第25話 大目に見てくれても良いんじゃ

 結局、夜会出席はまぬがれなかった。

「うぅ。そりゃ、最後は自分から捕まりに行ったようなものだけどぉぉぉ」

 シェルディナードにタックルした時点ではまだ制限時間内。つまりシェルディナードと触れた時点で捕まった事になる。

 それはしっかりと判定されてシェルディナードの結果画面にも表示されていた。

 シェルディナードを守ろうとしたのだから大目に見てくれても良いんじゃ、とも思うけれど。

「そもそも、シェルディナード先輩はよく考えなくても放っておいて平気だっただろうし」

 昨日の様子では術式を放った相手の目星もついてるらしかったのを思い出し、ミウは溜め息をつく。ダメだ。大目に見てもらえそうもない。

「しかもサラ先輩……」

 あのサラの目。シェルディナードに任された仕事を完遂する為には手段を選ばないだろう。

「そういえば、今日は何なんだろ?」

 放課後に校門で待ち合わせと言われたものの、何があるのか聞いていない。


 ――――ま、いいよね。どうせ拒否してもムダだし。


 ふっ……。と。

 どこか悟りきったような面持ちで遠くを見つめ、ミウは考える。


 ――――それに、セクハラ発言とかいかがわしい言い方はされるけど、シェルディナード先輩から実害受けたことって無いし。


 受け入れる発言を冗談でもするとヤバそうだが、嫌だと言っているうちは何だかんだ言って何もしてこない気がするのだ。

 そんな事を考えながら黄昏が染める煉瓦レンガの路を歩き進むと、そろそろ人気のなくなった校門の脇にシェルディナードが佇んでいるのが見えた。




     ◆ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◆




「シェルディナード先輩。すみません、お待たせしました」

「よ。ミウ」

 昨日狙われたというのに今日も変わらぬ様子で笑うシェルディナードに、何となくミウはホッとする。

「じゃ、行くか」

 そう言って歩き出そうとするシェルディナードに、ミウは辺りを見回す。

「えっと、あれ? サラ先輩……」

「ん? 今日はもう帰ったけど? 何か用事?」

「え。いえ、特にありません」

 ふぅん? と少し首を傾げつつ、なら行こうとシェルディナードが歩き出す。慌ててミウもシェルディナードの隣に並んで歩くのだが、サラがいないのは珍しいので少し変な感じに思った。


 ――――よく考えると……シェルディナード先輩と二人だけって、初めてかも?


 昨日の中間レクリエーション中は除外して。

 いつだってサラか他の人達が一緒で、シェルディナードと二人きりというのはなかったような気がする。

 ちらりとミウはシェルディナードの横顔を見上げた。

 ミウの背丈はシェルディナードの胸辺りまで。シェルディナードの方が背が高いのでどうしても隣を歩くと、やや見上げる形になるのだ。


 ――――見るだけなら、やっぱり整った顔してるよね。シェルディナード先輩って。


 言動とかを考えなければ、綺麗な顔立ちだとは思う。

 つまり言動が全て台無しに……。

「ミウ?」

「は、はい!?」

「あんな。ボーッとしてると危ねぇってこの間も言ったじゃん」

「わ」

 ひょいっと手を取って引き寄せられる。あと一歩踏み出していたら水溜まりに突っ込んでいる所だ。

「あ。ありがとうございます」


 ――――び、びっくりしたぁ……。心でも読まれたのかと思ったよぉ。


 ドキドキと音を立てる心臓に手を当て、考えていることを知られたわけではないとわかったミウは心の中で息をつく。


 ――――手、当たり前だけどあたしより大きいなぁ……。


 サラの手も流石にミウより大きいのだが、シェルディナードの方が感触も骨張っていてゴツゴツしている。


 ――――あ、でも意外に温かい。サラ先輩って体温も低いからほんと人形みたいなんだよね……。もしかしてだからシェルディナード先輩にいつもくっついてるとか?


 まさか暖を取っているのでは。なんて自分で考えても馬鹿らしい事を思い、ミウはしげしげとシェルディナードとつないだ手を見つめていた。

 この間、どさくさ紛れに手をつなぐなと言った事は頭から飛んでいる。

 シェルディナードはそんなミウを見て首を傾げるのだが、まあいいか、みたいな感じでそのまま歩く。

 黄昏から茜に。空模様は金色と薄紅が混じり合う。

 大通りに入ると周囲は一気に人や店の空気で賑やかになった。靴音や話し声、街路樹の葉が風にざわめく音。食べ物を扱う店先からは、何とも言えない食欲をそそる匂い。

「ミウ、こっち」

「あ。はい」

 シェルディナードに手を引かれ、連れてこられたのは木製のドアと漆喰しっくいの壁、赤い屋根の家庭的な暖かみが感じられる佇まいに可愛らしくお洒落な看板が軒先に吊られている店。

「フィオーレ?」

「大衆食堂な」

 軽やかな音を立てドアベルつきのドアが開く。

「わ」

 飴色の木材で作られたテーブルとイスにモダンなタイル張りの床、バーカウンター上部にはグラスがシャンデリアのように下げられている。

「あっれ。シェルディナード、今日シフト入ってたっけ?」

 バーカウンターの中からシェルディナードを見つけた青年が声を掛けて近付いてきた。

 バーテンダーの制服と人懐こい顔。頭では三角のふさふさとした耳が動いている。

「いや。今日は客」

「後の子だれ。つーか、ついに初等部生に手ぇ出したのか? 流石にヤバいだろ」

「初等部生じゃありません!! シェルディナード先輩の一個下ですっ」

「え。あ……あー、えっと、ゴメン」

「ほらほら行くぞ。ザッツ、あっちの席借りる」

「シェルディナード先輩っ」

 ズルズルとシェルディナードはミウを引きずって絵の飾られた壁際の向かい合う二人席へ連れていく。

 ふくれっ面のミウにイスを引き、座らせてからシェルディナードも向かいに座る。

 ミウの顔を見て、シェルディナードはクツクツと笑う。

「気にすんなって」

「…………」

「ミーウ」

 機嫌直せ? とシェルディナードが覗き込むように首を傾げてミウを見る。

 何故か目を合わせたくなくて、ミウは視線を逸らす。

「シフトって……」

「ココ、俺のバイト先」


 ――――何で貴族がバイトしてるんですか!?

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