第3話 勘弁してください

 螺旋世界の最下層。第七層に繋がるゲートは、普通の扉にしか見えない。ともすれば誰かの個室のドア。

 けれど、どうやっても開けられない。壊せない。

 つまり第七層がどんな場所なのか。知っているものは誰もいないという事だ。

 必然的に、最下層は第六層になるといっても過言ではない。

 世界に満ちた魔力という力の根元は、階層が深くなるほどに濃度を増す。

 力の根元とはいえ、濃すぎる場合は毒と同じ。

 人間が耐えられるのは第三層まで。まれに耐性が強い者、魔術師などと呼ばれる者は第四層に到達することもあるが、そんなのは数百または数千年に一人いるかいないか。

 第三層と第四層に住むのは主に一般市民。つまり庶民。

 第四層と第五層には下位貴族や豪商が混じり、中位以上の貴族はほとんどが第六層に居を構えている。

 別に強制的な住み分けではなく、魔力の濃度に自然と分かれただけ。

 文字通り、身分が違えば住む世界が違うのだ。




     ◆ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◆




「ミウは俺の彼女だろ?」

 すみません忘れてください。

 土下座して這いつくばりながらそう言えたらどれだけ楽か。

 言えない現実は見た目にもおかしいくらいガタガタブルブル震えて身体を縮込め丸くなるしかない。

「ミーウ?」

「は、はいぃぃ」

 紅玉ルビーの最高級品みたいな赤い瞳を楽しそうに細めるシェルディナードに、ミウは悪寒が止まらない。

 何かこの先輩ヤバい。そう本能が訴えてくる。いやそんなのわかってるし! と自分で自分に言い返すも、事態は何も変わらない。

「そういや、ミウんってどこ?」

「ゆ、ゆ、夕闇通りのB64です」

「そっか。微妙な距離だな。ここまでどうやって通ってんの?」

「あ。徒歩、です」

 この世界に、異世界に流通しているような『自動車』というものは存在しない。必要ないからだ。

 自動車に乗るより自前の羽やら脚力の方が楽で速い。階層を越えて通ってくるものなど、それ用のアイテムや転移陣を使う。

 つまりこの世界で車と言えば、せいぜい何かの演出で馬車が大通りを通る程度と言える。

「ふぅん。じゃ、今日の帰りどっか寄って行こうぜ」

 嫌です。遠慮させて下さい。それは言えなくとも何か言わなくてはヤバい。ヤバ寄りのヤバである。

「しぇ、シェルディナード先輩、あの……」

「ん?」

「ひっ!」

 そんな怯えじみた声上げる時点で彼女彼氏の間柄では絶対無い。無いのだが、シェルディナードはニコニコ笑ったまま首を傾げて見せる。そしてダメ押し。

「今日の帰り、な?」

「は、はぃ……」

 ミウがこの世の終わりという顔で、しかし必死に首を縦に振った。

 そんな一幕があれば放課後までは何事もなく……いくはずもなく。

「よし。飯だなー」

「あ、の。シェルディナード先輩……」

「んー?」

「なんであたし、ここにいるんでしょうかっ」

「そりゃ、昼飯食う為だろ?」


 ――――いや、そこじゃないです! なんで先輩と学食のテーブルに着いてるのか聞いてんですよぉぉぉぉぉ!!


 お手洗い以外、全てにおいてミウはシェルディナードと何故か行動していた。いや、講義が一緒だから必然的にそうなるのだが。

 昼休みの鐘が鳴り、脱兎のごとく逃げようとしたミウだったが、それよりもシェルディナードがミウの首根っこを掴む方が早かっただけの事でもある。

 悲鳴を上げる間もなく連れ去られ、ミウは確信した。


 ――――この先輩、プロの人さらいだぁぁぁぁぁ!!


 絶対初犯じゃない! などと、声には出せない叫びが引きつった表情となって表に出ている。

「ああ。そっか。悪い。そうだな」

「そ! そうです!」

 なんと。奇跡的にミウの気持ちが通じたのか、シェルディナードがポンと手を打った。

 やった! これで解放される! ……と思った。

「ひぎゃ!?」

「ミウは彼女だから、当然指定席はここだよな。悪い。気づかなかった」


 ――――ちっがあぁぁぁぁぁぁうぅぅぅ!!


 一瞬身体が浮いたかと思ったら、次の瞬間にはシェルディナードの膝の上にいた。

 誰が誰の指定席だ。嫌です無いです勘弁してください。

 やめて。もうミウのヒットポイントはゼロよ。な、心なのだが通じる気配はそれこそゼロのようだ。

「ふぁ……」

「サラ。起きたか?」

「んー……おはよう、ルーちゃん」

 麗らかな陽射しが優しく柔らかく照らすちょっとお洒落なカフェ風の学食、石化したミウ(シェルディナードの膝の上)の横で動いたもの。

 朝焼けを溶かしたような淡い薄紅が混ざった金髪に、陶磁器人形のように綺麗な肌と顔をした、どこぞのお姫様みたいな……少年。

「……?」

 サラと呼ばれたその少年は、シェルディナードの膝に座ったミウを見て不思議そうに首を傾げた。

「…………」

 深い深い闇の入り口にも似た藍色の瞳。

 それと目を合わせた瞬間、反射的にミウは呼吸を止めた。


 ――――う、動いたら殺されるぅぅぅぅぅう!!


 そんなアホな。

 しかしミウは本気でそう思った。蛇に睨まれたカエルの方がまだ心に余裕をもっていそうな程だ。美少……年の背後に花ではなく冥府の入口または舌を出し入れする蛇が見える。少なくともミウには見える!

「…………」

「サラ。そんな見つめんなって。ミウが照れるだろ?」


 ――――照れてませんしそんな恐ろしい事言わないでくださぁぁぁい! キモいって即座に殺されたらどうしてくれんですか!!


 あ。もう色々ありすぎて意識が……。

「ミウ」

「はいぃぃっ!」

 意識、一気に強制起動された。

「こっちサラな。顔合わせる機会も多いだろうから、よろしく」

 よろしくしたくない。が、口にするわけにも以下略。

「サラ、先輩……」

「よろしく……」

 怖い。何が怖いのかミウも良く分かっていないのだが、とにかく怖い。その良くわからないが一番怖いのかも知れないが。

「あ。ちょっと飯取ってくる。ミウ弁当? 先食ってても良いからな」

 そんな事を言って、シェルディナードがミウをイスにポンと下ろし(何か若干ぬいぐるみ扱いのような気がしないでもない)、学食の受け取りに行くと、そこには当然サラとミウの二人きりになるわけで。

「…………」

 この先輩、マジで人形なんじゃないか。

 息してるのかも怪しいくらい微動だにせず、サラはミウをじっと見つめている。

 やっと動いたと思ったら、その片手がそっと頬に伸びた。

 その指先は、人形のように綺麗で冷たかった。

 だか何よりミウの背筋と言わず全身が凍ったのは、

「ルーちゃんを、粗末に、したら……許さない、よ?」

 そんなサラのポツリと抑揚よくようのないつぶやきだったりする。




 新しい彼女オモチャに合わせて、親友が受講を増やすと言って有言実行された半日。

 親友の隣で微睡みながら、サラはずっと観察していた。

 罰ゲームで大切な大好きな親友に告白した、その人物と、周囲を。

 そして観察した上で、周囲はともかくミウと言うらしい彼女について、少しばかりの不満を抱いた。

 何で、こんなに優しい親友を、怖がるのか?

 に落ちない。

 だから少しだけ、釘を指しておこうと手を伸ばす。

 とても大事な事だから、丁寧に。

「ルーちゃんを、粗末に、したら……許さない、よ?」

 しっかり覚えて、忘れないように。

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