第二一話【覚悟】

「[異常なし]だった」


 ……俺、立花愁たちばなしゅうが幼馴染の須藤瑞希すどうみずきしずくさんにそう言うと、二人はまず安堵の息を吐いた。

 瑞希はなぜだか目尻に涙を溜めていた。


「よかったあ……」

「同感です……無事でよかったです……」


──ほんとに、よかった……


 あれから十数分後。様態を詳しく聞かれ、調べられたけど、先程の通りだ。

 検査結果を申告される時には、医師にかなり驚いた目で見られてしまった。


 結局、頭痛と昏睡の原因も分からずじまいになり、なんだったんだ?とは思いつつ。

 自分を心配してくれている人も沢山いるんだな……と、実感して胸が温かくなる。


 そう嬉しさで頬を緩ませていると、不意に瑞希が立ち上がった。


「でも、退院はいつ!?」


──いつ退院なの!?


 涙を溜めていたし冷静さを失ったのだろうか?食い気味にそう訊いてきた。


「二週間後だよ」


 まず、そう切り出し説明をする。

 

 無事なんだったら早めに退院したかったのだけど、しかしそうもいかず。

 退院するためには色々な手続きが必要らしく、それが二週間ほどかかる……とのこと。


 そう弱々しく言うと、瑞希は涙を拭いながらニコリと笑った。


「それなら、毎日看病に行くね!」


 それを聞いて俺は耳を疑い、目を見開く。


「別に無理してなくてもいいんだぞ?」

「無理してないよ!絶対いく!」

「そ、そうか……ありがとう」


 「うん!」と元気よく笑う瑞希。


 申し訳ない気持ちは大きかったけど、嬉しさの方が大きかった。


「あらあら……」

「うふふ」


 ……すぐ側でこちらをニヤニヤと見ている俺たちの母親の視線は、無視することにした。



 □



「今日はありがとう」


 あれから暫く話し合って、夜。

 一応安静にした方がいい、ということで、俺はベッドの上から頭をさげる。


「大丈夫だよ!」

「ええ。退院が早まるといいですね」


 そう言って、瑞希と雫さんは病室を出ていった。


「私もそろそろ帰るわね」

「うん、ありがとう。あ、でも当分俺は家事できない思うんだけど、大丈夫?」


 俺が首を傾げると、なぜだか母さんは「ふふん」とドヤ顔を作り、腰に両手を当てる。


「愁がやる前は誰がやってたと思うのよ…ふっ、任せなさい!仕事との両立も楽勝よ!」


 ……歳の割に、随分と若々しい母親だこと。

 「それならいいけど」と、俺は苦笑する。


「ま、そういうわけよ。じゃあ、また明日ね」

「うん、また明日」


 母さんはひらひらと手を振りながら、病室を出ていった。


 ……本当にこの頭痛はなんだったんだ?

 たしか、瑞希の声が脳内に響くと痛くなってた気がす────


──やっぱり、この気持ちが好きって気持ちなんだ……えへへ……



「ッ!?」



 急に響いてきた瑞希の声に……痛みが走った。……苦しい痛みでは、ない。

 同時に……脳内で反芻していくその響きに、顔が段々と、猛烈に……熱くなっていくのを、強く感じた。



 □



 あれから、二週間後の祝日。


「……しゅーくんが無事に退院出来てよかった」


──本当に……よかった……


 俺たちが病院から出て少しすると、隣に立った瑞希がそう呟いた。


 今は母さんが車を取ってきているため、それを待っているところだ。

 病院から家まで、普通に歩いていけばいいとは思ったんだけどね。


 さて、話を戻そう。瑞希のその呟き、響く脳内の声に、俺の頬は思わず緩む。


「宣言通り瑞希は毎日来てくれていたし、これならずっと入院しても苦じゃないかもね」

「ダメだよ!?」


──何を言ってるの!?


 瑞希の勢いの良いツッコミに、俺は「ふふ」と小さく笑う。


「さすがに冗談だ。入院していない方が、瑞希と過ごせる時間が多くなるからな」

「ふぇ!?」


──だから!?ななな何を言ってるの!?


 そう思いながら、顔を真っ赤に染め上げている瑞希。

 ……本心を言ってるだけなんだけどね。


 ……やはり、あの時から瑞希は俺の発言から何かと過剰反応をするようになった。


 ……その意味がわかってから、俺も挙動不審になってしまってはいるけどね。

 だけど今は、頬の緩みが止まることをしらないかった。


 ……もう、覚悟も決まっている。


「瑞希」

「うぅ……うん?何?」


 呻きながらも、俺の呼び掛けに瑞希は首を傾げる。


 ……それを見て、俺の中で緊張が走る。

 俺のこの能力を、言える自信が………


 ………だけど。


「……家に帰った後で、少し散歩に付き合ってくれないか?」


 それよりもこの気持ちを……ぶつけたい。



 □



 改めて言う。俺は、瑞希が好きだ。


 いつからかは、わからない。前も言った通り、中学生で疎遠になった時に自覚した。


 ……この気持ちは、この二週間で。

 ……いや、久しぶりに一緒に帰ってから、日々強くなっていっている。


 その気持ちが大きくなるスピードは、俺でさえも驚く程に速くて。


 彼女が居なくなるという[恐怖]を乗り越えた俺は、もう……この気持ちを、我慢できる自信は、ない。


 だから、瑞希にぶつける。


 どういうものか未だに分からない能力も。

 溢れるだけ溢れ、まだ溢れ続けるこの好きだということも。


 今の俺の全てを……瑞希にぶつけてやる。

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