第16話 ニーナ報復を考える其の4 ニーナは傑物に説教をする。

 商人ギルドに着いたニーナは丁重にもてなされ商人ギルドのグランドマスターの部屋に案内された。


 商人ギルド本部ということもありギルド職員は美男美女が勢揃いしている。


 男性職員何気ない仕草や笑顔一つで以前のニーナなら心揺らいだかもしれないが今のニーナは不思議とそんな感情は湧かなかった。


 それは果たすべき目的があるからなのかこの世界に来て自身の価値観が変わったからなのかは分からない。


 調度品一つ見てもそれなりの値が張るものが集められている事だろう事は特別物欲があるわけでも無いニーナにも分かった。


 そう言ってもただお金に物を言わして高級品を並べてみましたという訳でも無い。


 それなりにさり気なく配置されている辺りが商人達が貴族と違いセンスがある所なのだろう。


 一番奥の扉をギルド職員が開けると年のころ六十位と思われる老人が立ち上がりまっている。


 髪は白髪で綺麗に後ろに撫で付けられている。


 背は然程高くはないがそれなりに身体は引き締まっており何より表情は笑顔だった物の眼光だけは鋭かった。


 彼がこの商人ギルド本部のグランドマスターであり商人ギルドを全て取り仕切る会頭エルミナ・コルベールその人だ。


 エルミナ・コルベールは小さな商店の丁稚奉公から今の商人ギルドの会頭へとのし上がったいわば商人の中の商人。


 傑物、化物、人外、金の亡者等呼ばれ方は様々だが、この世界において彼の名を知らぬ者は居ないとまで言われている位には有名人だ。


 彼を傑物たる者としている所以、まるで未来を見てきたかの様に物の流れを読みそれを最高のタイミングをもって売り出す所にあった。


 簡単に言えば底値で買い最高価格の時期に売り抜ける。これを永遠と繰り返して来た。


 その流れの読みを決して


 ニーナの元居た世界であったとしても彼の能力ならば直ぐに億万長者になっていただろう。


 エルミナはそうして自身の居た商会を大きくした後、独立した。


 独立した後も更に商会を大きくしこれからの時代は商会同士が小さな枠内で争うのでは無く、お互いに協力し横へと広げていかなければ商人に未来はないと提言した事から発足されたのが今の商人ギルドである。


 相互自助努力により商人が扱う物の垣根は取り払われ日々の生活用品から戦争に使う武器をも扱う迄に至った。


 商人に成り立ての者なら傑物エルミナ・コルベールに会えただけで歓喜をするものだが、ニーナはいつもと変わった様子は無い。


 彼女もまたこの世界ではエルミナとは違うなのだから。


 卑下する事も無く同等に並び立てる者としてニーナはエルミナと対峙しているのだった。


 エルミナがニーナに会ってみたいと気紛れで商人ギルド本部で言ったのがこの邂逅に繋がったのは言うまでも無い。


 「ようこそ、商人ギルド本部へワシがこの商人ギルド本部の会頭エルミナ・コルベールじゃ。人からは色々な呼ばれ方をしておる。金の亡者なんてのは中々素直で気持ちいい物じゃ。」


 自ら金の亡者と呼ばれて喜んでいる辺りこのお爺さんは頭がどうにかなっているのかしら?とも思わなくも無いが天才の馬鹿は紙一重とも言うのでそういう物なのだろうと納得した。


 「ご紹介ありがとう。私はニーナよ。貴族でも何でも無いからのニーナよ。」


 「ワシを見ても態度一つすら変わらないとは中々見所があるお嬢さんじゃ。」


 「エルミナ、私はお嬢さんじゃないわ。よ。」


 「ワシとした事がこれは大変失礼をした。」


 たかが名前の事くらいでエルミナが謝罪するとは思わなかった。

 商人ギルド職員はエルミナが謝罪した事に驚きの表情を浮かべた。


 たかがお嬢さんと呼ばれたくらいで訂正を求めるニーナもニーナだがそれを謝るエルミナもエルミナだと思ったからだ。


 大半の者が何故言い直したのか、エルミナが謝ったのか分からなかったからだ。

 

 お嬢さんという呼ばれ方は別に侮蔑の意味は無い。


 寧ろ丁寧だとさえ思われる。

 それを何故わざわざ言い直させる必要があったのか。


 「エルミナ、周りの職員が首を傾げているけど貴方が作った商人ギルドはのレベルなのかしら?」


 初対面であり会頭でもある自分達の上司エルミナを気安く少女が呼び捨てにしている事も気に要らない。


 自分達は商人ギルドの職員である。


 自分達は他人とは違うそんな意識が少なからずあったのだろう。

 それに商人ギルド職員とは商人の中でもエリートである。

 それなりにプライドも持ちあわせている。


 エルミナは気付いた様だが周りの職員はどうやら気付いていない様だ。


 直ぐに指摘をして上げれば職員もそれなりには優秀なのでエルミナ同様気付いたのだろうが、ニーナはそこまでお人好しでは無い。


 「私が商会を立ち上げたとして...... そうねぇ、一年もあれば十分この程度のレベルの商人ギルドなら潰せるわよ。」


 エルミナは苦笑いを浮かべ周りの職員は苛立ちが顔に出ている者も居た。


 「そこの貴方、今小娘が何を馬鹿な事を言っているんだと思ったでしょ? 顔にかいてあるわよ。」


 指摘された職員は顔を触りまるで何か書かれているのかの様に慌てて顔を見て拭っていた。


 「エルミナ、どうするの? 潰されたい?」


 「いえ、本当に申し訳ございませんでした。部下の不始末はワシの教育が悪かったせいじゃ。このクビを持って謝罪とさせて貰えないじゃろうか?」


 エルミナはそう言って深々と頭を下げた。


 「エルミナが居なくなったら放っておいても潰れそうね。このていたらくだったら。」


 ニーナはただただ辛辣だった。


 周りの職員も頭が混乱しているのだろう。


 高々名前の呼び方一つでグランドマスターのクビが飛びかけているのだから。


 「エルミナ、無知蒙昧なる有象無象達に説明して差し上げたら如何かしら?」


 ニーナは自分から説明をする気はない様だ。


 代わりにエルミナが説明をして始めた。


 ニーナは高みの見物である。


 「君達は自身や商会にを必ずもたらせてくれる相手と接する時にどうしているのじゃ?」


 エルミナのその説明に何人かの者ははっとした表情を浮かべた。


 「君達は自身に利益を与えてくれる存在と取引する際にお嬢さん、お爺さん、おばあさん、他にも色々呼び方はあるのじゃがその様な呼び方をするのか?」


 此処まで説明すればほぼ全ての職員も気づいただろう。


 ニーナは商人ギルドに莫大な利益を齎せている相手だ。


 わざわざニーナはただのニーナと自己紹介をした。


 別に様を付けろとは言っていない。そこまで分別がない訳じゃ無い。


 それをお嬢さんと悪気は無かったとは言え呼んだエルミナを嗜めたに過ぎなかったのだから。


 ニーナがエルミナを開口1番お爺ちゃんと呼んでいたらどうなっていたか?そう考えたら答えは明白だっただろう。


 ニーナは商売相手としてあくまで対等になる様に付き合っているのだ。

 それをお嬢さんと呼んだエルミナに非があるのは自明の理だったのだから。


 別にニーナは前世の知識を商人ギルド以外に卸す事も出来る。

 わざわざ対等に付き合えない相手と自分が卑下してまで付き合う必要は無い。


 本来なら上から行ってもいい位なのだが、それでも対等を望んでくれているのだから。


 「君達も本部職員だからと若干傲っていた部分があったのじゃろう。今からでも気を引き締め直さないと本当に潰されてしまいかねないのじゃ。」


 「話は終わったかしら? それでどうするの? やる? やらない?」


 既にニーナは悪戯な笑みを浮かべている。


 エルミナもそれが分かっているからこそ


 「これ以上年寄を虐めないで欲しいのじゃ。」


 と肩を落としたのだった。


 若干意地悪が過ぎたとニーナも舌を出してエルミナにウインクをしたのだった。

 

 「まさかこのワシがやり込められるとはの。どうじゃ、ワシの代わりにこの商人ギルドの会頭をやらんか?」


 「嫌よ、そんなの。つまらないわ。私はまだ自由で居たいのよ。」


 「つまらないと来たか。商人も楽しいもんじなぞ?」


 「私は金の亡者ではないわ。ただ旅をするだけの小金が稼げればいいのよ。それに本気出したらエルミナ、貴方無職になるわよ?」


 フフフと笑うニーナにお手上げとばかりに万歳をしたエルミナだった。


 こうして最初はニーナの説教から始まった傑物対傑物の第一ラウンドはニーナの勝利で幕を開けた。


 最初はニーナに懐疑的だった者も今はニーナの言葉を一言も逃すまいと聞き入っている。


 エルミナからニーナに職員達に何か話をしてあげて欲しいと頼まれたので貸し一つねと言って話始めた。


 ニーナも商人ギルドは嫌いではないからだ。


 エルミナが高く付きそうじゃと小声で言ったのは聞こえないフリをした。


 「貴方達は商人です。商人とは商いを行いそこで利益を上げてその利益で商会を大きくしていく。そう思っているわよね。それは間違ってはいないわ。利益も出せないならそれは向いてないのだから他の仕事を探せばいいと思うわ。そうねぇ、でもそれだけでは二流の商人にしかなれないわ。商人とは商品を見つける人よ。商品を開発する人にが出来る人こそが一流の商人になれると私は考えているわ。一時的には利益は出ずに赤字になる事もあるでしょう。商品を開発出来る人を見染める目を持つ事も商人の責務だと思っているわ。商品開発が成功したらそれを見染めた人には投資した以上に莫大な利益を得るでしょう。物を売り買いするのも大事だと思うけどそういう事にも目をむけて欲しいわ。」


 話を聞いていた職員達は何か思う事があったのかそれぞれに考えている様だった。


「私が開発したのは調味料よ。材料があれば誰でも簡単に作れるわよ。でも今まで何故そんな簡単な調味料一つ誰も作れなかったのかしら? それは貴方達のていたらくよ。今ある物をただ人より利益を出す事にだけしていないかしら?

私は調味料一つそれも売上の一割の利益だけで貴方達より遥かにお金を稼いだわ。それ以上にこの世界に彩りを添えれた事を私は誇りに思っているわ。お金も稼げ周りも幸せになるのならそれは素晴らしい事だと思わないかしら? 私はこれからもまだまだ商品を開発していくつもりだわ。勿論旅を続けながらで。商人だけを生業にしてる貴方達は悔しくないのかしら? 悔しいなら私に抗って見せなさい! 私は貴方達の遥か先に居るわよ? 一体この中に私と並び立てる者が現れる事を期待せずに待っているわ。

私からはの話は以上よ!」


 ニーナはそう締めくくった。


 話を聞いていた職員は様々な表情を浮かべていた。


 もう商人ギルド本部の職員等というプライドも粉々になっているだろう。


 それでも慌てて部屋を飛び出して行った者も居る。


 やはり商人は面白いと思うニーナだった。


 「いい話じゃった。ニーナよ感謝する。これであいつらも少しは目が覚めたじゃろう。ワシも昔を思い出したのじゃ。」


 エルミナも会頭とはいえ商人だ。

 

 忘れていた何かを思い出したのかその目は更にギラギラと輝いていた。


 「エルミナも早く私の所までいらっしゃい。」


 「本当に勿体ないのう。今直ぐにでも会頭を代わってやるのじゃがのう。」


 「エルミナは私にやらせて自由に商人やりたいだけでしょ?」


 「バレておったか?」


 「それをしたいなら早く後任を育てなさい。」


 「つくづくニーナが羨ましいのじゃ。」


 ニーナは当たり前よと胸を張った。


 「私はこの世界で自由なのよ!」


 

 この世界で手に入れた本当の自由をニーナはまだまだ手放すつもりはないのだから。

 

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