俺が育てた義妹がしたたか可愛い 2

 その言葉にはさすがに驚きを隠しきれなかった。

 とっさに表情を取り繕いつつ、アッシュフィールド侯爵へと視線を向ける。俺が視線を向けた意図に気付いた彼は「彼の言葉は真実だと俺が保証しよう」と口にした。


「私は妻を殺したダルトン子爵の罪を白日の下に晒し、断罪するために生きてきました。もしあなたがその糸口となる情報を持っているのなら、どうか私に教えていただきたい」


 真摯に訴える赤い瞳に、精悍な顔を縁取る栗色の髪。その顔立ちを見て理解した。サラとティムは、マイラとブライアンの特長を少しずつ受け継いでいる。

 ……間違いない。

 目の前にいる男こそが、マイラが死に別れたといっていた夫だ。


「……驚きました。俺は彼女から、夫は亡くなったと聞いていたので」

「聞いていた……それは、つまり?」

「生きています。あの香水を作ったのはマイラ本人です」


 ブライアンが大きく目を見張った。


「妻が、生きて、生きているのですか!?」

「ええ。双子の子供達とともに、ウィスタリア侯爵領に身を寄せています」

「おぉ……なんという僥倖だ。神よ……」


 ブライアンの瞳から大粒の雫が零れ落ちた。




 その後、アッシュフィールド侯爵の気遣いでブライアンは退出。続けて人払いがなされ、俺とシャロだけがこの応接間に残された。


「いやはや、まさかキミ達がブライアンの妻を保護しているとは思わなかった。もしかして、うちの過去についても知っていたのかな?」

「……過去、ですか?」


 巻き戻る前の記憶を含めても心当たりがないので首を横に振る。


「俺の勘違いか。おまえの察しの良さはときどき神懸かっているからな。もしかしたら、この件も狙ってのことかと思ったが……さすがに考えすぎだったようだ」

「……どういうことでしょう?」


 察しの良さは未来を知っているから。その辺りを探られているのかと警戒心を抱くが、結果から言えばそれは杞憂だった。


「ダルトン子爵が魔導具で火を掛けたと思われる家の一つが、姪の嫁ぎ先だったのだ」

「……そう、でしたか」


 アッシュフィールド侯爵の姪が亡くなっているという知識は持ち合わせている。その死因までは覚えていなかったが――ダルトン子爵の陰謀によって殺された、と言うことだろう。


「……アッシュフィールド侯爵は、ディラン名匠の悲劇をご存じですか?」

「――お兄様!?」


 俺の問い掛けをシャロが慌てて遮る。

 だが、それも無理はない。

 ディラン名匠の悲劇とは、この国では有名な逸話である。


 かつて、大陸一と吟遊詩人に歌われた名匠の打った剣は凄まじい切れ味で、切り結んだ剣すらも絶ちきると言われていたのだが、その剣の一振りがある日、悪党の手に渡った。

 その悪党は剣の達人で、名匠の剣を使う彼は無敵だった。

 結果――多くの罪のない者達が虐殺された。


 事態を重く見たかつての領主は、悪党共々、剣を生み出した名匠を罰してしまった。結果、その領地から工匠達が去り、その領地は衰退していった――という逸話である。


 つまり俺は遠回しながらも、マイラを罰するつもりであれば、あなたは自分の身を滅ぼすことになると警告したも同然、という訳だ。


「俺は彼女を保護すると約束しました。なので、彼女の作った魔導具があなたの姪を殺したと言うのなら、あなたの目的をたしかめずにはいられません」


 アッシュフィールド侯爵は愚かな人間じゃない。

 だけど、感情と理性は別物だ。


「……ふっ、まさか、そのような警告をされるとは思わなかった。だが心配するな。魔導具に思うところはあるが、その作り手に罰を求めるほど俺は狭量ではない。」

「その言葉、信じます。同時に、さきほどの非礼を心からお詫びいたします」

「非礼を許そう。そしてあらためて頼む。ダルトン子爵の罪を明らかにするためはマイラの協力が不可欠だ。どうか、そなたから頼んでくれまいか」

「かしこまりました。最終的な判断は彼女に委ねますが、全力を尽くすと約束しましょう」

「ふっ、やはりそなたは情に厚い男だな。リネットを安心して任せられる」

「はは……」


 マイラに危険がないと分かって安心したが、そこに落ち着くのは予想外である。というか、横から俺を見る、シャロの無言の圧力がキツい。

 別に狙った訳じゃないので、そんな目で見るのは止めて欲しい。




 アッシュフィールド侯爵との話し合いが終わった後はめまぐるしく状況が動いた。

 まずはマイラの件だ。香水の試供品を追加で届けてもらう名目でマイラを王都に呼び寄せ、ブライアンと再会をセッティングした。


 お互いが死んでいると思っていたようで、その再会は感動の光景だった。

 見ているこっちが泣けてくるほどだ。


 対して、母親しか知らずに育った子供二人が、両手を広げるブライアンを前に戸惑っている姿が対照的だった。彼らは、これから家族の絆を育んでいくのだろう。



 また、それに平行して、シャロもお茶会でずいぶんと活躍している。香水の評判も上々で、生き別れになった二人を十数年越しに再会させた逸話と共にずいぶんと評判が上がっている。

 そして――



 初夏になり、社交シーズンが終わった。それはつまり、シャロが俺の補佐役として認められるための試験期間である一年が過ぎたという意味でもある。


 ウィスタリア侯爵領の領都タリア。さきに屋敷に戻って香水の量産化に取り組んでいた俺達は、社交シーズンを終えて帰還した父上に呼び出された。

 父上の執務室。

 俺とシャロは、執務机の向こうに座る父上と対面する。


「さて……なにから話したものか。そうだな。まずはダルトン子爵の件から話そう。マイラの証言が有効と判断され、ダルトン子爵はその地位を失うこととなった」


 ダルトン子爵は断罪、空席となった子爵の地位は甥っ子が継ぐこととなったらしい。


「十年以上前の事件とうかがっておりますが、そこまでの証拠が揃ったのですか?」

「被害者の生き残りが、魔導具の見た目を覚えていたのだ。マイラの証言により、ダルトン子爵の持ち込んだ魔導具が火災の原因だと立証された、という訳だな」

「なるほど、それでは言い逃れも出来ませんね」


 とはいえ、貴族の証言に比べて、平民の証言は軽んじられる傾向にある。それも十年前の出来事となれば、そう簡単に断罪にまでは至らないはずだ。

 にもかかわらず断罪に至ったのは、より上位の貴族が関わっているからだろう。アッシュフィールド侯爵家を敵に回した。それがダルトン子爵の最大の敗因だ。


「アッシュフィールド侯爵からそなた達に感謝の言葉が届いている。姪の仇を討つ切っ掛けを与えてくれたことに心から感謝する、とのことだ」

「身に余る光栄ですね」

「謙遜することはない。俺も父として鼻が高い。この一件は、おまえ達二人の功績と言えるだろう。それに香水の件も聞いている。ずいぶんと評判なようだな」


 後半はシャロに向けた言葉だ。


「おかげさまで、多くの領地から香水の取り引きについての申し出を受けています」

「うむ。だが高価で貴重といえば聞こえは良いが、それほど多くの数は出ないだろう。シャーロットはそのことについてどう考えている?」

「それは――」


 シャロは俺を見上げた。

 次期当主としての経営戦略であるため、俺が答えるべきだと思ったのだろう。だが俺が答えるよりも早く、父上は「そなたに聞いているのだ」とシャロを見た。

 どうやら、これはシャロへの最終試験のようだ。


「では、僭越ながらお答えいたします。たしかに香水の販売量は多くありませんが、商人はなにも香水だけを運ぶ訳ではありません。上手くすれば、領地の交易は盛んになるでしょう」


 それは俺も考えていたことだ。

 各地の商人が香水の買い付けに来る。来るときに空荷ではもったいないのでなにかを運んでくるはずだし、帰りに他の商品を買って帰ることも考えられる。

 重要なのは、香水の販売によって、そういう機会が得られるということだ。


「なるほど。そうしてウィスタリア侯爵領の交易を盛んにすることが、シャーロットなりの、ノエルへの補佐、ということか。他にはなにもないのか?」


 俺がシャロの努力を報告したときと同じだ。

 父上の声色には、結果への不足を示すようなニュアンスが感じられる。


「今回のお兄様への影響はそれだけです。ただし、香水がもたらす恩恵はそれだけではありません。このことを切っ掛けに、次はよりお兄様のお役に立てるでしょう」

「……ほう? 面白い。どうやって役に立つつもりだ?」

「香水は一種ではなく、これから様々な種類の香水を開発していく予定です。それらを誰に優先的に卸すか、その権利をわたくしが持つことで、社交界での影響力を強めるつもりです」


 俺は目を見張ってシャロを見た。

 流行に乗ることが貴族としての力を誇示するための手段の一つとなっている。ゆえに、貴族達は流行に敏感だ。新作のため、貴族はシャロに多少なりとも便宜を図るようになるだろう。


 だが、俺が目を見張ったのはそれ自体が原因ではない。

 流行の最先端に立てば社交界での影響力を持つことが出来る。そんなことは、貴族なら誰だって知っている。そこで問題になるのは、その流行の最先端に立つ方法だ。

 なのにシャロは一度ならず、今後も流行の最先端に立ち続けると宣言したのだ。


「……ふっ、実に面白いことをいう。それが本当に可能かどうか、これから見極めさせてもらおう。ひとまずは、ノエルの補佐役としての資格有りと認めよう」

「ありがとう存じます」

「――お待ちください。補佐役として認めるのではなく、資格有りと認める、ですか?」


 思わず横から割って入る。

 シャロの政略結婚を阻止するために俺の補佐とする――という話だった。補佐役の資格有りと認められるだけでは、政略結婚を阻止する条件に当てはまらない可能性がある。


「そのことだが――シャロに婚約の打診が届いている」


 父上の言葉に、俺は頭に血が上るのを自覚した。それでも冷静さを失ってはいけないと、必死に高ぶる感情を抑えつける。


「……父上。ウィスタリア侯爵ともあろう方が約束を反故にされるおつもりですか?」

「まぁ落ち着け。アッシュフィールド侯爵家の跡取りと色々あったそうだな?」


 シャロがクルツを叱りつけた件だろう。この件は後日とアッシュフィールド侯爵が言っていたことを思い出すが、それが今回の話とどう繋がるのかが理解できない。


「……アッシュフィールド侯爵から抗議があった、ということでしょうか?」

「抗議? いや違う。婚約の打診があったと言っただろう」

「……は?」


 シャロと顔を見合わせるがやっぱり理解できない。


「シャーロットがアッシュフィールド侯爵のせがれを叱りつけたのであろう? 自分の立場を危うくしてでも叱ってくれた、心優しくも美しい女性に心を奪われた――とお熱なようだぞ」


 シャロの顔が驚愕と困惑に染まる。この顔はなんとなく分かる。俺がよく『どうしてこうなった!?』と思ってるときに浮かべてるのも、きっとこんな顔だろう。


「……お、お父様、わたくしは……」

「分かっている。そなたはノエルの補佐役としての実力を証明した。そなたがこの領地にいたいと願う限り、無理に何処かへ嫁ぐ必要はない」


 シャロは目に見えてホッとした表情を浮かべた。


「であれば、わたくしはこの地を離れるつもりはありません」

「そうか……まあこれは将来のことだ。幸い、相手も返事は急がないと言っている。もしも気が変われば申し出るがいい。そのときは、ノエルの婚約と合わせて考えよう」


 今度は俺が首を傾げる番だった。


「父上、俺の婚約と合わせてというのは、どういうことでしょう?」

「結局は政略結婚だからな。同じ領地と二組も結婚するのは、メリットよりデメリットの方が大きいだろう? 向こうと違って、うちは子供がおまえ達しないないからな」


 それはつまり、シャーロットとクルツが結婚するなら、俺とリネットの婚約は破棄する可能性があるということに他ならない。なにやら、非常にややこしいことになってきた。


「まぁアッシュフィールド侯爵は二組ともでも構わないといっている。よほどノエルのことを評価しているのだろう。ありがたい話ではあるので、ゆっくりと考えるがいい」


 父上はそういって話を打ち切った。

 あれこれ注文を付けてこない辺り、本当にこちらの好きにさせる意思はあるようだ。あるいは、父上にとっても想定外で決めかねているか、だな。

 なんにしても、当面はこのまま現状維持となるだろう。



 父上の執務室を後に、俺は大きく伸びをする。


「色々ややこしいことは残ってるが……ひとまずの問題は解決だな」


 シャロの願い、俺の側にいたい。だから他領には嫁ぎたくないという願いは叶った。もちろん、将来的にはどうなるか分からないが、当面は心配せずとも大丈夫だろう。

 まぁ……ウィスタリア侯爵領に降りかかる問題の数々など、考えなくてはいけないことはこれからいくらでもあるのだが……今日くらいはゆっくりしても罰は当たるまい。


「心地の良い季節だ。天気も良いことだし、中庭でお茶でもどうだ?」

「良いですね。とっておきのお茶とお菓子を用意いたしましょう。ただ、わたくしは少しお義母様に話があるので、それが終わってからでもかまいませんか?」

「母上に? 分かった。なら、お茶会はその後にしよう」

 

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