第15話 新生活

 翌日。午前中は健康診断と簡単な体力テストに費やされた。

 午後一番で麻耶まやが車を出す予定だったが、あんじょう時間に遅れて出発は一時過ぎになった。

 自宅での荷造りは三時間もかからず終了し、手配したトラックに積み込まれた。

 昨日は燐花の荷物が少ないなと驚いたくせに、なぎさもテーブルや大型家電を除けば、全ての荷物が段ボール四箱に収まった。

 付き添いの麻耶から「将来は地方巡業とか向いてるんじゃない?」と茶々を入れられる始末だ。

 特防に戻った後は小休止を挟んで一人で荷解きを始め、二時間足らずで大方の配置まで完了する。

 何しろ、衣類二箱の内、一つは丸々冬もので開封要らず。

 特防内で着る制服は夏、冬用が三着ずつ用意されているので私服を着る場面がまず無い。

 残る二箱も一箱が食器等を含めたキッチン用具で、収納棚に詰めるだけの作業。

 残る一ケースは雑貨諸々だが、中身の三分の一は一昨日まで通っていた学校の教科書の類で、そっとクローゼットで寝かしつける運びになった。


「嘘っ、もう終わってる!?」


 おかげで、荷解きの手伝いをしようと訓練から急いで帰って来た燐花りんか不貞腐ふてくされてしまい、機嫌を取るのに少し苦労した。

 移動の時間や暇な時間は全て、これからの行動計画書に目を通す事に費やす。

 そして午後八時。携帯端末で麻耶から直々の呼び出しを受け、局長室に出頭した。


「昨日の今日で、結構馴染んでるじゃない。制服、似合ってるわよ」

「どうも。これ、素材も変わった?」

「候補生は銀糸配合率が上がってる。デザインも色々と細かな改良が加えられたから」

「ふぅん。技術の進歩ってすごいね」

「当たり前でしょ。但し腕輪を使っても、即変身って訳には行かない。一定量の銀糸は別で必要よ」

「それくらいが丁度いいよ。ところで、変身した時に昔の衣装のままじゃ不味いと思うんだけど」

まとう銀糸は本人の意思で決まる。少しずつ変化させていくしかないわね。無理に変えると出力が落ちるから。そのうち良い落としどころが見つかるでしょ」

「当面は燐花のサポートでしょ。なら、一気にガラッと変えても――」

「サポートだからって危険が無い訳じゃない。昨日の事がいい例ね」


 そう言いながら、麻耶は小ぶりなジュラルミンケースを取り出す。


「そう言う訳で、これが実際に使用して貰う装備。特防内では常に着用して。貴方に合わせて調整してる」


 ケースを開くと確かに試作品よりもしっかりとした腕輪が二つ、中に収まっていた。

 彼女に顎で勧められるまま腕輪を装着する。

 ひんやりとした感触の中にもずっしりと重量感がある。


「昨日のよりも重い」

「着け心地はどう?」

「確かにぴったりで悪くない。だけど、これを一日中かぁ。囚人みたい。デザイン何とかならないの」

「それも貴方の活躍次第」


 有無を言わせぬ笑顔。


「これ、確実に悪目立ちするんですけど。聞かれたらなんて答えればいいの?」

「さぁ? 外で流行ってるとか適当に対処して」

「改良が進む事を願ってる」

「それは君の頑張り次第ね。ほら、やる気出てきたでしょ」

「トッテモ」

「いい返事。出来る限り私もサポートするし、要望があれば聞くようにするから」

「いきなり真面目になるの、卑怯だって」

「性分だから。で、君が入るクラスについては聞いてるわよね?」

「幹部養成コース。正直、ついて行けるか心配」

「学力的には君の通ってた新三河台よりちょっと下だから大丈夫。専門知識の授業があるけど、それも昔取った杵柄で何とでもなると思うし。君はオペや幹部を目指している訳じゃないんだから、最悪専門の授業は聞き流してもらって構わない」

「適当すぎ」

「大切なのは勉強よりも訓練と結果よ」


 麻耶の歯に布着せない問題発言に思わず頭を抱えたくなる。

 本当にこの人は自由で、しかしそれが許されてしまう、許せてしまう雰囲気を纏っているのが羨ましくもあり腹立たしい。


「そうそう、燐花との実技の方はそんなに気負わなくていいから。通常の実習過程は一通り終わってるし」

「カリキュラムとか、練習メニューは?」

「一応、色々と意見は出して貰ったから、それを参考に自分で考えてね」

「無いなら無いってハッキリ言ってよね」


 数センチはあろうかという紙の束を受け取り、ペラペラと捲る。


「完全にその通りにする必要はなし。臨機応変りんきおうへんに宜しく」

「したくても出来ないから、これ。完全に候補生向け。生身だと十分でギブアップ」

「だから、衣裳も装着してくれて良いって言ってるの。長時間の使用に耐えられるか、諸々のテストも兼ねてるから『壊してやるぜ!』、くらいの意気込みでお願い」

「気が乗らないなぁ」

「昔から、自分を虐めるのは好きでしょ?」

「そんな趣味はないから!」

「訓練面での要望はなるべく早急に対応するようにするから頑張って。言い忘れてたけど、アルカンシエル迎撃に出てもらうことになるわ。心の準備はしっかりね」

「えっ?」


 言い忘れていた、では済まされない案件をさらりと聞き流すほど馬鹿ではない。


「当然でしょ。昨日も言ったけど、上は早急な結果を求めてる。猶予は長くても三か月。並行でやってもらうしかないのよ」

「だからって、いきなり実践は――」

「もう実践は経験したでしょ?」


 彼女の横暴は今に始まったことではないが、これほどの無理難題をぶつけられたのは過去に例がない。


「あら、凛々しい表情になって。やる気になったのね」

「違う。頭痛がするだけだから」

「なら丁度いいものがあるわよ。これは個人的なプレゼント」


 差しだされたビニール袋の中を覗き込むと、そこには乱雑に湿布しっぷと栄養ドリンクが詰め込まれていた。


「……有り難く使わせて貰います」

「よろしくね」


 ここから地獄のような激動の日々が始まる事を、渚はまだ知らなかった。

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