ドグラ・モグラ ―もぐら少女のダンジョン攻略記―

黒喪ぐら

アリスバレー編

1.エミカ・キングモールは今日も穴を掘る。


 掘る。


 掘る。


 掘る。


 穴を掘る――


 シャベルで土を掻きわけ、横穴を、奥へ奥へ。

 モグラのように、ただ、掘り進める。

 一心不乱で、自動的に。

 あるいは無心で、無意識的に。


 掘る。


 掘る。


 掘る。


 それは、昨日も一昨日も繰り返した作業。

 そして、明日も明後日も繰り返す作業。

 ダンジョン地下一階での穴掘り。

 私、エミカ・キングモールは、今日も、掘って掘って、掘りまくってる。

 ――キラリ。

 作業を続けていると、不意に小さな瞬き。

 頭の光石の灯りが何かに反射した。


「おっ、これはでかい!」


 ていねいに両手で土を払い、埋まっていた小石ほどの大きさのそれをつかんだ。薄っすらと青いガラス片。手のひらに置くと、内包された魔力の熱をわずかに感じることができる。

 それは〝魔石クズ〟と呼ばれる魔石のなりそこないだった。


「いえーい、今日イチのお宝げっとー!」


 私は腰に下げた布袋に魔石クズを収めると、本日の収穫分をざっと計算した。


「うーん。ま、最近にしては上出来かぁ……」


 ダンジョン地下一階での魔石クズ集め。朝から晩まで、ほぼぶっとおしの仕事。さすがに、もうお腹もペコペコだった。


「よし、今日はおしまい! エミカ・キングモールこれより帰還します!」


 今日一日で掘り進めた横穴を這い出ると、仕事終わりの妙なテンションの私は鼻歌まじりで地上に向かった。

 このまま家に帰り、お風呂に入り、ご飯を食べ、眠る。そして翌朝からまたダンジョンにこもり、穴を掘る。それが母親が亡くなった十歳の頃より四年間、私が一日も欠かすことなく続けてきたサイクルだった。

 四年。

 そう、四年だ。

 四年間の長きに渉り、私は地下一階のあらゆる場所で横穴を掘り、魔石クズの収集を行なってきた。

 おそらく、それが原因なんだと思う。

 最初の頃と比べて、明らかに魔石クズの採れる量が減ってきているのは。


「やっぱ、そろそろマジメに考えてかないと……」


 ダンジョンの下層に行けば行くほど、良質な魔石クズが採れると聞く。それなら地下二階や三階にでも下りて採掘場所を変えるべきなんだと思う。

 ダンジョン地下、深く深く。

 ためしに、そんな場所で自分が穴を掘ってる姿を想像してみた。


「………………」


 うん、無理。

 マジ無理。

 頭を過ぎったのは、四年前のできごと。それは自分が初心者ニュービーだった頃に植えつけられた恐怖。

 そもそもいっちょまえの冒険者を気取り、登録初日にもかかわらず単独で地下二階層にまで足を伸ばしたのが間違いだった。結果、洗礼としてミニゴブリンの群れに襲われた私は逃げ惑い、そして泣き喚いた。


『ぴぎゃあ”あ”ぁぁぁああああああーーー!!』

『うふふ。あの子、はしゃいじゃってかわいいわね』

『ありゃー見るからに新参だなぁ』

『てか最弱のミニゴブリン集めて何やってんだ』

魔物飼いモンスター・テイムの練習でもするつもりかね?』

『初めてのダンジョンで舞い上がってんだろ。そっとしといてやれ』

『あ、転んだぞ』


 通りすがりの大人の冒険者たちは最初私がふざけて遊んでいるものだと勘違いしたらしい。

 結局、彼らが「あれマジでやられてねぇか?」と救出に動いてくれたのは、豪快にずっこけた私がミニゴブリンの群れに取り囲まれ、何度も何度も足蹴にされたあとだった。


『うわぁぁああーん、もうおウチ帰るぅぅう~!!』


 トラウマとなったその一件以来、私のダンジョンの活動可能領域は地下一階限定となってしまった。


「今日は地下の十一階でボス狩りな!」

「えー、九層でリザードマン狩ったほうが効率いいじゃん」

「ばっかやろ、お前! レアドロップ狙いで一攫千金のが夢あんだろ!」

「「「ワハハハッ!」」」


「………………」


 地上に繋がる出口の近く、わいわい騒ぐ男女の集団とすれ違った。

 全身に煌びやかな装備を身にまとったパーティーだ。防具は土で汚れたオーバーオールと長靴。そして、武器はシャベルという私の出で立ちとは大違い。まさに、これぞ冒険者様一行といった感じ。


「はぁ……」


 そのまま地上に繋がる階段を一段一段上がりながらに思い出す。

 自分にも、大きな夢があったことを。


 迷宮攻略者のように、歴史に名を刻む偉大な冒険者になること――


 今思えば、なんて愚かな夢だったか。

 非力で才能のない私が、強大で凶悪なモンスターたちと戦えるはずもないのに。

 十歳で夢をあきらめた私は、現実を見た。


 二人の妹をやしなうために必要なもの。それは、夢なんかではなく、だった。

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