第29話 お人好しかつ間抜けそうな顔

「あ。サラ先輩」


 ――――ひぇっ!?


 放課後、黄昏に染まる温室の前に佇むサラらしき人物を見つけて声を掛けたミウは、思わずビクッと身をすくませた。

 サラの額に、ピキッと青筋が浮いたからである。

「私を、アレと間違えるか…………?」

「え。え?」

「君がシアンレードとアレの玩具になっている少女か。気の毒だとは思うが、私とアレの区別がつかない時点でそれも致し方無いな」

 サラに似たその人物は、よく見れば服装と髪の色も微妙に違う。歳は同じくらいだろうが、サラよりも雰囲気が鋭そうで、眉間にシワが寄っている。綺麗な顔立ちなのは変わらないのだが、よく見れば雰囲気も大分違う。

 サラのように黒いズボンの上にセンタースリットの黒く長いスカートも無い。その代わり、白衣を羽織っていた。

 声もサラより硬く、サラと違って混じりけの無い金髪だ。

「ご、ごめんなさい!」

「……ふん。まあ良い。それより、君で間違いないな?」

「はい?」

 説明するのが面倒になったのか、ズカズカとその少年はミウのすぐ前まで歩いてくる。

「…………お人好しかつ間抜けそうな顔。間違いないな」

「サラ先輩と口の悪さは同じじゃないですか!? ――っ!」

 思わずサラに言うように言い返してしまい、ミウは慌てて自分の口を両手で押さえる。

 だらだらと嫌な汗が吹き出た。

「ほぉ……」

 あ。詰んだ。これ。




     ◆ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◆




「あっれー? ラスティシセルじゃん。珍しいな」

「ちっ……。現れたか」

「シェルディナード先輩!」

 今度こそデットエンドかなと思ったミウの後ろから、シェルディナードがサラ似の少年に声を掛ける。


 ――――この人、いま舌打ちした!?


「大学部の学生が高等部に何の用があんの?」

「私とて来たくて来たわけではない。本家のアレに呼び出されただけだ」

「あ。サラな」

 ミウの隣まで歩き、シェルディナードが軽く親指で少年を指す。

「ミウ。こいつ、ラスティシセル。サラの同い年の従兄弟いとこ。高等部は飛ばしたから今は大学部の学生だけどな」

「サラ先輩の、従兄弟」

 実に嫌そうにその紹介を聞いていた少年が、ため息まじりに言う。

「恐らくもう会うこともない。覚える必要もないが、今紹介されたラスティシセル・リブラ・アロマティルードだ。アレと間違えない限りは好きに呼べ」

 腕を組み、若干尊大そうな少年、ラスティシセルがそう言った。

「あれ……来てた、の」

「…………貴様、人を呼び出しておいてそれか」

「サラ先輩」

 今度こそ本物のサラが現れ、ラスティシセルが怒りを抑えるように唸る。

「ラスティシセルもお茶してくかー?」

「いらん。私は研究室に帰る」

 そう言って、ミウにラスティシセルが紙袋を押し付ける。

「え? え?」

「中身を確認しろ。問題無いなら私はさっさと帰るからな」

 戸惑うミウの横から、サラが手を出して紙袋の中身を確かめた。中には幾つかの小瓶とチューブ。

「うん。……問題ない、ね」

 サラの返事にラスティシセルが用は済んだとばかりに歩き出し、何か思い出したように踵を返す。

「次回以降は注文書だ」

「へ?」

 訳がわかっていないミウの手に、追加で紙がじられた冊子を押し付けると、今度こそ去っていく。

「えーと?」

「とりあえず、喉乾いたし入ろうぜ」

 目を白黒させるミウの背を押しつつ、三人は温室へと入る。

 それと同時にシェルディナードもサラもいつものように目出し帽を着用するあたり、もう既に馴染みきっているとしか。

「あら。いらっしゃい」

「何かもう喫茶店と思ってない? まあ、いいけど」

 エイミーとアルデラが出迎え、やがてケルも何となくといった感じで集まれば、いつものメンバーが集合である。

「そう言えば、シェルディナード。今日は体調が悪いのか?」

「いや。何で」

「昼間。学食で食べていた量がいつもと比べて少なすぎると思ったのだが」

「うぐ……」


 ――――ですよね!? やっぱりシェルディナード先輩が食べる量には足らないんですよね……。


 家庭教師のお代として作ってきたお弁当。家にある一番大きいお弁当箱に詰めてきたわけだが、シェルディナードがいつも数名分の定食を飲むように平らげるのを知っているだけに、到底足りなそうだと思っていたのだ。

「あー。あれな。平気だって。充分」

「そうか? 食べる速度も常人並みだったが」

「ゆっくり味わって食いたい時もあんだろ? それだよ」


 ――――味わって食べないで良いですよ。うぅ……。


 一応、残り物じゃなく全部お弁当用として作ったけど、絶対シェルディナードが作った物の方が美味しい。それがわかっているだけにミウは何とも居たたまれないのだが。

「すげー美味かったから、ゆっくり食べたんだよ」

「ふうん?」

 シェルディナードの言葉に、ケルは首を傾げつつその話題はそこで終わった。ように見えたのだが。

「何。そこのシェルディナード様ってその見た目でそんな食べるの?」

「ああ。アルデラ君は見たことが無いか。シェルディナードは普通に五、六人前くらい食べる」

「毎食?」

「まあ、な。俺、家系的に補充型だし」

「あ。そうなんだー。それでか」

「補充型……」

 って何だっけ? という顔をしたミウに、サラからじとーっとした視線が向けられる。

「あ。えーと……」

「うふふ。魔力の限界値と溜め方よね」

 さりげなくエイミーが助け船を出し、ケルがその後を引き継ぐ。

黒陽ノッティエルードのように代を重ねる毎に魔力量と溜め込める限界値が増加するのを家系型。これは限界値の変動はなく、ずっと生涯変わることはない。最初から膨大な量の魔力を保有している事が多いな」

 一口お茶を飲み、ケルはシェルディナードを見る。

「次にシェルディナードや私のような補充型。これは摂取した食物などを即座に魔力に変換していく。蓄えれば蓄えるだけ限界なく貯蔵できるが、魔力を使えば減っていく。寝て起きたら回復とはいかず、新たに蓄えていく必要がある」

「それに摂るもんの相性もあるしな。特定のもん食わないと成長も出来なくなるのがなー」

「そうだな。ある程度まで器が成長すると、特定のものを摂取しないと器の成長が遅くなるのは不便だ」

 成長に必要なものはそれぞれ違うが。そう言って、今度はシェルディナードがミウを見る。

「ミウは蓄積型だよな」

「えーと、はい」

「三タイプしかねーから、俺ともサラとも違うならそれだって」

「う。……はい」

 わかってないのを見破られた感で気まずい。サラの視線も突き刺さる。

「蓄積型はその名の通り魔力を日々蓄積していく。補充型と違うのは魔力は使っても限界値が減ることもなく、一定期間で回復する事だな。魔力の増加量は微々たるものだが、確実に増えていく」

「ねえ、これ、少なくても中等部で習う、よね?」

 サラの言葉がチクチクと突き刺さった。

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