第11話:その胸の脂肪を揉め!

「はぁはぁはぁ……た、堪能させていただきました」


 そう言って俺の足を揉みまくっていた天野さんが立ち上がった。

 いまだ彼女の口から零れる吐息は熱い。が、それは俺も変わらなかった。

 ヌードデッサン用のマットに横たわりながら、先ほどまで味わった快楽の余韻に浸る。

 

 ついさっきまで俺の身体に天野さんが乗っかかっていた。


 彼女のお尻の感触が、心地よく締め上げる圧力が、今も芯に残っている。

 この世にこれほどまでに気持ちいいことがあったとは、この歳になるまで知らなかった。なるほど、大人が夢中になるのも分かる。あちらこちらにこの手のお店を見かけるのも納得がいった。

 

「そ、それでその……どうだったでしょうか、先輩?」


 問いかける天野さんの顔が心なしか赤く染まっている。


「ああ、気持ちよかった」

「本当ですか? 嬉しい」


 頬に両手を当てて喜ぶ天野さん。頭のてっぺんのアホ毛がハートマークを作った。


「天野さん、初めてだって言ってたよね?」

「はい。そうですよ」

「すごく上手かった。だからその、また今度お願いしてもいいかな?」


 俺のお願いに天野さんの笑顔が弾けた。

 

「はい! いつでも言ってくれたらやってあげますよ、先輩の足のマッサージ!」

 

 まがりなりにもJリーグクラブのジュニアユースに所属していた俺だ。試合後にプロのマッサージ師に施術してもらうこともあった。

 それに比べると天野さんのマッサージはまだまだ動きがぎこちなく、いかにも素人っぽく思える。

 なのにその効果たるや、プロのマッサージ師は筋肉の疲労を回復させてくれるだけだが、天野さんのは、そう、一言で表現するなら筋肉が喜んでいる!

 まるでどこをどのぐらいの力で押せば筋肉が一番気持ちよく感じるか分かっているかのようだ。

  

 もしかしたら天野さんってマッサージの天才かもしれない。

 なお性的マッサージの類では一切ないことを念のために言っておく。信じてくれ。

 

 

 

「次は先輩の番ですね」 


 天野さんの荒かった息が整い、俺もパンツを穿いてズボンをずり上げた頃。

 天野さんがスルスルと制服を脱ぎながら切り出した。

 

「どうして脱ぐのっ!?」

「え? いや、だってどこを触りたいかなんて先輩、私の身体を見ないとわからないかな、って思って」


 そう言いながらも見事な脱ぎっぷりであっという間に生まれたままの姿になる天野さん。

 

「それに私なんて先輩と違って思わず触りたくなるような凄いところなんてありませんしね」


 いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!!!

 君、前もそうだったけど自己評価低すぎない!? 天野さんの身体なんて触ってみたいところだらけだわ!

 

「ということで、さぁ、どうぞ!」


 一糸纏わぬ素っ裸になった天野さんが両手両足を広げて俺の前に立つ。

 なんと言うか、解剖される蛙みたいだ。もしくはダヴィンチのウィトルウィウス的人体図。いやぁ、いくら女の子と言えども、こうも堂々とされたらさすがにエロスは……あ、いや、さすがは天野さん、つきたてのアチアチおもちをを彷彿とさせるエチエチおっぱいと、青空に伸びる飛行機雲のような股間とのギャップがやばい。やばすぎる!!


 今までヌードデッサンは何度もしてきた。

 最初は初めて見た同じ年頃の女の子の生裸にドキドキしたものだが、最近はそれも少し慣れてきた。

 が、それはあくまで「見る」という行為への慣れだ。「触る」のは未体験なうえに、これまで考えもしな……いや触りたいとは思っていたけど、それをやってしまったら関係が壊れてしまうと怖くて出来なかった。

 

 それが今、本人の許可を得て堂々と触ることが出来るという状況にある。

 まるで皺ひとつない純白のシルクのような肌に指を這わせることも。

 近づくと甘い香りのする頬をぷにぷにすることも。

 その気になればバージンスノーにだって、俺は今、足跡を残すことが出来る。

 

「先輩、あの……そろそろ触るところを決めてもらえたら」


 つい色々と考えるあまり、思った以上に時間が経っていたのか。

 天野さんが例の如く発狂モードから醒めて、自分が取ったポーズの恥ずかしさにたちまち顔を真っ赤にしながら、涙目で訴えてきた。

 

 そう、俺は決めなければいけない。

 

 お腹だ、お尻だ、頬だ、足だ、腋だ、はたまたバージンスノーだのと色々言ったが、つまるところ俺が触るべきかどうかを考える箇所はひとつしかない。

 たわわに実った天野さんの果実を揉むか揉まないか、それだけだ。

 

『初めておっぱいを揉ませた人と夫婦になる』


 天野さんの家に行った時、彼女のお母さん・羽音さんはそう言った。

 真面目に考えたら正気を疑う話だけど、天野さん同様、そのお母さんもつまらないウソをつく人には到底見えなかった。

 だからきっと本当のことなんだろう。いや、マジで「これを決めた天野さんのご先祖様は一体何考えてやがったんだ?」とツッコミを入れてやりたいが。

 

 そしておそらくはあの掟が本当だからこそ、羽音さんは俺たちを美術館デートへと仕向けた。

 美術館には天野さんのお父さんである喜明さんの常設展があり、そこで貰えるパンフレットの一文がきっと娘の将来を切り開くに違いないと確信しての犯行だろう。

 

 まぁ、だからといってこんなことになっているとは夢にも思ってないだろうが。

 羽音さん、あなたの娘さんはちょっと暴走しすぎます。

 

「あの先輩……ま、まだでしょうか?」


 暴走モードが解けて正気に戻った天野さんはすでに涙目を通り越して、涙声の域にまで来てしまった。

 ああ、もう。そんなに恥ずかしいなら今からでもおっぱいや股間を隠せばいいのに。変に意地っ張りなんだから。


 仕方ない。俺もそろそろ覚悟を決めるか。

 まぁ成り行きとは言え、世間には秘密にお互いの裸を見せ合うような仲になってしまったんだ。その責任を取らなきゃいけないような気は前からしていた。

 それに夫婦になると言っても、年齢も年齢だからいきなり結婚とか無茶なことは要求されないだろう。羽音さんの話では変な男に揉まれるよりかは、多少まともな奴に揉まれて早く安心したいって感じだったし。


「えっと、それじゃあちょっと椅子に座ってくれるか」

「椅子、ですか?」

「うん。そんでもって後ろから触るから。面と向かってはその、恥ずかしいし」


 俺自身も恥ずかしいが、きっと天野さんだって恥ずかしいに違いない。そんな気遣いからの言葉だった。

 だから次の瞬間、驚きに見開かれた天野さんの瞳を見て、激しく動揺してしまった。

 え、何だ今の顔? まるでこれから俺がそこを触るとは鼻から思ってもいなかったような、驚愕した表情。

 そしてその奥にかすかに見えた恐怖の色……。

 なんで? なんでそんな顔をするんだ? だって天野さん、君も羽音さんから家の掟は聞かされているんだろう? だから俺よりもずっと早く覚悟を決めて、こんな提案をしてきたんじゃ……。

 

 天野さんが近くの椅子に着席した。

 俺は一度決めた心が揺らぐのを感じながら、その背後へと回る。

 うみょんとアホ毛の撥ねる頭。小さく華奢な肩。その向こうに天野山脈こと、天野さんの雄大なるおっぱいが見える。あとはもう、後ろから抱きしめるようにしてその乳房へ両腕を回せばいい。

 

「それじゃあ行くぞ」

「ひゃ、ひゃい!」


 天野さんの返事が裏返り、身体がビクッと震え、おっぱいがたゆんと揺れた。

 見えてはいないけれど、きっと天野さんはぎゅっと目を瞑っていることだろう。身体全体がガチガチに固まっているのが分かる。こんなに緊張している天野さんを見るのは、彼女が旧美術室に初めてやって来た時以来だ。


 なぁに、そんなに緊張すんなよ。今から気持ちよくしてやるから。

 

 俺は両手を伸ばす。

 手が目標物を掴んだ。

 そして天野さんの反応を待たず、一気呵成に

 

 もみもみもみもみもみもみもみもみもみもみ!!!

 

 これでもかとばかりに揉みしごく!

 

 もみもみもみもみもみもみもみもみもみもみ!!!

 

「……あの、先輩?」

「なんだ? もしかして気持ちよくなかったか? すまん、なにぶん初めてなもんで」


 もみもみもみもみもみもみもみもみもみもみ!!!

 

「いえ、とても気持ちいいんですけど」

「そうか! そりゃよかった!」


 もみもみもみもみもみもみもみもみもみもみ!!!

 

「あの、でも、何か間違ってませんか?」

「何を?」


 もみもみもみもみもみもみもみもみもみもみ!!!

 

「先輩の触りたかったところって」


 天野さんが俺の手が置かれた肩越しに、不思議そうな顔をして見上げてくる。

 その顔があまりにも可愛かったもんだから、ついこちらも笑顔になって。


「勿論、天野さんの肩だが?」


 もみもみもみもみもみもみもみもみもみもみ!!!!!! と、いっそう気持ちを込めて肩を揉みながら答えてやった。

 

「前からな(もみもみ)気になってはいたんだ(もみもみ)。天野さん(もみもみ)、肩こりに悩んでたりするんじゃないかって(もみもみ)。だからなさっきのマッサージのお礼もかねて、な(ごりごり)」

「は、はぁ」


 さっきまでの緊張がウソだったかのように、気の抜けた返事が天野さんから帰ってきた。

 うん、これでいい。どうせ天野さんのことだ、俺の足に触りたい一心で提案したのはいいものの、おっぱいを揉まれるなんてことはこれっぽっちも考えていなかったのだろう。そこへ俺がおっぱいを揉もうとしたから、例の結婚の掟とかを思い出して慌てたんだ。


 つまりは策略とか覚悟とか以前の問題であり、例によって例の如く、天野さんの自爆。

 ただ、今回はそれをごっちゃんゴールと決める気にはなれなかった。

 そりゃあこうして裸を見せてくれてるわけだし、嫌われてはいないと思う。仮におっぱいを揉んでいたとしても、泣いて拒否されるなんてことにはならなかっただろう。

 

 だけどな、やっぱりこういうのはお互いの気持ちが大切じゃないか。

 こんな天野さんの墓穴に付けこむような形ではなく、せめて「おっぱい揉んでいい?」と俺の方から事前に申し込んでしかるべきだ。そこで天野さんが「ええ、どうぞ」と了承してくれたら、俺はその時になって初めて彼女のおっぱいに指を埋める権利を得る。俺と天野さんの関係は正直言って変だけど、だからこそこういうことはちゃんとすべきではないかと思うわけだ。

 

 いや、へたれとか、根性なしとか、そんなんじゃなくて!

 そこんとこマジでよろしく!!

 

「せ、先輩、ちょっと痛いです」

「あ、悪い。考え事してたもんだから。これぐらいでいいか?」

「は……はい……それぐらいでお願いします」


 肩揉みなんてやったことがないからあまり力加減がよく分からないけれど、これぐらいかな、こんな感じかなと色々と試しているうちに何となくコツが掴めてきた。

 意外と楽しいな、これ。何と言っても肩越しに見えるおっぱいが気持ちよさそうにたゆんたゆん揺れる光景が最高! 絶景かな、ああっ、絶景かなぁぁぁー!


「先輩……気持ちいい、です」


 天野さんの口からやがて熱い吐息が漏れ始める。

 俺は肩を揉みながら、いつかはもっと違うところを揉みしだいて今以上に気持ちよくさせてやるからなと心に誓った。


 てか、これもデッサンの一環だったはずだが、完全に忘れてたな、俺たち? 

 ま、いいか。

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