第14話 何でそんな噂が流れてるんですか!?

 自分が大切だと思う人だけ、居れば良かった。

 それが学園なら親友独りで。

「…………」

 でも、最近起きた出来事で少しだけ、認識が変わった。

「サラ先輩、起きて下さい」

 放課後の講堂、短い黄昏が全てを金色に染める中、すぐ近くで声がする。

 サラはもぞもぞと身動みじろぎして、寝起きでぼんやりとした顔を上げ、声のした方を見る。

「やっと起きてくれましたね……」

「……ミ、ウ」

 声の主はすぐ真後ろの一段高くなった席にいた。

 自分を起こした親友の『彼女』の名を呼ぶ。そして辺りを見回し、コテンと首を傾げた。

「…………ルーちゃん、は?」

「シェルディナード先輩はちょっと用事があるそうで、もう少ししたら戻ると思います」

「……そう」

 目を擦りながら、頷き、放課後の予定を思い出す。

 準備しなければと、机の上に道具を広げる。

「それ……お化粧道具ですか?」

 後ろからミウが何故そんなものを広げているのかと不思議そうに覗き込んでいた。

 サラはちらりとそちらを見て、広げた道具へ視線を戻す。

 緑の髪と瞳。緑は植物の色。

「…………」

 花の土台は緑の茎と葉。

 親友シェルディナードの隣に相応しいのは、絢爛けんらんたる女王の花。

「でも――――」

「何か言いました? サラ先輩」

 サラは微笑む。

「何でも、ない」




     ◆ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◆




「そうや、ミウ。今度の期末夜会、何着てく気?」

 放課後、サラを起こして待っていたミウの元にやって来たシェルディナードが、ミウの後ろの席に腰掛けてそう言った。

「え。出ませんよ」

 期末夜会はその名の通り学期末、試験の後にもよおされる夜会パーティーだ。基本的にそれぞれの修学区分毎に開催されている。

 出席任意だし。出るわけがない。

 大体出るのは貴族や付き合いのある者、繋がりを持ちたい者達だし。

「ん。却下」

「何でですか!?」

 シェルディナードはにっこり笑って言う。

「俺、出るし」

「何でシェルディナード先輩が出るからあたしもになるんです!?」

「だってミウ、俺の彼女じゃん」


 ――――いやぁぁぁぁぁぁ! 無理! 絶対目立つし、耐えられないっっっっ!


 シェルディナードはそれはそれは愉しそうに笑う。

「え? 何? 俺にパートナー無しで独りで出ろって?」

「しぇ、シェルディナード先輩なら、いくらでも他にエスコート希望者いるじゃないですかっ!」

 勘弁して下さいよ! な心を込めてミウはシェルディナードに半ば抗議めいた声で反論。しかし。

「いや、普通パートナーは彼女いるならそいつだろ?」

 だから決定(語尾にハート)なんて言ってくる。

「い、嫌です」

「そんなに嫌か?」

 少しだけ考えるような仕草を見せ、シェルディナードがミウに問う。

「嫌です!」

「わかった。いいぜ。欠席しても」

「え」

「ただし、条件をクリア出来たらな?」

「あの、凄く嫌な予感がして怖いんですけど!?」


 ――――絶対っ! シェルディナード先輩、何か企んでるぅぅぅぅぅぅ!!!!


「明日、教えてやるよ。つーわけで」

「はい!?」

 ガシッとシェルディナードに両手で後ろから頭をつかまれ前を向かされる。

「とりあえず今日はサラの用事優先な」

「ちょっ、シェルディナード先輩!? って、サラ先輩、なに、い、いやぁぁぁぁぁぁ!」

 いつの間にかファンデーションを塗られ、下地を整えられているのがわりと恐怖だ。

「む。……ミウ、動かないで。手元、狂う」

 動かないで。そう言われても鉛筆みたいなもの(アイライナー)を目の近くに持ってこられたら怖い。

「つーかさぁ、ミウってほんと怖がりな」

 動くと余計危ねーよ、と。シェルディナードがしっかりミウの頭を正面に固定する。

「しょ、しょうがないじゃないですか! 怖いものは怖いんです! あたしは弱いんですから!」

「弱いならなおのこと、無闇むやみに怖がってると死ぬけど?」

「ひっ!?」

「いや、マジで」

「お、おおおどかさないで下さいよぉ!」

 何ですかその脅し! とミウが言うと、シェルディナードが事も無げに。

「二年に上がってすぐ第一階層実習あるの忘れてね?」

「あれ、単位取得、必須だったよね。確か」

 ビタリとミウが固まる。

「あ。やっぱ忘れてたな」

「この間の、感じだと……死んじゃう、よ?」

 サラの言葉に、ミウの脳裏に先日の光景が蘇った。

「そもそも、ミウは訳もわからず怖がり過ぎなんだよ」

「そ、そんな事、言われても」

「口、少し開けて、そのまましゃべらないで」

 塗れないでしょ、とサラが半眼で言う。

「この前の時も、それで死にそうになってたのに、懲りねーよな」

「あれ、口で言ってたら、ミウ死んでたからやっただけなのに……」

「そもそもミウって貴族の認識酷くね? 言っとくけど人間でも無差別に処分してねーから」

 え。無差別にやってないの? なんて言葉が顔に出てしまったのか、サラがじとりとした視線を向けてくる。

「違う、から」

「人間てだけで処分しねーよ。話が通じる奴もいるしな」

 人間には会話が通じる者もいる。見た目もわりと近しい事が多いので、よほどの事をしない限りは最初から処分の方向で動かないのだと、シェルディナードは言う。

 領地を治める貴族には外敵排除の他に、そういった話の通じる人間を保護する事も責務として課されているらしい。

 ただ、この間はたまたま話が通じない上にミウに危害を及ぼすと判断する輩だっただけで。

 リップを塗っていた紅筆が余韻を残しながら離れる。黄昏の光が窓の外でチカチカと瞬いた。

「つーか、ヤバくなったのも割りとミウ自身のせいだけどな」

「何でですか!?」

「人間に限らず、まず自分より弱いって判断した奴から狙うから」

「うぅ!」

「びびったり逃げ出しそうなのは一番に狙われるんだよ」


 ――――そんな事いわれても、怖いものは怖いんですよ……。


「だから無闇に怖がんな。まず、何が怖いのか考えろよ」

「何が、怖いのか……?」

「そ。自分が何に恐怖感じてんのか。それがわかると、案外怖くないもんだし」

 いや、怖いでしょ。

 そう思うものの、何となく思い当たる事もある。


 ――――シェルディナード先輩達が怖いのは、貴族だから。


 だから怖いと『思っていた』。

 けれど実際、ミウの考えていた『貴族』と、シェルディナード達は違う。怖い怖いと思っていたものが、きちんと見たらそうではなかった。

 置き換えるなら、落ち着いて何が怖いのかわかれば対処もわかるだろうと、多分そういう事。

「できた」

「お。どれどれ?」

「ふみゃ!?」

 サラが満足げに手を離し、今度はシェルディナードがミウの顔を上向かせて覗き込む。


 ――――近いぃぃぃぃぃぃぃ!!


 真っ赤な瞳。落ちる夕日よりもなお赤く。

 宝石のような艶と深みに引き込まれそうなそれが、ミウを映す。

「さっすがサラ。良い出来じゃん」

「ふふ……頑張った」

「首痛くなるんで離して貰っても良いですか!?」

 なんて日常にも耐性がつき始めたそんな翌日。

 シェルディナード達が来る前に温室へ友人という癒しを求めてやって来たミウを待っていたのは、何故かお茶会に参加していたケルの衝撃的な一言だった。

「君、シェルディナードと黒陽の二人を誘惑してると、噂になっているが事実か?」

「何でそんな噂が流れてるんですか!?」

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