第5話 変化する街並み

「あっ、起きた。ねぇ、相模さがみ校長先生。お姉ちゃん起きたよ!」

 

 頭の中をミキサーで引っ掻き回された様な、最悪の目覚めだった。


「ごめんね。ちょっと強くし過ぎたかも」

「謝るなら、最初からやめて」


 どうやらここは車の中らしい。

 寝かされていたのは後部座席で、麻耶は運転席でハンドルを握り、燐花りんかは助手席に行儀よく座っている。


「おはよう。体なまったんじゃないの?」

「生身の体で、強化された拳を受ける訓練なんて受けた記憶ないんですけど」

「緊急の出口は二カ所よ。この速度で飛び降りるのは、お勧めはしないけど」

「ロックかけてるくせに。うっ……、吐きそう」

「車汚すのは止めてよね?」


 誰のせいだと思ってんのよ!

 

 なんとか体を起こし、周囲を見回す。

 ガラス窓の外、流れゆく気色の両側には、のっぺりとした豆腐のような外観の建物が並んでいる。

 この現代には当たり前となった二階建ての強化ハニカム構造建築だ。

 周りの景色から判断するに、気を失っていたのは十分ぐらいだろう。


 今からおよそ二十一年前の2082年2月15日。


 敵の第一次侵攻の際、各国の主要都市は巨大かつ堅牢けんろうな敵の圧倒的な攻撃によって抵抗らしい抵抗も出来ぬまま蹂躙じゅうりんされ、壊滅した。

 敵は「多数の生体反応がある場所」と「高い建造物」を狙う単純な思考ルーチンしか持たないにも関わらず多大な損害を出し、辛うじて残ったのは無人のビル群や、十メートルを越える建造物が条例等によって存在しない都市だけだった。

 続く二次侵攻では、残された地区も手痛いダメージを受けたが。


「良い夢、見れた?」

「最悪。映画の時より気分悪い」


 人類側にとっての幸運は二次侵攻が始まって間もなく、魔法師・魔法少女による迎撃が可能になった事だろう。

 生き延びるための知恵。

 未知なる敵の様々な分析結果を踏まえ、現在では平地で十メートル、地上から四階建てを越える建物は作られていない。


「ちょっと強引なやり方になっちゃってゴメンなさいね」

「謝罪の順番がおかしい」

「謝らない方が良かった?」

「そういう意味じゃない。で、どこに連れていく気? この方角、特防じゃないよね」

「あらコワイ。それが普段の口調?」

「誘拐犯に使う敬語は無い!」

「話を聞いて欲しいだけだって。この先に新しいカフェが出来たって聞いたの。安心して、私の奢りだから」

「モノで釣る気なら無駄。それを口実に借りを作ったとかも無し」

「疑り深いなぁ。誰に似たんだか? ところで、映画館でのアレは借りじゃないの?」

「……ッ、原因を作ったのは麻耶さんでしょ」


 ポーカーフェイスで読めない麻耶はともかく、先ほどから終始笑顔の燐花が一番の不安要素。この拉致紛いの行動も、大きな計画の一部であるのは間違いない。


「燐花の笑顔を警戒してるの? これは単に外出出来て嬉しいだけよ。ね?」

「うんっ。学校の外に出たの、久しぶりだから」


 そういえば、特防は完全寮制だった事を思い出す。

 もしこれが純粋な笑顔ではないのならば、彼女は相当な役者だ。

 ある意味、現代の魔法少女に向いている。


「まだちょっと時間あるし、ウチの入学プロモーションでも見せてあげましょうか?」

「冗談――」

「燐花、あれ大好き!」


 当然、なぎさの意見は完全無視で、麻耶は車に備え付けられた液晶モニターを素早く操作して映像を呼び出す。


「手慣れてる。練習したの?」


 問いかけは、完全無視。

 映像が始まると同時に、パンパラポンと時代錯誤で間の抜けた音楽が車内に響き渡った。


『みなさん、こんにちは! そして、ようこそ斎京国営さいきょうこくえい、特殊防衛学校へ! ここでは日々、人類を侵略してくる宇宙の敵に対抗して、私達の生活を守る未来の人材を――』


「……何、これ?」

「見たままよ。どう? 趣味悪いでしょ」


 一体どの年齢層を対象にしているのかと、突っ込みたい衝動にかられる。

 画面上には非常にコミカルな兎とワニのキャラクターが登場し、宇宙からの侵略者について身ぶり手ぶりを織り交ぜた説明を開始していた。

 映像を見る限り、侵略によって全人類の四十パーセント以上が虐殺されたという事実は、一片いっぺんたりとも伝わってこない。


『宇宙から送り込まれてくる強敵に、通常の武器は殆ど役に立たない。だから僕達は未知の技術を解析して闘うんだよ。それが魔法ってわけ! 国を守る魔法師、魔法少女――』


「いろんな説明をすっ飛ばしすぎて、逆に感心する」

「燐花みたいな小さい子が理解できるように作ってるらしいわ」

「確か、特防は小、中、高まで一貫だから……」

「魔法師、魔法少女の候補生はね。一般は高校生から」

『敵は巨大で、世界中を壊して回ったんだ!』

「これを見せられる高校生は悲惨だなぁ」


 人類は怪物をアルカンシエルと仮称し撃退を試みたが、敵は地球上に在る殆どの兵器を退けて破壊の限りを尽くした。

 当初、アルカンシエルは侵略者そのものだと思われていたが、解析が進むにつれてこれは巨大な無人兵器だと判明する。

 その後、未知の侵略者はクレアドス、無人兵器はアルカンシエルと正式に名付けられた。

 多くの人々が故郷を追われ、そして命を奪われた。

 あらゆる手段が講じられたが、敵のエネルギーを削ぎ、活動時間を縮めるのが限界。

 万策尽きたかと人々が絶望に暮れる中、苦肉の策として活動を停止したアルカンシエルを利用する計画が持ち上がった。

 目には目を、歯には歯を。

 それ自体が兵器であるが故に、残骸ざんがいを逆に利用できないかと考えたのである。

 しかし、そう易々やすやすと事が運ぶ筈も無かった。

 アルカンシエルは独自のエネルギー理論で動いていた。

 その解析もろくに進まない状況の中で、いくら残骸を掻き集めて実験を重ねようと、出来上がるのは通常兵器よりもろいガラクタでしかなかった。

 その力を最大に引き出せる、魔法師、魔法少女と呼称される特例が現れるまでは。

 人類にとっては救世主となる存在。

 何故そのような例外が生じるのかは、未だ解明されてはいない。


『――それこそが魔法師、魔法少女。地球の未来は今、君達に託されているんだ!』


 謎が多く、科学で解明できない物質を操り、ただ適性があったという理由で地球を守る運命を背負わされてしまった少年少女達。

 魔法師、魔法少女ほど、皮肉めいて適した呼び名は無いだろう。


「無駄に音楽も壮大だし、全然内容と噛み合ってない」

「でしょ。私も作り直せって声を大にして言ってるけど予算が降りなくてね。毎年同じ物を見せられるこっちの身にもなって欲しいわ」


 イメージビデオの最後には、エンドロールと共にこれまた奇妙な歌が流れていた。

製作協力のらんにはしっかり相模摩耶さがみ まやの名前があったが、あえて突っ込まないでおく。


「やっぱり、正義の味方ってカッコイイよね!」


 燐花はよほど気に入ったのか、眼を輝かせながらエンディングテーマを口ずさむ。

 やはり、正義のヒロインを夢見るお年頃なのだろうか。

 歳相応というには、やや精神年齢が低い気はしないでもないけれど。


「馬鹿らしい……」


 ふてくされて外の景色に目を向ける。

 この辺りも、十年前に一度大きな侵略を受けた。

 四十メートル級の怪物が三体、その巨体で街をすり潰す様に蹂躙したのだ。

 それは最初から街の破壊だけを目的とし、周辺一帯が壊滅すると同時に自壊した。

 再建された一帯の街並みは今、対怪物用のモノへと姿を変えつつある。

 道路は碁盤の目の様に整備され、四階以上の建物は皆無。

 地下には避難路が網の目のように設けられている。

 かつては数百万人以上が行き交っていたが、今の生活者人口は百万を割り込む。

 それでも人々は怪物の度重なる襲撃に屈せず、新たな街並みと生活を取り戻そうと活気付いていた。


 この新区画から数分走ると、怪物の攻撃から辛うじて逃れた廃ビル群が姿を現す。

 ビル群とはいえ、立ち並んでいるのは十階かそこらの小さなビルで、数も十数棟と少ない。

 それらは怪物の出現前の繁栄と暮らしを後世に伝えるシンボルとして、今も取り壊されずに残されている――というのは建前で、実際は高い建物を狙う習性をもつタイプの敵への目くらましと、ビルを取り壊す予算的余裕がない、という身も蓋も無い理由からだ。

 怪物が都合よくビルを倒壊させれば、人々は喜んで新たな建物を敷き詰めるだろう。


「あら、渋滞ね。珍しい」


 麻耶の言う通り、スムーズだった交通の流れが急に滞る。

 幾ら祝日とはいえ市街地に近い場所での渋滞は珍しい。

 なぎさの嫌な予感が働くのと、耳障りな避難勧告の警報が鳴り響くのは同時だった。

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