第45話 銀山の子ども衆に受ける出し物





 豪奢な御所車模様を浮き出たせた唐織の上着。

 濃紅こいくれないの腰帯。古代紫の大口袴。頭には烏帽子。美々しい猿楽師装束が匂い立つ山吹大夫は、少し見ぬ間に男前にいっそうの磨きをかけていた。


 今日の観客の多くは子ども衆と見て、にわかに物真似に転じるつもりらしい。


「さあさあ、みなさま方お立ち合い。寄ってらっしゃい見てらっしゃい。全国津々浦々を経巡ってまいりましたこの山吹大夫が、いよいよ天下に名だたる石見のお山に参上いたしましたよ~!」


 威勢のいい前口上で、二重三重に取り巻いた子ども衆が、早くもドッと湧く。


「世にも珍しきものを、見たい聞きたい触りたい。日ノ本一賢い石見のお子ども衆のご要望とあらば、なんなりとも。さあさあ、いかなる問いを賜りましょうや」


 幼い観客の気を逸らさぬ口上で、


 ――日ノ本一!


 と持ち上げられた子ども衆は、野生的な目と日に焼けた頬をいっせいに輝かせはしたものの、互いにモジモジし合ってばかりいて、一向に埒があかない。


「なら、とっかかりは甲斐の山猿の三吉の一発芸からとまいりましょうか。これ、三吉、お客さまにごあいさつをば申し上げぬか。みなさま、ご機嫌よろしゅう」


 山吹大夫に促された三吉は、露骨な仏頂面でごく浅く腰を屈めてみせたが、初めて見る子ども衆には大受けで「すごい!」「可愛い!」「お利口!」「お猿さん、こっち向いて」「あっ、向いてくれた」ときならぬ大爆笑と拍手が沸き起こった。


 褒められ慣れの三吉はたちまち機嫌を直し、四方八方に愛想をふりまいている。


 ――ちっ、げんきんなやつめ。


 松本での恋路の邪魔立ての恨みを忘れていない志乃は、三吉にだけわかるような方角から、思いっきり、あっかんべえをしてやった。


 果たして、三吉はたちまち激しく猛ったが、大勢の子ども衆に取り巻かれた山吹大夫は、鼻息を荒くしている猿より、つぎの出し物への誘導に気を取られている。


「さて、ご笑覧。つぎなるは大和の山犬(狼)でござるよ。筋肉隆々たる棟梁の山犬が多数の手下どもを引き連れ、いましも里へと下っていくところの図にござる。それ、身も凍る恐ろしい声で遠吠えするぞよ、ウオン、ウオォーン、ウオォーン」


 四つん這いになった山吹大夫が目の玉をひん剥き、牙を剥き出す仕草をして見せると、最前列の子ども衆は、本物の山犬に出くわしたように怯えて後ずさった。

 ひとり猿の三吉だけがやたらに面白がって、しきりに手を打ち鳴らしている。


「やれ、怖がらせてしもうたか。では、打って変わって、極めつきに大人しい動物をば、お見せしようかのう。どうじゃの、海豚いるかを知っている子は、いるか?」


 今度は志乃がひとりで笑う番だった。


「遠く伊豆の海を住み処とする海豚という動物は、図体はすこぶるでっかいのに、目は糸のように細く、口はいつも笑うておる。まことにいやつらなのじゃ」


 柔和な海豚を真似る山吹大夫の語り口は、いつの間にか、やさしいお兄さん風に変わっていた。子ども衆は大いに喜び、垂れ目の海豚にわれ先にまとわりつく。


 ――反対に、御台所並みに独占欲の強い三吉の渋面ったら!


「ではっと……つぎは蝦夷の羆がよかろう。羆はな、このあたりにいる月の輪熊とは比べものにならぬほど凶暴な性質の熊でな、背丈も重さも人間の倍以上もあり、ガッと牙を剥いて前脚でノッシと立ち上がれば、まさに不動の巌同然じゃ」ふたたび子ども衆がどよめいた。よちよち歩きの幼児など早くも泣きべそをかいている。


「では、口直しならぬ耳直しに、いたって陽気な狐の話をひとつ。信濃は桔梗ヶ原に棲む玄蕃丞狐げんばのじょうぎつねは、みんなのように大の悪戯好きでな、酒に酔った村人をだまして田んぼに引きずりこんだり、きれいな娘に化けて、せしめたご馳走をたらふく食ったりして、楽しんでおったそうな」


 振り袖すがたの娘のように両手を丸めた山吹大夫が「オホホホホのホ、コンッ」澄まして鳴いてみせたので、子ども衆は腹を抱えて大笑いしている。


「それで?」年嵩の少年が先を促したが、山吹大夫が「それで終わり」と素気なく応じたので、「なあんだ、つまんねえの」「そんな他愛もねえ話なら、石見にも、たあんと転がっておるわえ」「んだんだ、なえ」蜂の巣を突ついたような大騒ぎになったが、山吹大夫はすべて計算済みと見える。

 

 ――山吹大夫命。


 猿の三吉が、熱愛するご主人を苛めているような子ども衆を威嚇しようかどうしようかと迷っているあいだに、山吹大夫はサッサとつぎの出し物に移って行った。


 丹後の『提灯狸』。

 津軽の『鯉の滝登り』。

 さらにはご当地物の『八岐大蛇やまたのおろち』。


 3つの昔話を迫力たっぷりに語り終えたあと山吹大夫は、この世とあの世の空を自在に行き来するという『天馬』伝説で締めくくった。


「では、今日はここまで。また明日のお楽しみ」

 終幕を告げた山吹大夫は、三吉の異様な凝視にようやく気づいた。


「やや、これは志乃どのではないか。なぜ、かような場所におられるのじゃな?」両手を大きく広げた山吹大夫のふところに「山吹大夫さま! お会いしとうございました」志乃は思いきって飛びこんで行った。もうこうなったら、かまうものか、


 ――キーッ!


 三吉の金切声も、なんのそのである。

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