第6話苦戦

=日本防衛軍特別育成学校 演習場A=


各生徒の演習開始時における初期配置はランダムで決定されるためチームメイト同士でも把握することが出来ない、それ故に演習場への移動後は通信を使って味方の初期配置の把握から始まるのが演習の常識となる。


「ランだ。俺は南西ポイントの森林、座標50−50。」


『エリだよ。私は上手いこと北東の高台に出れた。座標は490−500。』


『創也だ。俺は北東高台の崖下だ。…さっきチームDの生徒が西に向かって走っていくのを見かけた。エリ、見えるか?』


『…うん。私も今さっき気付いたよ。……その先にある森林地帯に向かってるんじゃないかな?ドウリキ君と合流する気だね。』


スナイパーであるエリは、スコープを所持していることからチームの目としての役割を必然的に担うことになる。


さらに初期配置が高台という好条件だったことから、演習開始と同時に演習場の観察を始めた。


「了解。ドウリキの居場所を把握できたのはデカイね。創也は俺が奴に突っ掛かったら行動を開始。エリは南東側の高台を警戒してくれる?」


『エリ、了解。スナイパーの警戒だね。』


『創也、了解。』


今回のチームRにおける好材料は後方の憂いがないことだ、それぞれが崖下や演習場の端を初期配置としているため、警戒する角度は必然的に前方180°となる。


だがそれでも今回の演習はいつも以上に警戒を要する要因がある、それはチームDのトラッパーの存在から来るものだ。


通常のチームであればトラッパーは多くとも一人、であればその一人の居場所が割れれば警戒するポイントを絞る事が出来る。


だがチームDに至ってはそのトラッパーが三人もいる、しかもその内の二人は居場所が分からないのだ。


だがランがドウリキを目指して北に向かって走り出すと警戒すべき要因を目視するになった。


「ランだ。前方にチームDの生徒を発見。南西100−100、トラッパーだな。」


ランは味方に相手チームの情報を伝えると、そのまま移動速度を上げて標的に向かっていった。


ブレードに手を掛け、走りながら居合の要領で20m先にいるチームDの生徒に斬りかかった。


これはランの最も得意とする攻撃方法で、ブレードを鞘に収めた状態でアルテミを鞘に注入すると抜刀するの際にブレードの部分を伸ばすことで攻撃範囲を拡張させることが出来るのだ。


その最大攻撃範囲は20mでシンプル故に強力なものとなる。


「ぐっ!!お前は1位の…。」


その攻撃の結果としてランは拡張したブレードの斬撃でチームDの生徒の撃破に成功した、そして瞬時に近くにある木の茂みに身を潜めた。


それはスナイパーの存在を警戒しての行動だった。


ランの推測ではチームDのスナイパー二人は観測手としての役割が大部分を占めているのだ。


であれば、ランの攻撃行為は観測されている可能性が高い。


最も味方の通信が途切れたい時点でチームDは警戒を強めるわけだが、それでも姿を観測されている場合と、そうでない場合は天と地ほどの差があるということだ。


「…チームDの警戒が俺に集中したはずだ。二人とも頼むぞ?」


『ラン、ドウリキ君とトラッパーの二人が合流したよ。トラップを仕掛けながら南下する動きを見せてる。それとあっちのスナイパーは隠密行動が下手だね、南東50−50とドウリキ君の後方にそれぞれ見つけた。』


「サンキュー。エリがいると情報戦に負ける気がしないよ。」


『本当に。どうしたらこんな健気な女の子が修二を好きになるかね?』


「創也もそう思う?修二って意外と金にセコいけど、大丈夫か?」


『ちょっと!!なんで二人までそのことを知ってるの!?』


『だってエリだよ?隠せるわけないでしょ。』


「創也、ストレートに言ってやるなって。それにエリも演習に集中してくれる?」


『うううう…、後で覚えてないさいよ?…って!ラン、前方30mにドウリキ君たちがいるよ?』


ランはエリからの情報を元に前方を確認すると視覚でチームDの三人を捉えることが出来た。


「うん、見つけた。これは三方向から挟み込んでくるのかな?」


『ドウリキ君はアタッカーだから分かるけど、残りの二人もトラッパーなのに動きが速いよ?』


通常、移動速度が速い生徒は入学の時点で接近戦に特化したアタッカーか中距離戦のスペシャリストであるガンナーを目指すことが多い。


逆を言えばその他のポジションであるスナイパー、観測手、トラッパー、シールダー、アサシンそれにアルケミストはその才能を必要としないことが多い。


その為、チームDのトラッパーの足が速いと言う事実はこの育成学校で使用される教科書には載っていないことを意味する。


「独自のスタイルを作ったのか、厄介だな。」


ランは警戒を強めながら周囲を観察するが、前方から左右に展開する動きを見せているトラッパー二人は森林の地形を利用して姿を隠している。


そしてそのトラッパーたちとは真逆に常に姿を晒しながら近づいてくるドウリキ、この戦法はチームDの演習動画を見直した時にランは学習済みだった。


「対戦チームのエースを相手にする時の必殺の型ってわけだ。だったら俺も相応の対処をするだけだ!」


ランはその場からまだ20mは距離があるだろうドウリキに対してブレードを振り下ろした、するとそのブレードから二枚の光の刃がドウリキに向かって発射された。


ブレードの柄にアルテミを注入して作成したこの刃はランにとって中距離戦の要と言える、ランはこの刃を相手への牽制によく使用しているのだ。


「これは予習済みだ!!」


ドウリキは大声を上げながら幅50cmはあろう大剣を振り回してランの放った光の刃を薙ぎ払って見せた。


するとドウリキの大剣とランの光の刃がぶつかり合ったことで、周囲には金属音にも似た乾いた音が響き渡ることになった。


「くう…、これじゃ周囲のトラッパーを聴覚で捕捉できないな…。うわあ!!」


ランは足元に突如として現れたトラップを踏んでしまったのである、それは超小型の地雷だった。


警戒していたはずなのに、そう考えたランにはそのトラップが本当に『突如として現れた』としか思えなかった。


だが本来であればトラップは事前に据え付けられているもの、その為、『現れる』という表現はその存在の定義からすると本筋から外れてしまう。


『ラン、大丈夫!?』


『ラン、動きを止めるなよ?…止めるとスナイパーから狙われるからな。』


動きを止めないこと、これはこの演習でランが自分に課した課題である。


それは創也が言うようにランが動きを止めた時点で未だ動きを見せないチームDのスナイパー二人が攻撃を仕掛けてくるからだ。


ランはその二人を観測手と推測している、要は敵の生情報を味方に伝える役割と言うことになる。


チーム戦にとって観測手は重要な存在だ、だがほとんどのチームに観測手がいない。


この矛盾を紐解く単純な理由はスナイパーと言うポジジョンの存在だ。


チームRにおいてもスナイパーのエリが観測手を兼任している、つまりはスナイパーのスコープがあれば専業の観測手がいなくても生の情報はある程度得られるのだ。


育成学校の演習は実戦形式である、となればある程度の攻撃手段を確保した上での参加を求められる。


だが観測手は全ポジションを通じて格段に攻撃手段が少ない、その為に最も人気のないポジションとも言える。


『…この状況でスナイパー二人がどっちも攻撃に参加して来ないのね、やっぱりランがいった通り『スナイパーを兼任した』観測手って推測は当たってそうだね。』


エリの発言通り、ランはその推測の上で動きを止めない様に努めているわけだが、『突如現れるトラップ』の存在がその行動を邪魔しているのだ。


『その推測が外れていたとしても、ここまで動きを見せないとなると、狙撃に自信が有りませんと言っている様なものだろうに。』


「創也、…無駄口を叩いている様だけど仕事は終わったのか?」


『片方は終わった、…もう一個の方は半分だけ。』


ランは演習前のブリーフィングで創也に雑用を頼んでいた、この雑用が終わらないと作戦を開始することすら出来ないのだ。


そして作戦の開始までランはスナイパー対策をしながら足元のトラップに気を配らなくてはならないことになる、…その上…。


「うおおおおお!!チャージ!!」


ドウリキがランに接近していたのだ、そしてアルテミを注入して巨大化させた大剣を二本縦に構えながらシールドチャージの如く突進を仕掛けてきていた。


『ドウリキ君は録画で予習した通り大剣でのチャージがメインなんだね?…さっきはランの遠隔攻撃を薙ぎ払っているから振り回せないわけでもなさそうなのに。』


「こんな脳筋行為に付き合ってられるか!!……うわあ!!」


「はははは!!うちのトラッパーは優秀だろう!?」


ランはドウリキのチャージに対して大きく横に回避行動を取るが、その着地地点でまたしてもトラップを踏んでしまったのだ。


そしてそのトラップが爆発したことでその周囲に設置されていたそれらまでもが誘爆し出した。


「くうっ!…どうしてトラップの存在に気づけないんだ。」


「俺がそんなことを態々種明かしする様なお人好しに見えるのか!?ラン、喰らえ!!」


トラップの爆発で体勢を崩したランに対してドウリキが再び大剣で突進を仕掛けてきていた。


「俺だってそんな力技に正面から付き合う様なお人好しじゃないさ!」


ランは突進してくるドウリキの勢いを利用して大剣を蹴って後方に大きく飛んで距離を撮ろうとしたのだ。


だがそこでもランは大きな違和感を感じることになった。


「っ!!どうしてドウリキの大剣にトラップが張り付いているんだ!?」


「はっ!俺は大剣でガード出来るが、お前はこのトラップに蹴りでも入れて吹っ飛びやがれ!!」


ランは既に前蹴りの体勢に入っていた為、足を制止することが出来ず大剣に張り付いたトラップを勢い良く踏みつけてしまった。


そして踏みつけられたトラップは爆発してランを後方へと吹っ飛ばしたのだ。


「うわああ!!……今度は俺の背中にトラップが現れた!?」


ランが発生した爆風で後方に吹っ飛んでいる最中(最中)にまたしてもトラップが突如として現れたのだ。


これには流石のランも混乱するしかなかった、そしてその最中でランの視覚は捉えていた。


…この森林地帯で縦横無尽に帯び回るチームDのトラッパー二人を。


『おい!ラン、大丈夫か!?』


「うわああああ!!」


ランは創也に通信で声をかけられるも、今後はどういう訳か自分の背中に張り付いているトラップの爆発に巻き込まれてさらに後方へと吹っ飛ばされてしまった。

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