第12話 なんで掘り返します!?

 第六階層は常夜とこよの世界。

 朝も昼も少し紺碧が白む程度の変化しか生じない。

 その世界の城と呼べる建物の内部。部屋と言いつつ幾つもの『小部屋』から成るサラの『部屋』。

 小さなホールといった広さを誇るそこに、着替える少女を待つ部屋の主とその親友がいた。

「……着る、かな?」

 部屋の主たるサラが心持ちいつもより落ちたトーンでそう言えば、部屋の主よりも長椅子で寛いだ感のあるシェルディナードが笑う。

「どっちにしろ、あの格好のまま帰せねぇし。大丈夫だって」

 本当に顔から突っ込んだというのが良くわかる汚れ具合だったわけで。そんな状態で他人様のお嬢さんを帰せるわけはない。

「ルーちゃん。ごめん、ね……」

「どうした?」

「オレが、逃がした、から」

 まるで預かっていた犬か何かを、うっかり逃がしたような言い方と雰囲気である。実際、その感覚に近いのは確かだろう。酷い。

 自身が寛ぐ長椅子をシェルディナードは片手で叩く。それが何を意味するのか聞くまでもなく、サラはシェルディナードの隣に腰を下ろした。

 その距離感が付き合ってるかと思えるほど、ミウとのそれよりよっぽど恋人らしいのだが。

「そんな事もあんだろ。間に合ったんだし、良いじゃん」

 良くない。ミウが聴いていたら即座に抗議しただろう。

「……ねえ、ルーちゃん」

「ん?」

「オレ、怖い、の?」

 サラが困ったような色を声ににじませた。

 相変わらず人形のように変化の乏しい顔だが、その瞳はうっすらと揺らぐように潤んでいる。

「あー。それは気にすんな。ミウにも原因あっから」

「でも…………」

「ミウって俺の事も怖がってるぜ?」

「それちょっとオレとしては意味わかんない、けど……」

 サラにとってのシェルディナードは優しい幼馴染みの親友だ。

 扱いだって丁寧なのに、そんな怖がられる理由がわからない。と思う。

「ルーちゃんと、オレ、だと、何か違う気がする」

 怖がってる種類が何か違うように思えて。

 上手く言えないが、とにかく違う。

 現にミウはシェルディナードには抗議しつつも抱きついていた。対して、サラなど見もしないし近づいただけで拒絶反応を示したのだ。

 普段、親友以外からどう思われようとあまり気にしないサラではあるものの、流石にわかるし米粒程度には気落ちする。

「あ、あのー……」

「お?」

 扉が開き、躊躇ためらいがちにミウが顔を覗かせた。

「えっと、このお洋服……」

「いいじゃん」

 おずおずと姿を見せたミウに、シェルディナードが笑顔を向ける。

 先日見立てたものの他にも、サラが見立てたものも入れたのだが、今回着ているのはそちらだった。

 オフホワイトの柔らかなブラウスに、深く暗い赤から裾に向かって紫になるAラインワンピース、灰色に花の模様が入ったタイツ。靴は拭いたのでそのまま革靴ローファーだが、これならヒールのあるものでも似合うはずだ。

 近寄ってくるミウに、サラはそっと立ち上がってさりげなく距離を置く。

「あの、お代」

「そのままおとなしく貰っとくのと、キスで支払うのどっちが良い? 好きな方選ばせてやるよ」

「ありがとうございます。大事にします」

 瞬時に遠い目でそう返すミウにシェルディナードはクツクツ笑い声をこぼす。

 ちらっと、ミウがサラを見た。

「…………なに?」

「サラ、先輩」

「…………」

「あ、あの……。ご、ごめんなさい」

 バッと頭を下げるミウに、サラはゆっくりと首を傾げる。

「助けて、くれたのに…………」

 逃げてしまって、と。

「……別に。怖かったんでしよ。仕方ない、し」

「…………それから、昨日の、お店でも」

「それは……」

 サラの眉根がきゅっと寄る。

「何で、謝るの」

 傷つけたのは自分なのに。どうしてミウが謝るのか理解出来ない。

「サラ先輩を、傷つけましたし。あたしも言い過ぎだったって、思って」

 頭を下げ続けるミウを見て、シェルディナードをサラは見る。

 シェルディナードの顔には面白がるような色と、微笑ましいような呆れたような色が入り交じっていた。

 赤い試すような瞳と目が合う。

 どうする? 笑いながら問いかけているかのように思えて、サラは僅かに目をみはった。

「いい、から」

 親友から何も言う気が無い事は明白で、サラはぎこちない動きと声でミウに近づいて手を伸ばす。

 恐々とその緑の柔らかなクセ髪に触れて、撫でる。

「オレも、傷つけた、し」

 言い方きつくて。

 そうポツリとこぼした事か、それともぎこちなく頭を撫でた事にか、ミウが驚いて顔を上げる。

「なに?」

「あ。いえ……。えっと、それから、ありがとうございました」




     ◆ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◆




 不思議そうに首を傾げる人形めいた美貌びぼうの先輩に、ミウは少し意外な感じがして、思わずまじまじと見てしまった。

「あ。いえ……。えっと、それから、ありがとうございました」

 ちょっとばつが悪くて視線をらせてそう言うと、何故か固まったような気配がして、ミウは視線をサラに戻す。

「あの、サラ先輩?」


 ――――え。怒ってる? あたし、怒らせた!?


 藍色の瞳が微動だにせずにミウを見ているのがちょっとした恐怖なのだが。

「……いい、よ。それと、怖がらせて、ごめん、ね」


 ――――サラ先輩が、あ、あたしに謝った!? え、この人、偽者とか!?


 大変失礼な思考だが、それくらいの驚きを超えた衝撃である。

「よし! 仲直りしたとこで、ミウ。ちょっと座れ」

 満面の笑みでシェルディナードが自分の膝……ではなく、隣を叩く。

 膝と言われたら速攻拒否だが、だからこそ言われなかった事で警戒が緩んだのもまた事実。

 言われた通りにシェルディナードの隣に座って、はたと何かいつもと違うような感覚になり、ミウは無意識に背筋を伸ばした。

「シェルディナード先輩……?」

「ミウ。何でサラ怖がった?」

「仲直りしたって言ってなんで掘り返します!?」

「真面目な話だぜ? 何でだ?」

 シェルディナードの顔にはいつもと同じ、面白がるような色しか見えないので真面目と言われても、なのだが。

「怖かったから、としか……」

「んじゃ、何で怖いって思った?」

「そりゃ、いきなりすぐ側で人間の首落とされたら……」

 怖くなって普通だろう。

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