疾走

「一葉、連行を頼めるか?」

『うん……』


 ――――士気の低下。

 追いかけても追いかけても逃げられる。自分の技術力の無さを見せつけられているような、そんなもどかしい状態が続けばモチベーションが下がるのも無理はない。

 ただ相手はまだ三人も残っている上、藤林に至っては未だ姿すら見当たらず。仮に最初の一人を双葉が逃がしていなければ……いや、そんな風に考えるのはやめよう。


「…………」


 大きく息を吸った後で、ゆっくりと体内から吐き出す。

 残りの体力を使い切る俺の覚悟を察知してか、霧雨が静かに応えた。


『……仕掛ける?』

「ああ。狙えるラインは?」

『……Aと1』

「了解」


 微かなホイール音を頼りにブロック間を移動する。

 周囲を警戒する細身の男の姿を視界に捉えるまで、大して時間はかからなかった。


「C6Nだ」


 報告するなり、気付かれることも構わず最短距離を全速力で駆け出す。

 すかさず男もジグザグとブロック間を移動。しかし追ってくる俺を撒けないと見るなり曲がるのを止め、速度で引き離しにかかるべく一直線に滑り出した。


「!」


 これを待っていたとばかりに、キャプチャルを握り締める。

 ムサシさん程ではないが、投擲には自信があった。

 相手の足首を狙って、抜刀するような構えからキャプチャルを投げる。

 勢いよく飛んだキャプチャルは、背を向けて逃げていた相手の左足首へ貼りついた。


「っ?」


 突然の拘束に驚いた男が振り返る。

 相手の速度が緩んだことで、一気に距離を詰めにかかった。

 姿勢を低くすると、地面を滑っている相手の足首のバンドへ腕を伸ばす。

 ギリギリ届いたキャプチャルが右足首に貼りつくと、両足首を繋ぐ赤い線が現れた。


「…………ふう……確保だ。双葉、悪いが……D4に来てくれるか?」

『わ、わかりましたの』


 全力疾走で息が切れる。

 しかしまだ足を止めるわけにはいかない。


「お、お待たせしましたの」

「悪いな。宜しく頼む」


 双葉に連行を任せ、ブロックの間を移動しつつバディを確認する。

 残り二分。

 そして相手は二人だけ。

 まだ負けが決まった訳じゃない。


「…………っ! E3Wだ」


 姿を見せたスライパーは、最初に逃した眼鏡少女だった。

 俺が見つけると同時に相手も気付いたのか、先程の男同様にジグザグと移動を開始。残る体力を振り絞るように、俺は再び全力でダッシュする。


「ちょっ! 嘘っ?」


 眼鏡少女はターンが苦手なのか、少しずつ距離は縮んでいた。

 手を伸ばせば届きそうなところまで近づく。

 しかし相手はブロック地帯を抜け、広々としたスペースへ飛び出した。


「きゃっ?」


 体力がギリギリだったが、炙り出せればこっちのものだ。

 眼鏡少女が飛び出したのはAライン。そしてこの時を待っていたとばかりに、相手の両足首へ綺麗にキャプチャルが貼りついた。


『……確保』

「はあ、はあ……さ、サンキュー……」

『……残りはきっとA8のブロック隙間』

「ああ、頼む」


 全力疾走を二回は流石にキツく、肩で息をしながら連行を開始する。

 後は藤林を見つけるだけ……この狭いフィールドで隠れられる場所は大してない。


『残り一分です』


 先に連行していた双葉とすれ違った際、チサトさんの通信が耳に入る。

 逃げている時は長く感じるのに、捕まえる時にはどうしてこうも短く感じるのか。


『……いない』

「もっと探してみてくれ!」

『……探してる』


 プレハブは牢屋で何度も通っているし、そこ以外に隠れる場所なんてない筈だ。

 眼鏡少女をムサシさんに引き渡した後で、俺も捜索のために走り出す。

 どこだ…………どこにいる…………?


『こっちもいないよ?』

『見つかりませんの』


 迫りくる時間に焦りが止まらない、

 ここまで探して見つからないなんておかしい……きっと何か見落としがある筈だ。

 慌てずに、落ち着いて考えてみよう。

 ムサシさんのように冷静になるべく、俺は大きく息を吸ってから吐き出した。


「…………」


 ムサシさん…………そう言えばあの人は一体どこに隠れていたんだろう?

 あの大きな身体を隠せるような空間。

 そんな場所、このフィールドの中に本当にあるんだろうか。


『あの程度も見つけられないなんて、五十嵐出雲もまだまだっす』

「……………………っ!」


 俺はプレハブへ慌てて戻る。

 どうしてもっと早く気付かなかったんだろう。

 試合前に俺達の元へ来た時、藤林はスライプギアを履いていた。

 しかしあのインターバルの時、彼女はスライプギアを履いておらず歩いている。

 後半が始まる前にも拘わらず、どうして脱いでいたのか。

 導き出される一つ答え。

 それは今の藤林が、スライパーではないという可能性だった。


『残り三十秒です』


 チサトさんの声を聞くと同時にプレハブへ入る。

 しかし向かったのは牢屋の部屋ではない。

 その手前にある細長い部屋……何度も素通りしていた場所でもある。

 それ故、中に誰もいないのは確認済みの筈だった。

 こんな場所に隠れる筈がない。

 ただそれは藤林がスライパーだった場合の話。

 仮に今の彼女が、トリッカーだったとしたら?


「いたっ!」


 死角となっていた上を見て、思わず声を上げる。

 そこにはエレクトログリーヴを履いた藤林が、蜘蛛のように天井隅へ張り付いていた。


「忍法猿真似!」

「っ?」


 見つかるやいなや、少女は勢いよく跳躍する。

 そのまま窓から外に出た藤林の後を追い、俺も全力で走りだした。


「忍法観音隠れを見破るとは、中々やるっすね甲斐空也」

『残り十秒です』

「くそっ!」


 尽きかけの体力では、少女に追いつかない。

 仲間達にはチサトさんが伝えているだろうが、恐らく間に合わないだろう。

 やるしかない。

 一対のキャプチャルを左手と右手、両手に握り締め狙いを定める。


「!」


 チャンスは一度だ。

 藤林がブロック地帯へ入り移動場所が制限された瞬間、俺は少女の両足首を目掛けて勢いよく投擲した。


「忍法――――」


 その瞬間、少女は高々と跳び上がる。

 二メートル……いや、三メートルは跳んでいただろうか。

 まるで翼が生えたかの如く、空へ高々と跳んだ少女はブロックの上に着地した。


《ジリリリリリ――――》


 同時に試合終了のブザーが鳴り響く。

 放心としている俺のイヤホンマイクへ、無情にも結果を告げるアナウンスが入った。


《時間になりました。判定の結果、チーム・スナイプストーカーの勝利とします》


 ――――それは甲斐空也と愉快な仲間達にとって、初めての敗北を意味していた。

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