第16話状況の整理

=日本防衛隊員育成学校 医療室=


ここはランたちが通う育成学校の医療室である。


この医療室は名称通りに生徒が演習などで怪我をするとその処理を施す為にある、だが実際は生徒も大怪我をすることはほぼ無く普段はランたちの担任である片桐先生の個室と化しているのが実情だ。


「……今日は演習の無い日程だったから良かったものの。ん?」


この医療室には片桐先生しかおらず修二が運びこまれて以来、特に目立って怪我をする生徒がいないためにとても平和な時間を過ごしていた。


要は暇なのである。


だが、その暇な時間に当の片桐先生はとある生徒の愚痴を零していた、……それはチームRの面々に対してである。


ランたちは三人揃って今日の授業を休んでいたのだ、それ故に担任としては非常に気になるところなのである。


……最もこの教師にはランたちが授業を無断でサボる様な生徒ではないことを知っている、何よりも休む理由に心当たりがあったのだ。


だからこその愚痴ではあるが……。


だが、片桐先生はため息を吐きながらも医療室の備品を整理していると、ふと違和感を感じたのだ。


それは自分以外誰もいないこの医療室に別の誰かが突然現れた様な、そんな違和感だった。


そしてその違和感に心当たりがあった片桐先生はその場から一切焦ることなく、後ろを振り向きながら、再び愚痴をを零していた。


「香月先生、いつもも言ってまずが緊急事以外にこのゲートを使用するのは……君たちがどうして!?」


片桐先生が振り向いた先にはこの教師にとって心当たり以外の存在がいたのだ。


それは片桐先生が最初に口を零していた対象、…チームRの面々である。


「片桐先生がどうしてここに!? ……もしかしてここって育成学校の医療室か?」


「そうよ、ラン!! ここって医療室よ!!」


「エリも落ち着けって…、だけどここに片桐先生がいるってことは香月先生の協力者って…?」


「そうです、私が教師を辞めてからはこの片桐先生から情報をもらっていました。」


ランはこの予想だに出来なかった繋がりに天を仰いでいた、だがそれはそうだろう。


何故ならばランが今回のアルテミドラッグを調査しようと決意して経緯が、この片桐先生の発言からだったのだから。


……いや、正確には決意をした時点は宗吾からの情報を得てからではあるが、ドウリキの事件から始まった一連の流れにおいて片桐先生からの情報は無視出来ないものだった。


であればこそ、最初から全てを話して貰いたかった、と言うのがランの憤りの正体と言ったところか。


「……あなたたち三人がどうして香月先生と。これはもしかしなくても今日の授業をサボった理由がこの人だってことかしら?」


「片桐先生、誠に申し訳ない。あなたの生徒を巻き込んでしまった……、どうかラン君たちを匿ってくれないか?」


「『巻き込んでしまった』ってどう言うことですか? 香月先生、あなたはそんな表現をすると言うことは…正規の防衛部隊が動いたと受け取りますよ?」


ラ ンたち生徒の姿を見てからの片桐先生は表情を強く強張らせていた、……だがこの様子にランたちチームRは安堵していた。


先ほどまで防衛隊員からの全方位射撃に晒されていために極度の緊張状態にあったチームRの面々からすれば、目の前で生徒のために表情を強張らせる片桐先生は自分たちの日常と言っても過言ではなかったからだ。


……そして漸く日常に戻ってこれたと言う気持ちがチームRの面々を脱力させた、三人はその場で糸を切ったマリオネットかの如く、地べたに座り込んでいたことからもその様子を伺うことが出来る。


「片桐先生、授業をサボってすいませんでした。今回の件は俺が創也やエリを巻き込んだんです、香月先生はそれを助けてくれただけなんだ。」


脱力しながらもランはこの状況の説明はすべきだと判断していた。


政府の上層部と正規の防衛部隊まで絡んだこの一件についてランにも理解できているのだ、これは一学生である自分では荷が重いと。


「……私にもあなたたちが無関係でいられない事はドウリキ君に説明を許可した時点でも分かっていたわ、でもこの状況は想定してなかったから少し動揺するわね。」


「片桐先生、あなたの生徒に対する心配は私も理解していると事ですが取り急ぎお願いしたいことがあります。先ずはこのラン君たちがどう言う立ち位置にいるかを調べてもらいたい。」


「……政府に香月先生の仲間と認識されているか、ですか?」


「ええ、あの小屋へのラン君たちに訪問と沖津の襲撃は偶然タイミングが重なっただけのはずです。……もし『育成学校の生徒の誰か』が私を訪問しただけ、と認識されているのであれば日常生活にだって戻れる可能性があるはずですから。」


「沖津!? ……まさかそこまでの大物を送り出すなんて政府も本気ですね。分かりました、すぐに調べましょう。私はこれから職員室へ顔を出してきますから四人はここで待っていて下さい。」


片桐先生の表情は先ほどよりもさらに強張り、その上、驚きを隠せない様子だった。


それはまさに小屋を襲撃してきた部隊の正体を知った香月先生の様に。


この二人がここまで驚くと言う事は、あの沖津と言う中隊長の危険性についてチームRの面々は教えて貰わなくとも理解できると言うものだ。


そして片桐先生は慌てた様子で医療室のドアを開けてその足で職員室へ向かって行った、勿論、先ほどの言葉通り職員室で今回の香月先生襲撃の事件について詳細を知るためだ。


片桐先生が退室するとこの医療室は静寂を取り戻し、ことの重大さを思い知ったチームRの面々は一様に床に視線を落としながら、それぞれに現状を整理する事に努め出した。


「……本当に優秀な生徒たちですね。騒ぐでも無く、現状の整理を始めるとは。では私も片桐先生が戻って来るまでここで静かにしていましょう。」


チームRの面々に感心した様子の香月先生は、彼らに優しい視線を送りながら医療室のベッドに腰を落として、片桐先生を待つ事にしたのだった。

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