第9話 無理です無理です無理ですー!

 第一階層。そこは朝が一番長く、世界の亀裂きれつが一番多く開く場所。

 他の世界から望む望まぬに関わらずこの世界に迷い込む者が一番多い場所でもある。

 そんな階層のとある廃村。

「無理です無理です無理ですー!」

「ははは。大丈夫だって。ちょっとしたレジャースポーツみたいなもんだから」

「ど・こ・が、ですかー!!」

 力の限り絶叫するミウ、笑いながらミウを連れてきたシェルディナード、いつものようにシェルディナードの隣に立つサラの三人は現在、その第一階層にいる。

 天候にも恵まれ、絶好の狩り日和びよりだ。

 階層を移動するには各階の門から門へ行くか、転移石トラベルノーツを使うのが一般的である。今回は一瞬で移動できる後者だったわけだが……。

「いきなりこんな所に連れてこないで下さい!! 死んじゃいますぅぅぅぅ!」

 転移先の設定が、シェルディナード達が前回遊びに来たときのままだったせいで、廃墟の屋根だった。

 シェルディナードもサラも特に問題無いのだが、ミウはシェルディナードの腰にしがみついてガタガタ震えている。

「だーいじょぶだって。そんな高くねえだろ? ほら」

 確かに三階建ての屋根なので、ちょっとジャンプしたら二階くらいまで余裕で届く者が多いこの世界では大した高さではない。が。いきなり連行されていきなりその高さ。ダブルいきなりの相乗効果はミウに対しては絶大だった。

「いやぁぁぁぁあ! 下、見たくないぃぃぃぃぃ!」

「はいはい。んじゃ、降りるか」

 降りるためにシェルディナードはミウを抱え、サラはそのまま重さを感じさせない動きでふわりと降り、一瞬の浮遊感にミウはますます強くシェルディナードのしがみつく。

 軽い音で降り立った地面は一応舗装はされているものの、色々と治安に難がありどこもかしこもThe☆廃墟。

 空気も埃っぽく、色々な臭いが混ざりあっていて嗅覚が鋭い種族ならさぞかしキツいだろう。

「ほら。降りたぞ」

「しぇ、シェルディナード先輩のバカぁぁぁぁぁ!」

 本気で怖いんですからね!? とミウは半泣きの顔でシェルディナードに抗議している。

「悪りぃ悪りぃ。次から気をつけるわ」

「絶対ですよ! 次やったら本気で怒りますからね!?」

「はいはい」

 シェルディナードのその軽さがイマイチ信用出来ない。

 それをはたから見ていたサラは小さく溜め息をこぼした。

 あの程度の『段差』でこの騒ぎようだと、一緒に狩りするどころの騒ぎじゃないな、と。

 今日の目的は、貴族としてのお仕事を兼ねた遊びなのだが、どうも雲行きが怪しくなりそうだ。

 じっと、サラはシェルディナードに抗議するミウを見つめた。




     ◆ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◆




 昨日と同じ正午の鐘が鳴る前に、ミウは家の外に出た。服装は昨日と大差無い。けれど何となく嫌な予感……そう、動物的直感でスカートではなくキュロットパンツ。

 そしてシェルディナード達と合流した所までは、


 ――――う。サラ先輩と顔合わせづらい……。


 どうしよう。なんて昨日の気まずい雰囲気再来かと思っていた。

 が。

「よっしゃ、今日は第一階層でひと狩り行こうぜ!」

 なんて言葉と共に捕獲され、次の瞬間にはどこかの色々崩れた三階建ての屋根の上。

 本気で寿命が縮む。


 ――――そもそも、ひと狩り行こうぜ! じゃないですよー!!


 くどいが第一階層は他の世界と繋がる亀裂が開きやすい階層。

 異世界からの『何か』がそこら中にいてもおかしくない。人間は貴族とは別の意味で怖い。

 魔力がなくても、見たことのない武器を手にしているかも知れないし、見たことあるものでも武器を手にして襲ってくるのはどっちにしろ怖い。

 何しろミウ自体、魔力を持っていてもなにもしなければ人間と大差無い。つまり、弱いのである。

「あたしみたいな弱っちいの、すぐ死んじゃいます! まだ死にたくないです!!」

 だから帰して。冗談ではなく本気でシェルディナードに訴える。

「ミウ。落ち着けって。心配すんなよ。俺もサラもいるだろ? ミウの事は俺もサラも護ってやるから。な? サラ」

 軽く笑いながらシェルディナードがサラにそう言うと、こくりとサラが無言で頷く。

「ほら、な?」

「いや、そういう事じゃなくて!!」

 もうヤダこの先輩達ー! と打ちひしがれてもいられない。

「……オレ達、に、護られるのが、不満……?」

「そ、そうは言ってません! ちょっと怖いですけど……」

「こわ、い?」


 ――――怖いですよ。言動から何から全部。


 口に出してはいないはずだが、顔に出ていたのか。

 サラがやや不満とも不可解とも言える顔をした。

「怖い、ねぇ……」

 シェルディナードが何やら意味深に笑い、ふと視線を滑らせる。

「あら? ミウじゃない。それにシアンレードとリブラの若様まで」

「エイミーちゃん!」

 聞き慣れた友人の声に、ミウが驚いてそちらを見た。

「よ。仕事?」

 白い清楚なくるぶしまでのワンピース、水色の真珠のビジューがついたパンプス、そして身長を越す大鎌を手にエイミーが近づいてくる。

「はい。そちらも?」

「そ。仕事とレジャー兼ねて」

「レジャーなんてもんじゃないですよ!?」

 あと仕事って何。ミウの様子とシェルディナード達の様子の落差に、エイミーはおっとりと大鎌おおがま片手に微笑む。

「あらあら。うふふ。そうねぇ。……ミウは、貴族の義務って知ってる?」

「え。領地の守護と運営でしょ?」

「そう。その領地の守護に、外敵の排除と迷い人の保護があるの」

「俺の家の管轄がここ。第一階層の半分なんだよな。だから、今回はお仕事兼ねてんの」

「へ、へえ……」

「うふ。ちなみにわたくしは主家しゅけの護衛」

「あれ? つーことは、ケル来てんの?」

 エイミーの言葉に、シェルディナードが辺りを見回す。

「ええ。丁度、大量発生した連絡がつい先程。なのでいらしてますわ」

「た、大量発生……?」

 何か物凄く嫌な予感のする響きである。

「よっしゃ。じゃ、狩り放題だな」

「いやいやいや、待って下さい! 何が大量発生してるんですか!?」

 ミウの悲鳴じみた叫びに、シェルディナードとエイミーが顔を見合わせ、シェルディナードがさも当然というような顔で軽く言う。

「何って。人間?」

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