈夫です」

「よかった」


 怪我は平気らしい。ほっと胸を撫で下ろす。


「明日からリハビリを始められるって聞いたけど?」

「最近動いてなかったし、体を動かす練習から。一紀いつきもいっしょに」


 隣のベットに目をやると一紀はすやすやと眠っていた。

 本当にマイペースだ。


「復帰は?」

「早くて一週間後」

「そんなに早いんだ。良かった」


 渚の腕も随分と良くなってきている。

 本当に麻耶さんの言う通りだったな、と微笑む。


「詩織ちゃんとも試合してみたい!」

「……え?」

「だって、渚お姉ちゃんと毎日戦って、滅茶苦茶強くなったんでしょ?」


 燐火のスピードは桁違いなので、試合にならないような気がするのだが、口にするのはやめておいた。

 燐火、詩織共に目が真剣しんけんだ。

 少し前は一方的に詩織が燐火を意識していたが今は違う。

 怪我で空いたブランク。燐火ははっきりとその時間の意味を理解している。

 お互いに高め合える仲間か。

 渚の失ったものを、彼女達は育みつつある。


「その時は、審判しんぱんは私がやってあげる」

「絶対だよ?」

贔屓ひいきはしないでくださいね」

「私がすると思う?」


 私は恵まれてると改めて実感させられる。

 再び力を手にしただけでなく、未来を担う彼女達と戦えるのだから。

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