第45話 子供は見ちゃダメ、って言われてるような!?

「しぇ……シェルディナード、先輩」

 ミウの方をちらりと一瞥いちべつして、シェルディナードは兄達をひたりと見つめる。口許くちもとには笑みが浮かんでいるが、赤い瞳の奥に揺らめく光は酷く冷たく、思わずバロッサ達は背筋を震わせた。

 いつも何をしても何も言わず、ただ受け入れていた異母弟。

 何を押し付けても文句も言わず、雑務を片付けていた道具。

 そこに意思があり、自分達にそんな目を向けてくる、反抗するような気概があるなど、バロッサ達は考えてもいなかった。

「ねえ、いつまで、触ってる、の?」

「ぐあっ!」

 聴こえた静かな声と悲鳴にギョッとしてバロッサ達がそちらを見ると、ミウを捕らえていた従者が、首を後ろから掴まれ持ち上げられてもがいている所で。

黒陽ノッティエルード……!」

「サラ先輩……」

 サラの藍色の瞳がミウを見て、スウッと細まるのと、男の首を掴む手に力が入るのはほぼ同時。

 そのまま首を握り潰せるんじゃないかと思うくらい力が入っているようで、掴まれている従者の顔色がそろそろ紫色になりそうだ。

「サラ。悪いけど、ミウ頼むわ」

「……うん」

 サラにシェルディナードがいつもと変わらぬ様子で声を掛けると、サラは手にしていた従者をそのままぺいっと投げ捨てる。

 捨てられた従者は壁にややめり込むようにして激突し、ドシャッと音をさせて床に落ちた。ピクピクと動いている事から、死にはしなかったようだ。

 スッとミウの傍らに膝をつき、サラはミウの縄を解き始める。

「あ、あの、サラ先輩」

「黙って」

「…………」

 反射的にミウは口をつぐむ。

「ごめん、ね。ちょっと、今、余裕、無いから」

 そう呟くサラの顔からは、表情というものが抜け落ちている。

 けれど、藍色の瞳だけは瞳孔が開き、不思議なくらい強く光っていて。

 バロッサ達は何かがおかしいという漠然とした不安に襲われる。何か。何かが。

「さて、と」

 シェルディナードが静かすぎるくらい静かに言葉を発する。

「改めて聞くわ。俺の彼女に、何してんの?」




     ◆ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◆




 ――――ひぃっ!? 寒っ!? な、なななんか、冷気が!?


 石造りの建物で、暖炉の火も今は消えているから冷えるのも仕方ないとは思うが、どう考えても今感じているのは普通の寒さではない。

 そう、言うなれば第六感的な。

 ミウとしては痛いんだか寒いんだか、な状態である。いや、若干肌を刺すような寒さを感じているので、痛みプラス寒いの二つの効果を伴う寒さの方が僅差で気になる。

 その発生源がどうやらいつも物騒かつ目の前で人を壁にめり込ませる勢いで投げたサラではなく、自分の好きな人だというのも、気になる最も大きな要因なのだけれど。

 と、思っていたら急に視界が真っ暗になった。

「ひぎゃ!?」

「ちょっとだけ、我慢、して」

「サラ先輩!?」

 何やらサラに手で目隠しされたっぽい。何故に。

 視界が遮られると少し、本当にほんの少しだけ寒さが和らいだような和らがないような微妙な感じになる。

 と、言うか。


 ――――あの、これ、子供は見ちゃダメ、って言われてるような!? サラ先輩!?


 あたし子供じゃないですよ!? とは、この場では口が裂けても言える雰囲気ではない。断じてない。


 ――――でも、でも!


「シェルディナード、先輩?」

 恐る恐る、ミウはその名を呼ぶ。

「…………どうした? ミウ」

 いつもの、声。だけど。

「シェルディナード先輩?」

 思わず震える手を、シェルディナードがいるだろう方へ伸ばす。

 見えないし、届かなくて、宙を手が掻く。

「シェルディナード先輩」

 呼ぶ声が、震える。

 まるで夕闇の知らない通りで、迷子にでもなった気分だ。

 置いていかないで、と。泣く子供のような。

 おかしな気分だ。

「ん? 何だよ。ミウ」

「…………!」

 宙を掻いていた手が、温もりに包まれる。

 目隠しをしていたサラが、しょうがないと言うように溜め息をつく。

 そっと目隠しが解かれて、すぐ目の前にしゃがんで手を取るシェルディナードの姿があった。

「シェルディナード先ぱぁいぃぃぃぃっ!」

 赤い瞳を見た瞬間、堤防が一気に決壊した。

 ダパーッと涙が洪水のように流れ出る。

「あー、そうだよな、怖かったよな」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!! 怖かったどころじゃないですよおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

 死ぬと思った。

「痛いしぃぃぃぃぃぃぃー! あの人達嫌いですー!!!!」

「うん。そうだよなー」

 涙はまだ良いとして、鼻水まで止まらない。乙女の尊厳がゼロだ。

 シェルディナードがハンカチを押し当てるようにして涙を拭い、別のハンカチで鼻をかむように勧めてくる。別の意味で死にそう。

 ひっぐ、ひっく、と嗚咽おえつを繰り返し、それがおさまってきたきたのを見計らって、そっと頭を抱き締められ、背中をゆっくり撫でられる。

「うぅ~……」

「頑張った」

 偉い偉い。そんな風になだめられ、心が段々と落ち着いてくる。


 ――――金晶雪華の、匂い。シェルディナード先輩の、匂い。


 血の匂いよりもかぐわしく。心をゆるやかにほどいて癒していく。

「ミウ」

「はい?」

「怖い思いさせて、ごめんな」

 ポカンとミウは目を丸くして口を開ける。

 そんなミウの様子にシェルディナードは思わずというように笑った。

 サラを見てシェルディナードが頷く。

 そしてゆっくりと、シェルディナードは小箱を抱え直しバロッサ達の方へ振り向く。

「兄貴達、さっきの質問に答えてくんねえ?」

「そんな庶民の小娘などどうしようと私達の勝手だろう」

「あ、そ。それが兄貴の考えでいい?」

「何が言いたい」

 シェルディナードが深く溜め息をつく。

「貴族以外の奴の価値は無い。貴族とは全てのものを踏みつけた所にいるもの、と? それマジで言ってんの?」

 ひたりとシェルディナードの赤い瞳がバロッサとガラルドを見つめる。そしてにっこりと笑った。

「馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど」

「貴様!?」

「ここまで底抜けの馬鹿な上に、勘違いしてるとは思ってなかったわ」

「おい!」

 馬鹿にされ、いきり立つ兄二人にシェルディナードは心底呆れた目を向けた。

「そんなんだから、一度も領地の警護に参加しねぇし、領民からも印象最悪がストップ高になるわけだよな。根本から勘違いしてるとは思わなかったけど」

 医者が患者にもう手の施しようが、という雰囲気にとても良く似ている。

「まあ、それは仕方ねえとしても」

 スゥッとシェルディナードの纏う雰囲気が変わる。

「世の中には、手を出していいもんと悪いもんがあるんだよ」

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