第8話決着

「…お前、片桐先生が二年間ずっと夜遅くまでお前たちのために個人カリキュラムを組んでいたことを知らないのか?あの人が二年間ずっとお前たちに結果を出してやれないと苦しんでいたことに。…あの人もずっと苦しんでたんだぞ?」


「…何だと?」


「…そうか、知らないのか。それで、質問を繰り返すがお前はどうやって急激に力を付けることが出来た?…まさか『アルテミドラッグ』だなんて眉唾な話をするわけでもないだろう?」


ランは軽い気持ちでドウリキに『アルテミドラッグ』の事を問いただしてみるが、彼はランの予想に範囲して驚いた様子を見せた。


…まさかここに来て創也の言い出した『黒い噂』が現実味を帯びてくるとは、ランにとっても思いも寄らない形となった。


「…どうしてその事を知っているかは聞かないが、そこまで調べているなら俺だって引くわけにはいかない!!ラン、決着を付けさせてもらうぞ!!」


「別に断る理由は無いし、俺も最初からそのつもりだったんだ。…ドウリキ、掛かって来いよ。」


舌戦を止めて力による決着を望んだランとドウリキは互いの武器に手を掛けて、互いに対峙する相手チームのリーダーに向かって攻撃を仕掛ける構えを取った。


二人の距離は10m、この距離であればドウリキには突進するしか攻撃手段が無いことは明白だ。


…だがそれは彼の奥の手が存在しなければの話である。


ランは相対するドウリキにも違和感を感じていた、それは彼の正規登録が『アタッカー』だと言う事だ。


ランの抱く違和感は彼がチームDの演習録画を確認している時からのものだった。


何しろドウリキは大剣を二本も装備しながらも、ほとんどの攻撃場面でその大剣を振り下ろしていないのだ。


…攻撃手段の九割以上を突進のみで行うドウリキに『アタッカー』としての要素を一切感じることが出来ない、それがランのドウリキに対する感想である。


そして対チームDとの演習が開始されてからも、その違和感は徐々に色濃くなっていった。


スナイパーを装った観測手にトラッパーに偽装していたアサシンなど、チームDは自分たちの本質を隠すことに長けているのではないか。


この演習全体を通じてランが辿り着いた答えは、それだったのだ。


…詰まるところ、ここに来てランはドウリキを『アタッカーを装ったシールダー』では無いかと考えたのだ。


「…捨てるものが無いだけ気分が楽になるのは俺がAクラスの1位に唯一勝っているところだな。ラン、お前はどうだ?」


「…別に、俺自身が守りたいものは俺じゃない。俺はお前が思っている様な器の人間じゃないさ。」


ランに返す言葉に何か思う所でもあったのだろうか、ドウリキが僅かに笑みを浮かべている。


この笑みが何を意味するのか、ランは純粋な疑問を抱いていた。


今回の演習に持ち込むことになった修二とドウリキの衝突の経緯、そしてランのドウリキに対する怒りの感情。


それを胸に抱きながら戦っていたランにとってはドウリキの本音はそれらを覆すには十分なものだった、つまりはランがドウリキを嫌な奴だとは思えなくなっていたのだ。


「まさかお前が俺と同じようなことを考えているとは思いもしなかったよ…。だがそれは勝負には関係のないものだったな!!行くぞお!!」


ドウリキは今回の演習で再三に渡って見せて来た突進をこの最終局面で繰り返し実行して来た、それも堂々と自信に満ち溢れんばかりの咆哮を上げながら。


だがランはこの行動そのものが修二との一件から続いているドウリキが貫いてきた『偽装』にしか思えなかったのだ。


ドウリキがランの推測通り『シールダー』であれば、彼はこの最終局面までそれらしさを隠し通して来ていることになる。


…シールダーに見られる特徴、いや唯一の攻撃手段と言った方が正しい表現だろう。


「…ドウリキ、そこまで『偽装』を貫いてきたら信念すら感じるよ。」


「チャージ…、そして『ブースト』!!うおおおおおおおおおお!!」


ランに向かって一直線に突進を仕掛けてきているドウリキの移動速度が大きく跳ね上がったのだ。


ドウリキが見せたものはシールダーの唯一にして最大の攻撃方法であるシールドチャージだった。


このシールドチャージはシールダーが構える盾と纏うプロテクターにアルテミをそれぞれ注入することから始まる。


アルテミ注入によってプロテクターの背中部分からブーストを射出して突進スピードを極限まで高めたシールダーが、同様に強度を底上げした盾を構えながら敵に突進する。


これらが合わさって初めてシールダーのチャージは強力な一撃となるのだ。


だがランはその一撃に耐えうる術を持ちわせていない、いや、現状では不可能なのだ。


それはこの状況を作るためにチームDのトラッパーとスナイパーからの攻撃を一身に浴び続けた今のランには、全力でアルテミを体に注入してもドウリキのシールドチャージに耐えられるスタミナが残っていないのだ。


そしてランは演習開始直前のブリーフィングでチームメイトの創也とエリに一つだけ注文を付けていた。


…それはドウリキと一対一の場面になった場合、絶対にその決闘に介入しない事。


ランが唯一、どの様な合理的な理由が有ろうとも、例えチームが敗北する可能性が浮上したとしても譲らなかったことだ。


それ故に今のランを支えるものは意地だけなのである。


そしてその意地が出した答えはドウリキに対して自分のブレードを地面に突き刺す、と言う行為だった。


それはランが普段ブレードで攻撃をするときの様に刃を相手に向けている状態では無く、ドウリキと同じく剣身を横に向けた形だった。


そしてランはその状態で注入許容量一杯にブレードにアルテミを注入してドウリキのチャージに備えた。


「これでお前を止めて見せる!!」


「ラン、この土壇場でシールダーの真似事とはどういうことだ!!」


「黙って突進して来い!!お前の全てを受け止めてやるから!!」


「うおおおおおおおおおおおお!!ラン!!」


「ドウリキ!!ああああああああああああ!!」


二人の剣はついに衝突を果たした。


そしてドウリキの大剣とランのブレードが衝突すると、大きな金属音が演習場に鳴り響いた。


ここから二人は互いの剣で相手の剣と競り合う状態になった。


『おい、ラン!?お前たちはどういう状況になっているんだ!?』


『ラン!?もの凄い金属音がしたけどどうしたの!?ランってば!!』


創也とエリは純粋な心配から通信でランに声を掛けるものの、当のランには返事をするだけの余裕が無かった。


何しろランは本職のシールダーとチャージで勝負を挑んだのだから、それは当然のことと言えるだろう。


そしてその勝負にランの表情は徐々に歪んでいく。


一方でドウリキはプロテクターから射出しているブーストでさらに前のめりに姿勢となってランを押し出し始めたのだ。


「いくらお前のアルテミ注入量が俺よりも高いと言ってもこうなることは分かっていたはずだ!!ラン、お前はどうしてこんな馬鹿げた勝負に挑んだんだ!!」


「ドウリキ、修二との演習で…お前はあいつと一緒に味方スナイパーの集中砲火を浴びてただろ?」


「ああっ!?」


「それを見て思ったんだ…、あの時、お前と修二は同じダメージを受けていた筈なのに修二は指を切断する程の重症だったにも関わらず、お前は無傷だった。」


「……っ!」


「例えアルテミで防御力を上げていたとしても、お前と修二に実力差があってもそれは不自然だ。だったらもっと前提となるものに差があると考える方が自然だと思ったんだよ!」


「……ラン。」


「あの時のお前たちに違いがあるとすれば、修二は体が浮いていてお前は地に足をつけていた。今回の俺たちと同じ様にな!!」


「お前は俺を見てくれるのか…、見てくれたのか!?」


ランはチームDの過去の演習録画を見直していた時にこの違和感に辿り着いていた。


ドウリキが対戦相手のエースに決定的なダメージを与える状況には共有点が有るのだと。


それがランの言った『ドウリキのみ』が地に足をつけている状況に対戦相手のエースを誘導することだったのだ。


それに気付いたランは即座に検証するも、それは驚愕の事実が判明することになった。


何と地に足が着いているのとそうでない場合の道具に注入できるアルテミ量は二倍の開きあったのだ。


そのためドウリキがランにシールドチャージを仕掛けてくる時にランはこのシナリオを描いていたのである。


…この状況に持ち込めれば、…同条件以上であればドウリキに勝てると。


「…アルテミは空中に存在する粒子とされている。学校の授業でそう教わるから盲点だったが、空中に存在する粒子を取り入れるよりも地表から取り入れたほうが効率が良い、そう言うことだろ!?だからお前のチームのスナイパーは修二の防御力すらも貫通出来たんだ!!」


「…ラン、やっぱりお前は凄いやつだな。このことに辿り着かれたら俺にはお前に勝つ要素が無いじゃないか。」


「何を言っているんだ、俺はお前に気付かされたんだ。このことに自力で気付いたお前の方がすごいに決まっているだろうが!!」


「ははっ!こんな俺を褒めてくれるのか?…お前がこんなにも清々しい奴だと知っていたら…もっと早く声をかけておけば良かった。お前と友達になりたかったな。さあ、早く俺に止めを刺してくれよ…。」


ドウリキの表情からは最早怒りや憎しみ、それに悲しみと言った類の感情を感じられなくなっていた。


ランが『ぶっ飛ばす』と宣言した際に見たドウリキの面影は無く、全てを諦めたかの様な表情をしていたのだ。


だがドウリキが止めを刺すように懇願するとランは表情を一変させて、プロテクターからブーストを射出し始めた。


この状況こそがランに描いたシナリオ、ドウリキと同条件以上の状況ということだ。


「この、…馬鹿やろおおおおおおお!!」


「うがあああああああ!!」


先ほどまでランを押し込んでいたドウリキだったが、そのランが彼と同じ様にブーストを射出したことで逆に押し返され始めた。


つまり元々あったランとドウリキの実力差の状態に戻ったということだ。


…ランはアタッカーで有りながらこの演習に向けて『ブースト』の習得に取り組んでいたのだ。


『『ラン、行けえええええええええええ!!』』


ランは通信から自分のチームメイトが彼を応援している声を耳にしてさらにブレードを握りしめる手に力が入ることを感じていた。


この時ランは自分に起こった現象を直ぐにでもドウリキに伝えたいと言う衝動に駆られていたのだ。


そして気が付けばランは声を荒げながらドウリキに話しかけていた。


「ドウリキ!どうやら仲間の声援は力になるらしいぞ!?」


「…知っているよ。」


ドウリキはランの問いかけに対して穏やかな表情となって、そのままランのチャージに大きく後方へ吹き飛んでいった。


そして吹き飛ばされたドウリキは何とか意識を保ってはいるが、体が指一本動かせないと言った様子で仰向けになった状態で微動だにすることは無かった。


するとランが演習での勝利を確信して右拳を天井向かって突き上げると同時に、チームRの勝利を告げるアナウンスが演習場に木霊すのだった


『チームDのリーダー撃破及びチームの全滅を確認。チームRの勝利です。』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る