第5話情報収集を兼ね備え

 ──あれから一週間が経ち、リガルは保証金を手にする資格を手に入れる(死亡が確認されればの話だが)。


「こんにちは」と、受付につくなりリガルは軽い会釈えしゃくをした。


「こんにちは。え~っと」


 女性は眉を顰め、声をどもらせる。


「リガルです。リガル=アルフレッド」


「あ、あ~リガルさんですね」


 わざとらしく手を叩いて、思い出したような口調で言ったが、絶対に分かっていないだろう。と言っても、数多く居る冒険者の中で交流の全くないリガルを、覚えている事の方が凄い事に違いない。


「あの件でお話が」


「あの件?」と、小首を傾げる。


「仲間の死亡保証の、です」


 言いずらそうに鼻頭をポリポリとかきながら言うと、また手を叩く。


 ──喧しい。


「あ~ちょっと待っててくださいね!」


 でも、一応気を使ったのか声だけは小さかった。いそいそと、奥に姿を消しすのを見送るついでに溜息を吐いて肩を落とす。


 全く覚えられてなかったが、逆にリガルは彼女の事をある程度は知っている。


 ミューレ=ミレッタ。


 年齢は二十代前半だと聞いたことがある。歳が十八であるリガルからしたら結構な年の差だ。

 男の冒険者からも人気で、酒で酔っ払った奴が時々、妖精ちゃんとか褒めそやすことも多々ある。かと言って【エルフ】とかではなく、れっきとした人間だ。


 容姿端麗ようしたんれいで、美人だという事が妖精の由来だろう。

 肩にかかるぐらいには伸びた茶色い髪。露出の少ない黒い制服からでも分かるスタイルの良さ。大きい瞳には、翡翠色の宝石が輝いており、肌は白くきめ細かい。


 ──リガルが異性として見ている事は、断じてない。


 ミューレがいつ来るか分からず、手持ち無沙汰ぶさたになったリガルはキョロキョロと辺りを見渡す。


「うめぇな! 朝イチの酒わよ~!」

「お前それ、四時間前にも言ってたからな!?」

「なあ、最近調子どーよ?」

「順調ーっちゃ順調だが、依頼がしょうもない物ばかりでやる気ならねえんだよな」


 椅子に座り、酒を酌み交わす者も居れば。真面目に、仕事の話もいる。様々な冒険者が会話を交わしあっている中で、リガルは言葉をふいと漏らす。


「依頼──か」


 自然と目線は、壁に張り出された依頼書へ向く。そんな中、バタバタと足音が聞こえてリガルは目線を戻した。


「お待たせしました~」と、わざとらしく息を上げてミューレがやってきては笑顔を浮かべる。


 ──実にあざとい。


「いえ、全然待ってないので大丈夫ですよ」

「お優しいんですね~」

「いえ、別に。それで、どうでしたか?」

 

 訊ねると、ミューレはゆっくりと紙をリガルの前に置いた。


「んと。ビスケさん、ユミルさん、ゼシカさんの死亡が確認されました。彼等の分もしっかりと生き抜いてください。死亡保証金を受け取りますか?」


 ミューレは、心痛している様子で言った。さっきまでの明るい声は何処に言ったんだよ、と内心で思いつつも「ありがとうございます」と、お礼を告げた。


 今、この場で頷けば一人頭キュース金貨十枚を取得できる。これは、四ヶ月は遊んで暮らせる程の大金だ。


「えっと」


 リガルはミューレを見て、首を振るった。


「俺は金貨五枚で構いません。後は孤児院に寄付を」

「えっ!? 本当に構わないんですか?」

「はい。俺にはそんな大金、扱いきれないので。それに、そっちの方がユミルさん達も幸せでしょう」と、聖職者のような発言をしてうっすらと笑みを浮かべた。もはや、聖職者に戻れない哀れな自分を嘲笑う意味も兼ねて。


「分かりました。なら、此処に金貨を貰った証明書があるので書いてください」


 とても感動したのか、ミューレの目には薄らと涙が浮かぶ。


「分かりましたけど、全額ってなってますよ?」

「はい。寄付をするにしろ、宛先名が必要なのでっ」

「そう、ですか」


 何か違和感を感じながらも、用意されたペンで署名にリガル=アルフレッドと書いて手渡した。


「ありがとうございます。では、金貨五枚、受け取りください」

「ありがとうございます」


 鳥の紋章が彫られた金貨を革巾着かわきんちゃくに入れて、リガルは言う。


「質問、良いですか?」

「はい、なんでしょうか」

「俺の父や母も冒険者だったのですが、親とパーティを組んでた人達を知りませんか?」


 ミューレは、指の腹で顎を撫で付け眉を顰める。


「ん~」と、悩み苦しむ声を上げた後に、顎に添えた指で天を指した。


「冒険者には、等級があるの御存知ですよね?」


「ええ」と、頷いてから口を開く。


「白・銅・銀・金、ですよね」


 これは、依頼の受注先が変わってくるものだ。


 白や銅は、ギルドや民衆が手配する依頼簡易なクエストになる(銅の方が当然多少、難易度は高い)。


 銀クラスになれば、ギルドから依頼される高難易度のクエストになり──


 金になれば、王から直接命令が下るものだ。つまり、騎士団と対等あるいは、それ以上の権力を手にする事が出来る。が、戦いの最前線に駆り出される事が決まる瞬間でもあるのだ。


 故に、別に世界を救う事にさほど興味がない冒険者達は、金に昇級する事はせず銀の階級に腰を据えるのが殆どらしい。


「は~い! そうです」


 ミューレは、両手を合わせてにこやかに笑う。


親御おやごさんの、等級は分かりますか?」


 ──なるほど。


 リガルは頷くと、首にぶら下がった白いタグを握りミューレを見る。


「金等級です」

「金!! ですか?」


 目を見開いて、カウンターに手を付き前のめりになる。急に顔を近づけるもんだから、リガルは一歩下がって顔を引き攣らせた。


「え、ええ……一応」


 ミューレは、リガルが引いたのを理解したのか姿勢を元に戻して、軽く咳払いをした。


「ごほん。では、金等級で調べて見ますね。因みに、生きては」

「いや、亡くなった筈──です」

「そうですか……なら、相当な金貨が……」

「はい?」

「え? いやいや」


 わざとらしく両手を左右に振るった後にミューレは言った。


「なら、死亡者リストで調べてみますね」

「はい。お願いします」

「ではお名前を、紙に書いてください」


 真っ白い紙を目の前に置かれ、リガルはペンで父と母の名前を綴りスっと滑らせて渡した。


「フィリア=アルフレッドさんとダレス=アルフレッドさんですね。調べるのに数時間かかりますがどうしますか?」


「なら、適当に簡単な依頼をお願いします」

「依頼って、リガルさん一人……なら、犬の散歩とかになりますが」


 ミューレは、言いにくそうな雰囲気で超簡単な依頼を提示した。しかし、リガルは横に首を振るって断る。


「いえ、金が少しは高い討伐系で」

「なら、パーティを」

「今は必要ないです。スライム程度なら俺一人でやれますし」


「そう、ですか……なら──ちょうど」と、一冊に纏められた依頼書をペラペラと捲るのを止めて、リガルの前に出す。


「アメーバトードなら比較的簡単かと……ですが、白魔道士は後衛職ですので無理はしないでください」


「分かりました」と、一応は頷くが、リガルの場合は、前衛すら難なくこなせる。


「依頼では、十匹となっておりますので魔石を十個持ち帰るようにお願いしますね」


 ミューレは、まだ心配そうに見つめている。一見、物凄くリガルを大切に思ってくれているように見えるが(大抵の男は、この眼差しにやられている)。

 忘れてはならない。彼女が、リガルの事を全く覚えていなかった事を。


 リガルは、少し冷めた目でミューレを見て頷く。


「分かりました、では行ってきますね」


 ここ一週間は、自分の力を理解する事に努めて分かった事があった。リガルの場合は、一~二秒で術が発動出来る。高等魔法になればなるほど、魔力をねるのに時間を有するのに──だ。


 こうして、手続きを終えリガルは、杖一本でアメーバトード・別名スライムカエルが、大量に出ると報告を受けていた湖に向かった。

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