第36話 あるべきものは、あるべき場所に

 相応しいものは相応しい場所に。

 あるべきものは、あるべき場所に。

 自らの工房の机、サラは箱に綺麗に畳んだドレスを収める。

「ふふ」

 親友の隣に、このドレスは相応しい。

 サラは人形師。サラにとって人形は『ただの』人形ではない。

 室内で静かに並ぶ人形達へ向けるサラの視線は愛しい人を見るもの。

 そんな人形の為のドレス。

「ルーちゃん」

 大事な人形の為のドレスも、親友の為なら惜しくない。

 サラの唇がほころぶ。

「約束……守って」

 指先がドレスの上を滑る。

 このドレスは、親友の『彼女』の為に。そして、サラにとっても。




     ◆ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◆




「さあ、ミウ。今日は女の子だけの秘密の時間よ」

「カンパーイ」

「か、かんぱーい」

 サラの部屋みたいなエリア規模ではないが、充分に広いエイミーの自室にて、ふかふかな絨毯じゅうたんの上に散らされた沢山のクッション。飲み物とお菓子も用意して、身に付けるのは文字通りパジャマだけ。

「今さらだけど、エイミーってやっぱり貴族なんだよね」

「あら。親しみやすいという意味ね? ありがとう」

 おっとりと微笑み、エイミーが伏せるように寝転びながら紅茶のカップに口をつける。

 アルデラはチップスをつまみ、ミウはくすくすと笑う。

「よくミウ、大丈夫だったよね。シェルディナード様達と比べると」

「エイミーちゃんは優しいから、最初から怖くなかったけど、シェルディナード先輩もサラ先輩もほんと怖かったんだよー?」

 それでね、とミウが語るシェルディナードとサラの恐怖話を聴いて、エイミーとアルデラは微笑む。

「それで」

「ミウ」

「なぁに? エイミーちゃん」

 首を傾げてミウがエイミーを見る。

「まだ、シアンレードの若様の彼女、やめたいのかしら?」

「…………やめたい」

「ねえ、どうして?」

 エイミーの問い掛けに、ミウは一度瞳を閉じる。

 再び開いたそこには、静かな決意の色があった。

「あたしは、好きでシェルディナード先輩に告白したんじゃないの」

 ミウは側にあったふわふわのクッションを胸に抱き寄せる。

「好きじゃないのに、告白しちゃった」

 アルデラは不可解そうな表情でミウに言う。

「今、ミウが好きなら良いじゃない。別に」

「ダメだよ」

 きゅっとクッションを強く抱く。

 ここは秘密の、友人だけの、集う場所だから。

 息を吸い込む。

「……だから、ダメなの」

 ふわりと香る仄かな金晶雪華ルチルフィオナの匂い。


 ――――この気持ちは、恋に似た……何か。


 恋に似ているけど、恋じゃない。恋では、いけない。

「好きじゃないから、無かったことにして下さいって、あたしは言ったもん」

 その別れる為の条件は、釣り合うようになってフること。

「罰ゲームだから、告白しただけ。それを受け入れられたから、彼女になったの」


 ――――そういえば、結局、きちんと謝れてないな……。


「だから、このままじゃ、ダメ」


 ――――きっとシェルディナード先輩は、今のままでも変わらない。


 ずっとミウを彼女として扱ってくれるだろう。罰ゲームで告白しただけの、馬鹿にしているかのような理由で告白してきた相手でも、きちんと『ミウ』を見てくれる。

 それがわかっているから、ダメだとミウは思う。それに、

「このまま、罰ゲームで告白したから彼女になった、なんてままでいるの、やだ」

 ミウはクッションに視線を落とす。罰ゲームで告白したから彼女になった。シェルディナードに失礼なのもあるけど、ミウ自身そんな状態で、そんな風にシェルディナードに思われたままなんて、嫌だ。

「だから絶対、シェルディナード先輩の彼女、やめるの」

 このままじゃこの気持ちはずっと、恋に似た何かで。

 恋と呼べない。

 瞳を閉じて、クッションにミウは顔をうずめた。

 自覚したら進行の早いやまいだから、見て見ぬふりで逃げてきたけど、もうやめる。

「好き……だから」


 ――――ほんとに、どうしてかな…………。


 彼女何人もいるし、人をからかって遊び倒すし、セクハラな言動はするし、控えめに言って最低なんじゃないかなって思うんだけど、と。考えれば考えるほど何故なのかわからない。

 でも、好きなのだ。

 好きなんだから、仕方ないじゃないか。

 この気持ちをあるべき名で呼ぶために。あるべき形にするために。

「あたしは絶対、シェルディナード先輩の彼女をやめるの」

 あるべきものを、あるべき場所に。

 ポスッと埋めていた顔を上げ、クッションに顎をのせる。

「それに、やっぱりあたしにはシェルディナード先輩の彼女無理だよ」

「どうして?」

「だってあたしは、あたしだけを見て欲しいもん」


 ――――独り占めしたい。なんて、今のあたしじゃ言えないもん。


 好きな人は独り占めしたい。でも、独り占めできる魅力は残念ながら無い。


 ――――シェルディナード先輩が、目を離せないような、あたしだけしか見えなくなるくらいの魅力を身に付けるって、無理ゲーな気がするけど……。


「そうねえ。シアンレードの若様は三男だけど、婚約者もいるし」

 そこはもうミレイも言っていたが、シェルディナードが貴族である以上は仕方ない。だから無理だなと思う理由でもあるけど。

 絶対独り占めできないのが確定しているようなものだ。

「…………だよね」

 魅力云々の前に、自分だけを見て欲しいというミウの願いは身分的な意味で叶わない。ちょっとミウの目が遠くなった。

「しかも確かお相手は……」

 エイミーが困ったような笑顔で片手を頬に当てる。

黒月ノッティシェードだったはずよ」

「え。うわー……それ大丈夫なん?」

 アルデラが言った言葉にミウは首を傾げた。

「今代の黒月ってアレでしょ。凄くヤバいって聞いた事あるけど」

「お綺麗な方よ。少し……周囲を省みないけれど」

 溜め息をつきながら、エイミーは「秘密よ?」と言って話し出す。

「ケル様に伺ったお話だと、シアンレードの若様しかいないと判断されたらしいの。黒月はリブラの若様とは継承の仕方も……穏やかではないし」

「それなー」

 黒月。サラの黒陽ノッティエルードと同等の意味を持つ名称であるものの、その継承方法はいささか物騒だ。

「先代の黒月は、今代のお母様だったわね」

「確か継承早くなかった? 聞いた時、怖っ! って思った記憶あるんだけど」

「物心ついた頃、だったかしら」

「そんくらいで自分の母親殺すとか、怖すぎでしょ」

 家の長子に継承される黒陽と違い、黒月は対象を殺す事で継承される。

「そう思ったからお相手探しも難航していたらしくて。シアンレードの若様が丁度その頃、リブラの若様とお友達になっていたのよね……」

「つまり……」

「またサラ先輩が原因なの……」

 黒陽であるサラもまた、非常に扱いが難しく周囲が手をやいていた所に、シェルディナードが友人となったものだから、便乗気味に婚約となったようである。

「黒月の御方は他に好きな殿方がいらっしゃるご様子だけど、家の結婚には何もおっしゃっていないのよ」

「うーわー。カンペキな貴族の婚約。凍死しそう」

 まったく暖かみが感じられない。アルデラがぶるっと自身の肩を抱いて身体を震わせた。

「…………。シェルディナード先輩は、どうなのかな」

「ケル様いわく、『貴族の結婚』は『義務』だとおっしゃっていたから……」

 ある意味、両思いの気配。

「うー……あー。やめやめ! 変な雰囲気になっちゃった!」

「そうね。このお話はここまでにして……」

「う?」

 エイミーとアルデラがミウを見る。

「ミウ。リブラの若様からドレス送っていただけたの」

「やっぱりさ、明日の前に一度着ておいた方が、良いと思うんだよね」

「あ、あの、エイミーちゃん? アルデラちゃん!?」

「と、いうわけで。うふふ」

「ちょーっとイイコトしよっかー?」

「え。ちょ、アルデラちゃ、みぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!?」

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